第5話 修羅場
で、自室へ戻る途中、ちょっとした事件に遭遇した。
ついていない日は、とことんついていないらしい。
顔の綺麗な男性が、誰かの部屋から飛び出してきて、危うくぶつかりそうになったのだ。長い亜麻色の髪にすみれ色の瞳、女性のような面立ちである。泣いていて服装が乱れているとなると、何があったかは想像に難くない。こういう場合、男に襲われたって場合も考えられるが、あ、女だった。しかも顔見知り。
視線が冷たくなってしまう。こいつも若作りか……ぜっんぜん年食ってないでやんの。年相応なのはルーファスだけなんだな。
飛び出してきた男性をかばうように前に立てば、
「邪魔をしないで頂戴」
これまた綺麗な顔の女、リアン・クリスタに睨み付けられてしまった。いや、するだろ普通。リアンと見つめ合ってしまう。本当、見た目は楚々とした清純派タイプなんだよな、こいつ。そう、見た目だけは……。
「嫌がっている」
私がそう告げると、リアンが面白くもなさそうに言う。
「ちょっとした誤解よ、誤解。その子はね、
「……お前、年幾つだ?」
私にすがりついている男性に聞いてみると、
「え? え、と……二十四だけど……」
二十四? それにしちゃ頼りないな。私の今世の年、十六才だぞ……自分より八つも下の人間に助けを求めるってちょっと情けな……いや、やめとくか。泣いてるもんなぁ。ため息交じりに言った。
「二十四なら、
コンコンと男の顔にはめられたゴーグルを叩くと、
「いえ、あの、僕は……」
「ああ、その子は特殊なのよ。
リアンの答えに私は驚いた。
珍しいどころじゃない。奇跡じゃないか! 短命じゃない
「凄いなお前。もしかして神々の祝福でももらったのか? あ、ちょっとかがめ」
青年に頭を下げてもらい、邪力阻害ゴーグルを外す。
やり方さえ知っていれば、こんな風に魔道士でなくても外せるので便利だ。そして前世、私はしょっちゅうこういったことをやらかしていて、魔道士達に睨まれていた。もちろんそんなものは気にしなかったけれど。肝っ玉の小さい連中が悪い。
と、リアンが金切り声を上げた。
「何をするの!」
「いや、何って邪魔……」
「
私はむっとする。
「それがどうした? 何びびってんだよ。
僅かな動作でリアンの喉元にナイフを突きつけてみせる。
こういった暗殺術はお手の物だ。非力なので、正面切って戦うやりかたは苦手だったが、こうやって隙を突くのは得意だった。油断させ寝首をかく、それが私のやり方だ。
「あ……う……」
ナイフを突きつけられリアンは動けない。
瞳に殺気を込めてみせる。
「分かったか? 邪力阻害ゴーグルなんていらないよ。犯罪者じゃあるまいし。ここにいる
ナイフを引くと、
「……あなた、わたくしが五大魔道士の一人だと分かっているのかしら?」
憎々しげにリアンにそう告げられ、私は顔が引きつった。
うわ! リアンが五大魔道士? エレミアは実力主義とか言っていたから、成る程、性格はどーでもいいってことか? 妙に納得してしまう。
確かにリアンは実力はあったが、こいつも性格最悪だ。
まぁ、それだけサイラスが良い男だったってことかもしれないが……。
私の驚きを別の意味に取ったらしいリアンが、うっすらと笑う。
「あらあら、ようやく自分の立場が分かったようねぇ?」
猫がネズミをいたぶるような声音だ。
「厳罰は覚悟した方がいいわよ? なにせ、五大魔道士の一人であるこのわたくしを侮辱したのですから……」
うーん、そこで高飛車に出られても、既にあんたの行為が赤っ恥。
「いや、それ以前に、自分の孫みたいな年の男を手込めにしようとしたって事実だけでも超恥ずかしい……」
私の言葉途中でリアンがいきり立つ。
「おだまりなさい! これ以上の侮辱は許しませんよ!」
つってもなぁ……ちらりと綺麗な顔立ちの青年に目を向ける。
「お前、名前は?」
「ヨアヒム・モディ」
ん? 何かどっかで聞き覚えが……。
「何をしている」
突如、背後から聞こえた低い声に、私はびくんっとなった。誰よりもよく知っている声。心が喜びに震え、涙がでそうになる。愛しくてたまらない声。会いたくて、会いたくて……もう一度会いたいとこいねがった者の声だ。
「サイラス……」
リアンがそう呟く。
そう、その言葉通り、振り返れば、白いローブ姿のサイラスが立っていた。長い金の髪は日の光のように煌めき、端正な顔立ちは美術品のよう。静かな佇まいだが、ただそこにいるだけでサイラスは圧倒的な存在感があった。そこだけ空気が違う。
リアンの顔色が目に見えて青ざめた。
「わ、わたくしは何も、何もしていないわ。ただ、そう……話をしていただけよ」
リアンがそんな言い訳を口にする。どう見ても怯えているな。
まぁ、無理もないか。サイラスの魔力は桁違いに大きい。
サイラスが言う。
「……
脅すようなサイラスのこの口調……。暁の塔に喧嘩をふっかけたって本当だったんだな。
「……分かっているわよ」
しぶしぶといった感じでリアンが引き下がる。
「ヨアヒム、こちらへ来るんだ」
サイラスがそう言うのに、
「嫌だ」
なんてぬかす馬鹿は誰だ? あ、こいつだ。ヨアヒム・モディとかいう顔の綺麗な弱っちい奴。私にしがみついて離れそうにない。いや、いいから、さっさと行けよ。せっかくサイラスが迎えに来てくれたって言うのに、何やってんだ?
「サイラスの所へ行った方が良い」
私がそう言うと、ますますしがみついてきて、
「い、嫌だよ、その……君と一緒にいちゃ駄目?」
何ぬかす! うわぁ、リアンの目もプリザード! これって嫉妬されているとかいう奴か? 違う、違う! ひっついてるのこいつだ、こいつ!
「ヨアヒム、彼女は駄目だ」
サイラスの声が微妙に変化した。
あ、これは……ちょっと怒ってる? 苛ついている時の声だ。サイラスが苛つくなんて滅多にないんだけど……。感情の起伏乏しいもんな、お前。無表情が標準だ。だからこそ笑顔に威力があるんだけど。見るだけで幸せになれる。
「僕に命令しないで!」
「いいから、来るんだ!」
サイラスに腕を掴まれて、ヨアヒムは暴れているけど、軽々押さえ込まれてしまう。まぁ、無理だよな。サイラス相手じゃ、どんな奴でもこうなる。
「嫌だったら、嫌だ! お前なんか大っ嫌いだ! 離せ、離せってば!」
肩に担ぎ上げられ、ヨアヒムはじたばた暴れるも、サイラスはびくともしない。
しかし、嫌いって……ちょっと聞き捨てならない台詞だ。
「あー、サイラス、ちょっと待って」
ちゃんと足を止めてくれて助かった。
「そいつと友達になりたい。連れて行ってもいいか?」
何だか複雑な顔をされた。
「……魔道士どもに睨まれるぞ?」
「いつものことじゃん」
私がけろりと言うと、
「止めても無駄か?」
「私がそいつの周囲をうろつくから無理だね」
「……なんでそう面倒ごとに足を突っ込む」
サイラスの眉間に皺が寄る。
お前が好きだから、というのは言わないけれど、
「こういう性格なんだ。お前もよく知ってるだろ?」
にっこり笑ってやれば、ようよう諦めたようだ。
ため息交じりにサイラスがヨアヒムを下ろすと、さあっと彼が私の背に隠れた。いや、ちょっと情けないから、女の後ろに隠れるとかやめような?
リアンが面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「その年で男をくわえ込むなんて、とんだあばずれね」
リアン、お前にだけは言われたくないぞ。
「口を慎め」
そう文句を言ったのはサイラスだった。ちょっとビックリ。かばってくれたんだよな? サイラスの眼光に気圧されたように、リアンが後ずさる。
「な、何よ。彼女とあなた、どんな関係があるっていうのよ?」
元妻ですと心の中だけで言う。
「彼女は聖女候補だ」
サイラスがそう告げると、リアンはぎょっとしたようで、
「……な、なら、さっさと行きなさい。目障りよ」
舌打ちでも漏らしそうな風体でリアンは身を翻し、自室の中へと消える。
「……迷惑はかけるな?」
サイラスがヨアヒムという青年にそう声をかけるも、彼は返事もしない。むくれたようにぷいっと横を向く。本当にサイラスを嫌っているようだ。一体どうなっているんだ?
「大丈夫、適当なところで蹴り出すから」
サイラスにそう告げ、ヨアヒムという青年を連れて歩き出す。自室へ向かいながら、ふと思い出す。
――ヨアヒム・モディっつう、くそったれ
ゼノスがそう言っていた事を。
引き受けたのまずかったか? そんな思いがとぐろった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます