四人だけのささやかな飲み会が始まって少しして、紺が思い出したように声を上げた。それに、三人は目を瞬かせ、彼の次の言葉を待つ。

「オヤジって、昔俺たちと同じように旅にでてたことってアル?」

 それに、湊が硬直する。鹿波がそっと笑って酒を仰いだ。

「その反応は黒ですね」

 幻が鋭く指摘すると、湊が困ったように眉を寄せ笑う。

「旅みてぇな高尚なもんじゃないよ。俺のは単なる盛大なる家出だ」

「「家出?」」

 いったいどういうことなのか。紺と幻は、首をかしげる。

「…簡単に言うとだな、俺の家は名家で、しきたりやらなんやらのしがらみに嫌気がさして、十五の時家を出た」

「へぇ…」

 幻が妙に感心したように相槌を打った。紺が、興味津々に瞳を輝かせて身を乗り出す。

「あの、俺にくれた武器はいつから持ってたノ?」

「あー、あれな。確か、帝都で武器商人から格安で売ってもらったんだ。あれは俺の一番最初の相棒」

 ふっと軽く笑って、彼は酒を仰ぐ。

「…どうだ、使いやすいか?」

「ウン。けど、結構使ってて傷ついた所があるから、後で見せるネ」

 それにうなずいて、湊は首をかしげる。

「にしても、なんでまた急に?」

「いや、さっき紺にあの武器を見せてもらった時結構古い傷があったので、この街で使ってきただけにしては、変だなって」

 幻がつまみを飲み込んで、一息ついてから言った。湊は感心したように何度もうなずく。

「お前ほんと、頭の回転速いっていうか、目敏いよなぁ」

「ありがとうございます」

 隣で自慢げにニヤつく鹿波を軽く蹴りながら、彼はにっこりと微笑んだ。

「可愛げはないけど」

 口をへの字に曲げて言う湊に、幻は肩をすくめて笑った。

「あ、そうそう。あともう一個質問があったんダ」

 二人のやりとりを黙って聞いていた紺が、これまた思い出したように言う。

「なんだよ?」

 どこか気の抜ける息子に、湊は少し笑って首をかしげる。

「なんでオヤジはカナちゃんのこと苗字で呼んでんノ?カナちゃんは普通に下の名前で呼んでんのニ」

「あー」

 少し恥ずかしそうに、彼は頬をかいて、ちらりと鹿波と目を合わせる。鹿波は、おかしそうに笑った。

「ふふ…湊が家出した、っていうのは本人が今言ったよね?」

 部屋の灯りが酒の水面に反射しているのを見下ろしながら、鹿波が聞く。それに、紺と幻はうなずいた。

「湊はね、自分の苗字が嫌いだったんだよ。まぁ、僕と出会った時の話だけど」

「今は別に気にしてねぇよ」

 少し不貞腐れたように口を尖らせる湊に肩をすくめて、鹿波は酒を一口呑む。

「…面白かったんだよ?僕が初めて会った時、伊月さんって呼んだら苗字で呼ぶな!って、すごい怒られたんだから。びっくりしちゃったよね」

 くすくすとそれはもうおかしそうに笑うので、湊は無視を貫くことにした。紺と幻は自分たちの知らない過去の義父たちの話に、興味津々だ。

「だから、僕は湊のことを下の名前で呼んでるんだ。湊はなぜか、僕のことを卯月って呼ぶけど」

「別にそれに理由はないぞ。そっちの方で慣れたからそう呼んでるだけだ」

 湊はぶっきらぼうにそう言って、一気に盃に残った酒を仰いだ。

 それに、三人は苦笑する。少しいじめすぎたかもしれない。

「そんなに拗ねないでヨ」

 笑いながら、紺が湊の盃に酒を注いでやる。

「ま、別に良いけどよ。そーだ、お前らさ」

 注がれたそれに口をつけて、湊がニヤリと笑った。

「俺の話なんかよりも、旅の話しろよ。さっき卯月と旅の話を肴に酒呑めるのは嬉しいよな、って話してたんだ」

「あぁ、いいですよ」

 ふと、今朝の馬車の中でのことを思い出し、二人は顔を見合わせて笑った。旅の話を聞かせて欲しいと言われたのは、今日で二回目だ。

 穏やかな気持ちのまま、幻はそっと口を開いた。久しぶりに再開した、自分たちの親に感謝の気持ちを込めて。

 

 

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