第壱幕 卯月幻、その人は。
壱
「こんにちは」
とても天気の良い日に、少女は一人の青年に声をかけられた。
透き通るような亜麻色の髪がきらきらと日の光を受けて輝いている。
わざわざ自分の背丈に合わせてしゃがみ込んでくれた青年に、少女はにっこりと笑う。
「こんにちは!」
「お嬢ちゃん、ここで一番偉い人か
柔らかい声音に、少女は少し考えてから頷いた。
「いるよ!軍服のお兄さん、たぶんそこらへんのお店で買い食いしてるから、すぐに見つかると思う」
それに、青年は頷いて腰に下げていた白い袋から飴玉を取り出した。
「教えてくれたお礼にこれあげる。弟さんにも分けてあげてね」
少女の手のひらにそっと二つの飴玉を乗せて、彼は立ち上がる。少女は、不思議そうに首をかしげた。なぜ自分に弟がいると分かったのだろう。
「…ありがとう。綺麗なお兄ちゃん、またね!」
少女はあまり深くは考えずに、笑顔でお礼を言ってその場を立ち去っていった。その背にひらひらと手を振って、後ろを振り返る。
だが、いるはずの人物がいなかった。
「あれ…どこ行ったんだろう」
周りを見渡していると、突然目の前に綺麗な焼き色のついた団子が現れた。
「びっくりした」
目を瞬かせて、それを受け取る。次に、困ったように微笑んだ。
「美味しそうなものがあったからって、勝手にどこか行っちゃだめだよ」
それに、団子を差し出してきた黒髪の男が、あまり悪びれていない様子でごめんと一言謝った。
「つい。人間、うまそうなものがあったらそれに惹かれるものでショ」
男の言葉に肩を竦めて、青年は一口団子をかじる。なるほど、たしかにいい塩梅に醤油が効いていて美味い。
表情から気に入ったのを察した男が、満足げに笑って自分の分を食べ進める。
「それで?許可証をもってそうな相手は見つかったノ?」
「うん。声をかけた女の子が教えてくれた。邏卒ならそこら辺にいるそうだよ」
一気に団子を食べ切って、串を歯に挟む。
「ならヨカッタ。んじゃ、早速一人捕まえようカ」
「そうだね」
青年もまた、団子を食べ切って笑った。
コロッケを頬張っていた邏卒に声をかけると、その邏卒は慌てた様子でコロッケを背中に隠した。
それに少し笑って、青年は口を開いた。
「こんにちは。私たちは旅人なのですが、異国のものを売り歩く商人をしています。この村で商売することを許してもらいたいのですが…」
「なるほど。では、屯所に一緒についてきてもらっても?」
あくまでもコロッケの存在がバレていないことにして、キリリとした表情で言う邏卒に、二人は顔を見合わせて笑った。
屯所につき、邏卒から無事に許可証をもらって出て行こうとしたところで、その邏卒から声をかけられた。
「…すみません、商品を、見せてもらうことはできますか?」
少し恥ずかしそうにいう邏卒に、彼はにっこり笑ってうなずいた。そして、机の上に背負っていた荷物を広げていく。
繊細な細工が施された懐中時計や女性用の手鏡、翡翠のブローチなどと主に西洋の小物などが中心に広がっていた。
「すごいですね」
目の前に広がる様々な西洋のものに、邏卒は瞳を輝かせる。それに、青年は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。西洋のものに、興味がおありで?」
「…私が、というわけではないのですが」
少し困ったように笑って、目を伏せる邏卒に、青年は口元に弧を描き、目を細める。
「何か困っていることがあるのなら、聞きますよ。私たちはそういう人たちを助けるのが、好きなんです」
不思議な輝きを帯びた瞳に、邏卒はごくりと生唾を呑んだ。
邏卒は名を
「私は
紺がへらりと笑った。芳樹は軽く会釈をする。
「俺、むつかしい話はわかんないんですケド、幻ちゃんはわかるんで隣で聞いてマスネ」
「あ、はい…」
少し戸惑いはあったが、とりあえず話を始めることにした。
「私の、妹の話なのですが…」
なんでも、芳樹の妹には持病があり、1日のほとんどを布団の上で過ごしているらしい。そんなある日、叔父が妹に土産だと言って西洋の人形を贈ったところ、妹はそれをいたく気に入りその人形に合う西洋品を求めているのとのことだ。
ここまで聞けば「可愛らしい話だな」で、済むこと。だが、そう簡単に済む話ではなかった。
「…私がいうのもなんですが。西洋品は、少し値段が張りますね」
少し困ったように笑う幻に、芳樹は気まずそうにこくりとうなずく。
「妹の薬代もありますし、あまり頻繁に高い買い物はできません。けど、せっかくの楽しみを奪ってしまうのも気が引けて…」
ふぅ、と彼は深いため息をつく。それと同時に、紺が退屈そうに欠伸をしたので幻がその脇をこづいた。少し不服そうな目を向ける紺を黙殺して、幻は考えるように形のいい顎に手を添える。
「よろしければ、私を妹さんと会わせていただけませんか?」
「え?」
思ってもみなかったその言葉に、芳樹は目を瞬かせる。
「私、人と話をするのが好きなんです。妹さんにとってもいい気晴らしになると思うので、ぜひ」
やんわりと、けれどもしっかりとした圧を感じさせる笑みを浮かべて言う幻に、芳樹は自然と首を縦に振っていた。
そんなやりとりを見ていた紺が、もう一度欠伸をする。そして思うのだ。
(幻ちゃんの犠牲者が、また増えるな)
と。
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