③
「父さん大丈夫!?」
古くなった店の戸を勢いよく開けて、幻は怪我をしているであろう鹿波の姿を探す。だが、店の中を探してみても誰もいなかった。店の奥が自宅となっているので、そっちだろうか。
奥に入ろうとしたところで、中から何か重い音が倒れる音がしたので、彼は慌ててその場へと向かう。
「父さん!?」
どうやら先程の音は積み重ねられた本が倒れた音だったらしく、大量の本がその場に雪崩こんでいた。
「…どこにいるんだろ」
さすがにここまでいないのもおかしいので、彼は首をかしげる。と、不意にその肩をトントンと後ろから叩かれた。幻はぴくりと体を反応させる。
「……いるなら返事してください」
「だって…必死に僕を探す幻なんてそうそう見れないでしょ?」
くすくすとおかしそうな笑い声をあげて、鹿波はそのまま幻の肩に額を乗せた。
「おかえり、幻」
「はぁ…ただいま」
ため息をついて、幻は小さく笑った。
「あっ、手は?」
思い出したように鹿波の両手を掴んでマジマジと観察する。
「手…?あぁ、この前親指の爪剥がしたヤツ?もう随分前だから、ほぼ治ってるよ」
彼の言う通り、その親指は少し荒れているもののほぼ完治に近いものだった。それに、幻はほっと息をつきつつも悔しそうに顔を歪ませる。
「ってことはまた騙されたのか…」
「あはは、湊だね」
笑う
「仮にも息子が騙されてるのに、笑わないでよ…」
「いつものことじゃない。悪質なものだったら注意するけどね」
それを聞いて、幻は自分と同じ異国の血を引いた女を思い出す。湊以外の人間に騙されたのはあれが初めてだ。しかも、鹿波の言う「悪質な嘘」の部類に入るもの。次にあったら、やり返してやる。
決意を固めている幻をよそに、雪崩れ落ちてしまっている本たちを拾い上げ、鹿波は首をかしげた。
「そういえば、紺くんは一緒じゃないの?」
「紺は湊さんのところ。あとで来るってさ」
「そっか。それじゃあ、僕も湊のところに行こうかな。わざわざきてもらうのも悪いし。一緒に行こうよ、幻」
にこにこと笑う鹿波に、彼はため息混じりにうなずいた。
「こんにちはー」
ガラガラと音を立てて戸を開ける鹿波に、湊がひょっこりと台所から顔を出す。
「おー、来たか」
「来たか、じゃないですよ。よくも騙してくれましたね」
目を据わらせて言う幻に、彼は大口を開けて笑った。鹿波と幻が台所に入り、幻は湊の前に座った。
「あっはっは。騙される方が悪いんだよ」
「幻ちゃん、自分も嘘言うんだからオヤジのこと言えないヨ」
親子に正論を言われてしまい、幻はぐっと言葉を詰まらせる。
(これが嫌だから帰るのが遅くなったんだよ…)
紺と湊が揃うと、血のつながりはないものの親子だからかどうしてか相性がいいらしく、幻が何か言ったりやったりしても軽くいなされてしまうことが多いのだ。
「すみませんでしたね」
「ふふん。勝った」
「大人げナ…」
誇らしげに胸を張る湊をみて、紺がうんざりとした顔をする。
「なんだよ…」
「あ、ソウダ。幻ちゃん、二人にお土産渡そうヨ」
じとっと見つめてくる義父の視線を華麗に無視して、幻に笑いかける。
「ああ…。二人とも、ちょっと待ってて」
そういえばと、彼は思い出したように湊と鹿波に言い置いて、立ち上がり隅の方に置いてあった土産を机の上に置いた。
「こっちが父さんで、こっちが湊さんね」
二人に滑らせて渡すと、彼らは嬉しそうに笑った。
「「ありがとう」」
「開けてもいい?湊のは開けなくても形でわかるけど」
おかしそうに笑う鹿波に、幻は笑ってうなずいた。
「よし、今日はうちで四人で呑むか」
湊が酒瓶を見つめて言うと、紺が嬉しそうに瞳を輝かせる。
「イイネ!なんかつまみも作ろうヨ」
二人が楽しげに飲み会の話をしている間に、鹿波が包を剥がし終えた。
「おぉ、本だ。しかも異国の」
嬉しそうに笑って、パラパラと軽く中身を確認する。
「…たぶん、イギリスの本かな。読み終わったら、幻も読む?」
「もちろん。そのつもりで買った」
にっこりと笑う息子に、鹿波はふっと笑う。
「それ、僕へのお土産ってことになるかな?」
「まぁまぁ、細かいことは置いとこうよ。代わりに前に紺が俺に買ってくれた本、貸してあげるから」
「じゃあいっか。楽しみにしてる」
パタンと軽い音を立てて、その本をしまう。鹿波の言葉に、幻はうなずいた。
「湊」
「ん?」
鹿波に呼ばれて、紺との話を一度中断する。
「つまみを作るんだったら、うちに何冊か面白い料理本があるんだ。それ見ながら作ったら?」
「お、いいね。俺取りに行くから案内しろよ」
「了解。今行く?」
「んー、そうだな。紺、幻留守番頼めるか?」
それに、二人はうなずく。
「いいですよ」
「ついでにコロンの相手してるヨ」
その返答に、湊は鹿波と顔を見合わせてうなずいた。
「んじゃ、ちょっと行ってくるね」
「いってらしゃい」
台所を出て行く二人に手を振って、幻はいつのまにか用意されていた自分の分のお茶に、目を瞬かせる。
「あれ、誰がやってくれたんだろ」
「あ、それさっきカナちゃんが用意してたヨ」
「そうなんだ。あとでお礼言っとこう」
一口飲んで、ふぅと一つため息をつく。
「…懐かしいね」
ぐるりと台所を見渡して、幻はふわりと笑った。
「ダネ。帰ってきたー、って感じがスル」
ふふふとやんわりと笑う紺に、幻がおかしそうに笑う。
「紺のその笑顔、久々に見た気がする」
「え、どんなカオ?」
目を丸くして自分の顔を確かめる紺に、幻は笑う。
「柔らかい笑顔」
「ヘェ?」
不思議そうな顔をした後に、紺があっと声を上げた。それに、今度は幻が目を丸くする。
「オヤジに武器の新調頼むの忘れテタ」
「え、壊れちゃったの?」
怪訝そうに眉を寄せる幻に、紺は緩く首を振る。
「そういうわけじゃないんだケド…結構傷ついてきてるから、手入れしとかないとなーッテ。状態見てミル?」
幻には武器の良し悪しはよくわからないのだが、いい機会なので首を縦に振っておく。
「今稽古場の方に幻ちゃんの荷物共々おいてあるから、移動しようカ」
それに、幻はうなずいた。
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