茶屋をでると、黒猫…ネロが巴の足元にすり寄ってきた。

「おかえり、ネロ」

 それを見て、幻は嬉しそうに笑った。

「あ、紺似の猫だ」

 その言葉に、後から出てきた紺が首をかしげる。

「俺…?」

 じっとネロを見つめると、ネロはふんと鼻を鳴らして目を逸らした。紺は悲しそうに肩を落とす。

「…俺、こんなに愛想ないように見えル?」

「えぇ、違うよ」

 前はとても人懐っこかったのに。

 不思議に思っている幻の足元に、するりとネロが体を擦り付ける。

 ふわふわの毛並みが気持ちよかった。

「ほら、愛想いいよ?」

「えぇ〜?」

 不満そうに言って、紺はしゃがみ込んでそっとネロの前に手を出してみる。やはり、そっぽを向けてしまった。

「……俺が嫌われてるのか」

 肩を落とす紺に、幻はどう声をかけて良いか分からず苦笑する。

「同族嫌悪、ってやつね」

 巴がしたり顔でぼそりと呟く。それに、幻がなるほどとうなずいた。

 しゃがみ込んでうつむく紺の頭上にも、その会話は無情にも響いていた。



 巴が泊まっている宿の外で、幻、紺、ネロの二人と一匹は彼女が荷物を持って出てくるまで待っていた。

「幻ちゃん、さっきあのヒトに嘘で仕返しできて満足したデショ?」

 少し呆れたように笑う紺に、幻は大きくうなずいた。

「絶対次会った時騙し返してやるって思ってたからね。湊さん以外に騙されたままでいるなんて、俺のプライドが許さない」

 なんて無駄なプライドなのか、と少し、いやかなり失礼なことを考えた紺であったが、それは言わなかった。

「まぁ、ヨカッタネ」

「うん」

 にゃーん、と一つ、ネロも足元で労うように鳴いた。それに、幻がくすりと可笑しそうに笑う。

「お前、可愛いなぁ」

「そーォ?」

 紺が不服そうに眉を寄せて言う。幻が苦笑し、ネロが髭をぴくりと動かした。

 そして、紺の足をわざとらしく踏んで見せた。

 彼が無言でネロを見下ろす。ネロがふふんと胸を逸らした。

「やっぱりコイツ、可愛くない」

「なーん」

 低い声で鳴いた。まるで、それで結構とでも言っているようだ。

 一触即発の雰囲気に、幻が少し焦りを感じていると、巴が戻ってきた。ふわりと椿の香りが舞う。ネロが一瞬で可愛らしく鳴いて、彼女の足元に擦り寄る。まさに猫かぶりである。

 ネロを睨みつける紺に、巴が不思議そうに首をかしげる。

「何か?」

「その猫に足踏まれタ」

「まぁ…」

 予想以上に仲が悪い自分の飼い猫と復讐仲間に、巴は目を丸くした。

「どうしてそんなに仲が悪いのかしら。ネロ、仲良くなさい」

「うにゃーん」

 不服そうに一つ鳴く。それは嫌らしい。

「ふっ…まぁ、そのうち仲良くなるんじゃありませんか?」

「そうですね…」

 ため息混じりにうなずいて、巴は落ちかけてきた被っていた布を少しあげる。その時、左手に傷跡が残っていたのを目に止めて、幻はそっと目をそらす。

 それに気づいて、巴は目を瞬かせる。そして、可笑しそうに笑った。

「ふふ、お気になさらないで。あの時はああされて当然でした。まぁ、貴方があんな乱暴なことをするとは思っていなかったけれど」

「…一応、男なんで」

 苦笑して、その布に手をかける。

「布はやはり、必要ですか」

「…そう、ですね。一目がつくので。幻さんは?」

「私は慣れました。この容姿のおかげで客足も伸びるっていうのもありますし、特に隠してません。でも、私よりもあなたの髪色や容姿の方が目立ちますね」

 異国の血を引くもの同士でしか、わからないものがある。それは、わかっている。だが、ずっと二人で旅をしてきて、小さい頃から一緒に育ってきたというのに、仲良さげに言い方はなんだがぽっと出の女に隣を奪われるのは、紺としては面白くない。

 どうやら、隣にいるネロも同じようで、目をすがめて二人のことを眺めている。

(なるほど…同族嫌悪って言われた意味、わかった気がスル…)

 少し好感が持てて、ネロの頭をそっと撫でてみた。今度は避けられずに、むしろ頭を押し付けてくる。

「ふ…可愛いところアルネ」

「ふにゃ」

 一人と一匹の間に、奇妙な絆が生まれた瞬間を、巴と幻はこっそりと見て笑った。

「仲良くなれそうですね」

「えぇ。良かった」

 巴はぱさりと布を外した。美しい金髪が現れる。

「私も母譲りのこの容姿、自慢しながら街を歩きましょう。それに、貴方のお店の客足も伸びますよね?」

「はい。助かります」

 笑って、幻がうなずく。紺がふと、彼女の肩を叩いた。

「ネェ」

「はい?」

「荷物持つヨ」

 意外な言葉に、巴は目を瞬かせる。紺が少しバツが悪そうな顔をした。

「オヤジから女の人には優しくしとけ、できなきゃお前は男とじゃねぇ、って言われてるんデ」

「…ふっ…ふふふっ」

 可笑しそうに笑って、彼女はそっと自分の持つ荷物を紺に渡した。

「ありがとう。良いお父さんをお持ちですね」 

「そりゃドーモ」

 不満そうにしながらもそれを受け取って、肩にかつぐ。幻がそれに、可笑しそうに笑った。

 

 街を出て、しばらく歩いていると幻が思い出したように声を上げた。

「巴さんに聞きたいことがあるんですけど」

 それに首をかしげる。

「どうして、私たちの噂を流したんですか?」

「噂…あ、あの化け物二人組とかイウ?」

 今回の事件に巻き込まれる原因となった噂を思い出して、紺が目を丸める。

「このヒトが広めたの?」

「なぜお分かりに?」

「半分は勘です。けど、私たちを知っていて、紺の実力を知っている人物は限られているので。もしかしたらと」

「なるほど。噂を勝手に流してしまったことはすみません。貴方達を試してみたくて」

 それに、彼はうなずいた。なるほど。だからそんな噂を流したのか。

「まぁ、構いませんよ。あながち嘘でもないので。尾鰭はついてましたけど」

 苦笑する幻に、巴もくすくすと笑う。

「人の噂というのは面白いですね」

「えぇ」

 そんな二人の会話を少し後ろで聞いていて、紺は軽くため息をつく。

(うーん…なぁんか未だに腹の探り合いがあるような…なんでダロ)

 少し考えて、紺は目を丸くする。

「ネェ」

 呼びかけられて、振り返る。

「幻ちゃんは良いかもしれないけど、俺は敬語、慣れてないカラ。これからは普通に話すけど、イイ?」

 それは巴に向けられた言葉だった。彼女は目を瞬かせた後、うなずく。

「なら、私も紺さんには普通に話すわ」

「ウン」

 違和感があったのはこれだ。垣間見る巴の口調から、彼女がまだ素ではないことを知ることができた。

「あ…じゃあ、俺も」

 幻も少し気まずそうに言う。二人がうなずいた。ネロがその真ん中で、にゃーと一つ鳴いた。

 奇妙な組み合わせの旅が、始まった。

 

 

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