待ち合わせしていた茶屋で、紺と巴は合流した。

「ドウダッタ?」

 紺が聞くと、彼女は微妙な顔つきをする。

「いろんな人に話を聞くことができたけど、どれも曖昧なもので確証は得られなかったわ」

「そっか。俺も似たようなもんカナ」

 と、巴の頭に見覚えのない簪が刺さっているのを見て、彼は首をかしげる。

「それ、買ったノ?」

 それに、彼女は苦笑した。

「いいえ、最初に聞き込みをした青年がくれたのよ。どうしても私に使って欲しいって。幻さんと同じように、西洋品を売っている人だったわ」

「へェ…」

 すぅと目を細めて、紺は口元に弧を描く。

(別々に聞き込みするの、やめた方がいいカナ…変なのに付き纏われそう)

「似合ってるネ」

「ありがとう」

「午後からは一緒に書き込みしようカ」

「え、どうし…」

 どうしてと聞こうとしたが、有無を言わせない圧を感じたので口をつぐみ、うなずく。

「じゃあ、幻ちゃんのところに行ってみようカ」

 それにもうなずいて、先をいく紺の背に、巴は首をかしげた。



 嬉しいことに、予想とは裏腹に結構来客があったので、忙しい時間を過ごしていた幻は、最後の客を見送って次の客が来る前に急いで店じまいをした。

 ちょうど紺と巴が戻ってきて、彼はほっと息をつく。それに、二人は首をかしげた。

「お客さん、たくさんきたの?」

「うん。意外にも、ね。たぶん、新しいお店には様子を見に来る人が多いんだと思う。人も多いし、旅人も多いっぽいから、余計に」

 なるほどとうなずいて、巴は少し疲れた様子のネロの頭を撫でてやる。気持ちよさそうに喉を鳴らした。紺もついでに撫でようと手を伸ばしたが、避けられる。不満そうに口をへの字に曲げた。

「ナンデ…」

 そんな一人と一匹のやりとりに、二人はおかしそうに笑った。



 本日の昼食、天丼を食べながら、三人はお互いに手に入れた情報を出し合った。

「…じゃあ、まとめると」

 幻が紙にすべての情報を書き留めて、箸を置いた。

「巴さんのお父さんは、帝都にいることは確実。だけど、家の場所の候補は数カ所あって、特定はまだできていないってことだね」

 それに、二人はうなずく。

「家の特定はこれからね」

「俺も、午後からはもっといろんな人に聞いてミル」

「俺もお客さんだけじゃなくて、商売仲間たちにも聞いてみるよ」

 うなずきあって、再び天丼を食べ始める。

「それで、巴さんのその簪は買ったの?」

 それに、彼女は目を瞬かせて緩く首を振る。

「もらったんだって、男のヒトに」

 面白くなさそうに紺が答えて、頬杖をついた。

「お行儀悪いよ、紺」

 それを嗜めてから、幻はふむと一つうなずいた。

「巴さんに似合ってるね」

 にっこり笑って言う幻に、巴も微笑んだ。

「ありがとう」

 そんな二人に紺はため息をつく。たまに繰り広げられるこの二人の腹の探り合いは、何度見ても呆れてしまう。

「あ…」

 武器屋のことを思い出して、巴をみる。視線を受けて、彼女は首をかしげる。

「なぁに」

「さっき、いい武器屋を見つけたンダ。あとで一緒に行コ?」

 それに、巴は表情を明るくさせる。

「是非。紺さんは何か買ったの?」

「買ってはナイ。もらった。幻ちゃん」

 名前を呼ばれて、自分にはわからない武器の話に黙々と天丼を食べ進めていた幻が顔を上げる。

「その武器屋、オヤジが昔いったところだったンダ」

「え!?」

 流石に驚いて、目を丸くする。話を聞いていた巴が感心したように何度もうなずいている。

「そんな偶然あるのね」

「俺も驚いた。背負ってた武器を見て気づいたんだッテ」

「すごいな…次湊さんにあった時、話そうね」

 こくりとうなずいて、紺は笑った。



 再び店を開いて、幻は隣に骨董品を売る店を開いている、同年代程度の青年に笑いかけた。

「こんにちは」

「…こんにちは」

 少し驚いたように目を丸くして、青年は挨拶を返してくれた。

「少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 今はお互いの店に客がいない。聞くなら今だろう。

「いいですよ。なんでしょう?」

 にこやかに応じてくれた青年にうなずいて、幻は口を開ける。

「実は、私はこの帝都に生き別れの兄を探しにきているんです」

 物憂げに目を伏せて、幻は語り始める。

「風の噂で、兄は椿の家紋の家で監禁されているという情報を手にしたんですが、なにか知っていることはありませんか?」

「椿の家紋…」

 少し考えるように顎に手を添えて、青年は自分の荷物の中をゴソゴソと漁り始めた。

 やがて目当てのものを見つけたのか、彼は手を出した。

「それって、こんな家紋ですか?」

 差し出された茶道道具の一種である棗を受け取って、幻をそれを確かめる。まさに、巴の懐中時計に描かれた椿と同じものが、蓋の部分に彫られていた。

「あ、これです!」

 瞳を輝かせる幻とは裏腹に、青年は表情を曇らせる。

「帝都じゃ有名な茶道のお家元ですよ。都築家っていうんですけど…監禁なんてしてるのか…」

 それに、幻は自分のついた嘘の設定を思い出してはっとする。

「今のは嘘です」

「え」

 さらりと告げられた事実に、青年はぽかんと口を開ける。

「すみません、嘘をつくのが趣味で…本当は私の旅仲間の探し人が都築家にいるんです。なかなか明確な情報が手に入らなくて困っていたので、助かりました」

「えぇ!?」

 とてもいい反応を見せてくれるので、幻としては大変満足である。

「えっと…とりあえず役に立てたようでよかったです」

 戸惑いながらもそう言う青年に、幻は笑顔でうなずいた。

「はい。ありがとうございます」

 そして、青年は納得したように何度もうなずいた。

「ああ、だからさっきあんなにお客さんが盛り上がってたのか。貴方は話がうまいんですね」

 それに、幻は目を瞬かせる。

「僕はどちらかというと口下手な方なので、お客さんが来ても最低限のことしかお話しできないんです。嘘でお客さんを盛り上げるなんて、僕には無理で…羨ましい」

 落ち込んだように目を伏せる青年に、幻は目を細める。

「…人には人の得意不得意がどうしてもあります。私は性格がひねくれているので、嘘をついてしか人を笑わせることができないんです。あなたには、あなたにしかできないことがありますよ。あまり気に病まない方がいい」

 穏やかな声音に、彼はほうと息をつく。

「そう、ですね。少し気にし過ぎていたかもしれません。ありがとうございます」

 照れ臭そうに笑う青年に、幻は柔らかく笑った。

「いいえ、お役に立てたなら先程のお返しにもなりますし、よかった。私は卯月幻といいます。あなたは?」

高瀬萩たかせはぎといいます。卯月さん、お客さんがいない間、あなたのお話聞かせてもらえませんか。僕の知る都築家のことをお話しするので」

 楽しそうに笑う萩に、幻は嬉しそうに笑ってうなずいた。

「もんちろんです」


 

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