第6話 ほのかな恋心
「エラ様!」
自室のドアを開けた途端、おかんむりの侍女と護衛に出迎えられてしまった。いなくていいのにな。ついげんなりとなってしまう。親切なのは分かるが口うるさくて閉口する。
「夕食後にまた護衛を撒いてどこへ行っていらしたんですか! いい加減にしてくださいまし! こちらの心臓が……」
私の後から現れたヨアヒムに目をとめるなり、ぴたりと侍女の小言が止まった。さあっと顔が青ざめ、
「
そう口にする。あれ?
こいつの額にあった呪印は私が髪で隠したし、ゴーグルも外しているのに……。もしかして侍女のアンナは魔道士だったのか? 魔道士は呪印を目にしなくても
「ヨアヒム・モディ! あなた、あなた! 邪力阻害ゴーグルはどうしたんですの!」
身を震わせ、侍女のアンナが叫ぶ。顔面蒼白だ。
はははと乾いた笑いが漏れた。名前、ばれてーら。既に面割れしていたのだと理解する。まぁ、こいつは、顔が綺麗すぎて目立ちそうだもんな。真っ先に顔をおぼえられていても不思議じゃない。ヨアヒムの額にある呪印を、髪の毛でせっせと隠したけれど、無駄な努力だったってわけだ。
「邪力阻害ゴーグルは私が外した」
「えぇ!」
私がそう言うと、アンナに仰天されてしまった。けど、これだけは譲れない。
「邪力阻害ゴーグルなんて必要ないよ。それから、こいつ、私の友人だから。もてなしたいんだけど、お茶の準備頼めるか?」
「ゆ、友人……も、もてなす……」
アンナは今にも泡吹いて卒倒しそうな雰囲気だ……自分でやろうかな?
「エラ様、差し出がましいとは思いますが……」
護衛のエドガーが進み出る。なら、言うなよという言葉は一応飲み込んだ。エドガーは二十代くらいの、貴族特有の洗練された雰囲気を持った若者だ。護衛の名に恥じない鍛え上げられた体をしているけれど、実戦経験はどうだろうな?
嫌悪感丸出しで、脅すような口調で言った。
「そちらの御仁は
うっさいわ。
「あー、だったら、護衛いらないから。お前、帰っていい」
「いえ、そういうわけにも……」
「いいか? さっきも言ったように、こいつは私の友人なの。友人と単なる護衛なら、友人を取るに決まってるだろ? 黙ってここにいるか、護衛の役目を降りるかどっちか選べ」
そう言ったら大人しくなった。本当、帰っていいんだぞ? 遠慮せず。
侍女が役に立たなそうだったので、部屋にある道具で茶を入れようとしたら、取り上げられた。
「わ、わたくしがやります! エラ様はそちらにお座りくださいませ!」
侍女の意地かな? こちらも顔面蒼白だけど引き下がりそうにない。んじゃ遠慮無く、そう思って座ろうとするも、ヨアヒムが突っ立ったままだ。
「お前も座れ、そっち」
反対側の椅子を指差せば、
「……いいの?」
「何が?」
「僕、歓迎されてない」
おどおどとそんな事を口にする。どうやら侍女と護衛の視線にびびったようだ。あーあ、何を今更。がしがしと頭をかく。
「私について来たいって言ったのお前だろ? んで、私はそれを受け入れたんだから、しゃんとしろ、しゃんと。お前は私の友人で、ここに招待されたの。堂々としてりゃあいい」
ヨアヒムは恐る恐る椅子に腰掛け、
「あの……」
「何だ?」
「僕、君の友達?」
上目遣いでそんな事を言い出した。
「ああ、そうだ。もしかして嫌なのか?」
私がそう言うと、ヨアヒムが首を横にぶんぶん振る。
「違う! その……う、嬉しい、よ」
俯いたヨアヒムの顔がほんのりと赤くなる。
ん? 随分と素直だな、こいつ。もしかして、見たまんまの世間知らずとか? 二十四にもなって? まさかなぁ……。はははとから笑い。
「そういや、自己紹介まだしていなかったな。私はエラ。姓はない。孤児だからな」
私がそう言うと、
「あ、僕は、その、ヨアヒム・モディといいます。どうぞよろしく」
緊張気味にそう答えて、ぺこりと頭を下げる。礼儀正しいな。やっぱりいいところのおぼっちゃんて雰囲気だ。
「家は金持ちなのか?」
つい、聞いてしまう。
「え? ええっと……どうかな? 僕、父さんの顔も知らないんだ。ずっと母さん一人で育ててくれたから……」
うん? それで、これ? だったら、もっとしっかりしていても良さそうだけど。
「母親はどんな仕事をしてたんだ?」
もしかして高級娼婦かも、そう勘ぐったけれど、
「料理をしたり洗濯をしたり……あ、時々掃除なんかも……」
ヨアヒムのずれた回答にこけそうになる。それ普通の主婦じゃんか。仕事だよ、仕事。おい、しっかりしろ。どこから生活費が出ていたんだよ?
「生活費はどっから?」
そう問うと、ヨアヒムは口ごもる。言いたくない? あ、やっぱり高級娼婦なのかも。それか、もしくはパトロンがいたとかな。だったら言いたくないか……。贅沢は出来ても体を売る仕事は世間の目が痛い。そう思い、追求を諦めようとしたけれど、
「サイラスが……」
ん?
「サイラスが全部面倒みてくれていた」
なにぃ? 思わず目を剥いた。それで大っ嫌いってどういうことだよ? 世話になっていたんだろ? 思わず詰め寄りそうになるも、
「お茶をどうぞ」
そこで侍女のアンナが、入れてくれたお茶を差し出した。
あ、どうも。出鼻をくじかれ、茶を口にし、気持ちを落ち着ける。よかった。怒鳴り散らすとこだった。ヨアヒムも畏まった様子で茶を口にする。
「で、それ、いつから? サイラスが面倒を見てくれたのって」
「いつからって……えーっと、僕が九才の時かな? それ以前はバートと一緒に暮らしていたんだけど、そこからあいつに引き取られたんだ」
「バート?」
「僕の父親代わりだった人だよ。薬師でとってもいい人だった」
ヨアヒムの顔がふわっとほころぶ。ふうん? そいつの事は好きだったみたいだな。
「で、九才からこっち、ずーっとサイラスがお前の面倒を見てくれてた?」
「一応」
今度は何やら不機嫌そうに横を向く。ついイラッとなった。
「だったらサイラスがお前の父親代わりみたいなもんじゃんか、一体……」
一体あいつの何が気に入らないんだ? そう言おうとするも、
「あんな奴! 父親なんかじゃない!」
語気荒くヨアヒムが言い放つ。反抗期か? いや、そんな年じゃないか。
「サイラスの何が気にいらないんだよ?」
「全部」
おいおい。ぴくりと頬が引きつった。
「じゃあ、なんで今の今までずっと一緒にいたんだよ? 九才からってことは、かれこれ、えーっと……十五年は一緒にいたってことだよな? その間、ずっと面倒みてもらったって事だろ? もっと早く独り立ちしてもよかったんじゃないのか?」
ざっけんな、そんな思いで早くも爆発しそうだった。
「あいつが僕を離さないんだ」
そんな事を言い出して、はあ? っとなってしまう。
「殺戮衝動のない
ぽかんとなってしまった。え? 殺戮衝動がない?
意味を理解した途端、勢いよく立ち上がってしまう。
「ええ!? ない? ないの、お前? 殺戮衝動がない? 生き物を殺したいって思わないって事だよな? 血の狂気がない?」
「そう、だけど……」
私の勢いに押されてか、ヨアヒムが幾分身を引いた。
「じゃ、じゃあ、もしかして……
何だか全てに納得してしまった。
こいつの無垢さ加減といい、世間知らずな部分といい……。多分、ずっとサイラスが庇護してきたんだ、こいつを……。ありとあらゆる脅威を遠ざけた。奇跡の
同士討ちをしてしまう、あの血の衝動……。
殺戮衝動の消滅は、
「すごいな、お前。ほんっと凄い。短命の宿命からも、血の衝動からも解放されているのか……ありえない奇跡だ。奇跡そのものだよ」
私がそう言うと、居心地が悪そうに、恥ずかしそうにヨアヒムが身をよじる。
「こ、これで普通だよ……そんなに大したことじゃあ……」
そう、もそもそとヨアヒムが口にするも、
「……嘘ですよ、そんなのは」
そう口を出したのは侍女のアンナだ。
「殺戮衝動のない
「そんな嘘ついてもしょうがないだろ?」
私がそう言うと、アンナの顔が嫌悪にゆがんだ。
「無垢を装って、こちらを油断させようってことでしょうよ。
またこれか……ため息が漏れてしまう。
ああ、そうか……。付き合うのを拒絶しているから、こんな風になるんだな。自分の思い込みが正しいと信じて疑わない。
「ヨアヒムは私の友人だって言ったろ? 以後、そういう態度は禁止する」
私がそう言うと、アンナが不愉快そうな顔をする。
「……本当に
「もう友人だよ」
私がそう言い切ると、アンナがはあっと息を吐いた。
「報告はさせていただきますからね」
侍女のアンナが険しい顔でそう言った。五大魔道士にチクるってわけか。好きにすれば良い。こっちも好きにするから。
「エラ……」
「ん?」
ヨアヒムに呼びかけられて、私が前を向くと、
「ありがとう」
礼を言われてしまった。何の礼だ? 嬉しそうに紅茶を口にするヨアヒムを眺めるも、それ以上は何も言わない。
今のは何だったんだ? そう思うも、ま、いいかと考え直し、用意された茶菓子に手を伸ばす。栄養補給は大事だ。つるぺたな胸ももうちょっと成長すると良いな。希望薄だけど……。
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