紺が一軒の茶屋で三色団子を食べていると、隣に座った女学生二人の会話が聞こえてきた。

「聞いた?また吸血鬼が出たんだって」

「えー、またぁ?怖いなあ」

 怖いと言っているが、その表情はどこか楽しそうだ。やはり若い女性は噂が好きなのだなと、紺は呑気に思う。

「それで、今回の被害者も女の子?」

「そうそう。お母さんに夜は出歩かないでって言われちゃった」

「あ、それ私も」

 きゃっきゃとはしゃぐ少女たちをよそに、紺はくありと一つ欠伸をする。暖かい日差しが眠気を誘うのだ。

 残っていたお茶を一気に飲み干して、紺は近くにいた店員を呼んだ。金を払って、茶屋を出る。そろそろ昼時だ。幻の元に行かねば。

 少女たちが話していた興味深い噂話を、幻にも聞かせてやろうと笑った。



 ちょうど午前最後の客が立ち去ったところで、紺が戻ってきた。

「おかえり」

「ただいま。あのね幻ちゃん、面白い話を聞いたヨ」

 にこにこと楽しそうに笑う紺に、幻が首をかしげる。

「どんなの?」 

 紺は店じまいを手伝いながら、先程少女たちが話していた内容を話した。幻は、それが終わって目を丸くする。

「実は俺もさっき、その話をここの長さんに聞いたんだ。それで、俺たちにその事件を解決して欲しいって、頼まれたんだけど…」

 自分たちの噂を思い出して、彼は苦笑する。

「俺たちどうやら、結構有名人らしいよ」

「どういうコト?」

 首をかしげる紺に、今度は幻が幸宏から聞いた噂話を聞かせてやる。

 全て聞き終えて、彼は不思議そうに目を瞬かせた。

「まぁ…間違ってはないケド…。なんで俺たちの噂なんて流れてるんだろうネ?」

「そこなんだよね」

 一番の疑問はそこだ。

 店じまいを終えて、荷物を背負う。幻が幸宏からもらった住所の書かれた紙を見せる。

「とりあえず、お昼を食べてから長さんのところに行くことになってるんだ」

「わかった。今日はね、うまそうな焼きまんじゅうのお店があったヨ」

 へらりと笑う紺に、幻は嬉しそうに笑った。



 大きめの焼きまんじゅうを三つほど平らげて、二人は満足げに腹をさすった。

「美味しかったね」

「ウン。醤油がきいてたネ」

 休憩所を出て、二人は長からもらった住所の書かれた紙を覗き込む。

「わかる?幻ちゃん」

「うーん…お店の人に、聞いてみようか」

 この近くの住所ならば把握していたのだが、少し遠いようだ。首を捻って苦笑した幻に、紺はうなずいた。

 


 長の屋敷にたどり着いて、幻と紺は目を瞬かせる。

「…なんか、すごく質素なお家だね」

 目の前には木造の長屋が一軒。そこまで新しいものではなさそうで、むしろ建ってから何十年も経っていそうな、趣のある家だ。

 紺もそれにうなずいて、息を吸い込む。

「すみませーん!呼ばれている旅人デス。誰かいませんカ?」

 少しして、玄関がガタガタと音を立てて開いた。

「あぁ、お話は聞いております。どうぞ中へ」

 老婆が朗らかな笑みを讃えて、二人を手招きする。彼らは、それに顔を見合わせうなずいた。



 居間でお茶を出されて、それを飲みながら幸宏を待つ。

「それにしても、吸血鬼なんて本当にいるのカナ?」

 頬杖をつく紺に、幻は首を捻る。

「どうだろう。少なくとも、噂が流れる程度には吸血鬼かもと思えるような殺し方を、犯人はしてるんだろうね」

 それに、紺はげんなりと顔をしかめる。

「ひどいネェ、それは」

 うなずいて、幻は朝読んでいた本を取り出して、吸血鬼について記された頁を開く。

「まぁ、名前の通り人の血を吸って生きてる生き物だよね」

「うん。けどさ、人の血なんてうまいのカナ?」

「それが食事なら、美味しいんじゃない?まずかったら飲まないだろうし」

 確かに、と紺はうなずく。だからといって飲みたいとは思わないが。

 二人で本を覗き込んでいると、襖が開いた。幸宏が入ってくる。

 目の前に座って、彼は申し訳なさそうな顔をした。

「すみません、遅れてしまって」

「いえ、大丈夫ですよ」

 朗らかに微笑む幻に、彼は軽く頭を下げる。そして、ちらりと紺を見た。

「あの、そちらが用心棒の…?」

 幻は既に自己紹介を済ませてあるが、紺とは初対面だ。それに、彼は小さくうなずく。

「伊月紺デス」

 その隣でぺこりと頭を下げる。幸宏も同じように軽く頭を下げた。

「この街を収めている三好幸宏と申します。本日はお越しくださり、ありがとうございます」

「いいえ。それで、例の件についてなのですが…」

 幻が促すと、幸宏はゆっくりと語り始めた。

「若い娘ばかりを狙った犯行だということは、ご存知かと思います。なぜその犯人が吸血鬼だなどとうそぶかれているかといいますと、殺人の手口が吸血鬼の特徴と全く同じなのです」

 その言葉に、二人は首をかしげる。幻が口を開いた。

「それはどういう?ご遺体は血を抜かれているのですか?」

 彼の問いかけに、幸宏はこくりとうなずく。

「ただ血を抜かれているだけならまだしも、見つかった遺体のほとんどの首筋に、鋭い牙の跡が残っているのです。それが、今回の連続殺人犯の犯人が、吸血鬼と言われている一番の原因です」

 確かに、それではその犯行が吸血鬼によるものだと考えても不思議ではない。

 考え込むように顎に手を添えた幻に、幸宏は頭を深く下げた。

「どうか、あなたたちのお力をお貸しください。私たちだけでは、どうにもならないのです」

 それに、幻はちらりと紺と眴をする。答えはもう、でていた。

 幸宏に向き合って、幻は不思議な笑みを浮かべる。

「その話、引き受けさせてもらいます」

 その返答に、幸宏は表情をぱっと明るくさせるのだった。

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