第4話 私はアイダ
「ルーファス・レイン! どこにいるか知らないか?」
そこいらを歩いている魔道士を片っ端から捕まえ、私がそう問うと、
「レイン様なら談話室に……」
よし! 五人目で当たりだ! 猛然と駆け出し、これまた勝手知ったるなんとやらで談話室に直行だ。魔道士数名に取り囲まれている小柄な老人がそうだろうと当たりを付け、
「ルーファス! 話がある! ちょっといいか?」
ぐいっと肩を掴めば、振り返ったルーファスと目が合った。年相応の穏やかな茶色い目だ。面影……ちょっとあるか? まじまじと見てしまう。年取って、ひげがわっさわさ生えているせいか、まるで木の精霊みたいなってるぞお前。
「……どこかで会ったかな?」
ルーファスに不思議そうに首を傾げられてしまう。
やっぱり分からないか……。かなり面変わりしてるもんな。肉感的な美女が、つるペタのお子ちゃまに変身だ。言ってて悲しい。前世と同じ容姿なら、もっとスムーズに話が進んだんだろうけどなぁ。
「あるある、だからちょっとこっちへ来て欲しい」
ルーファスの腕を掴んで、ぐいぐい引っ張ったら、話をしていた魔道士にたしなめられてしまった。視線がかなり険しい。
「ちょっと、待ちなさい。君、失礼だぞ? レイン様は五大魔道士のお一人で……」
年配の魔道士の叱責を、ルーファスが手を上げ遮った。
「ああ、構わんよ。先にこちらのお嬢さんの話を聞こうではないか。おそらく彼女は聖女候補の一人じゃろう」
「え? あ! では、例の?」
魔道士達の驚愕の目がこちらに向けられる。いや、そんな熱い眼差しを向けられても困るぞ。今はまだ候補だからな?
ルーファスが頷いた。
「そういうことになるな。すまぬが魔術の講義は後にしてもらえるか?」
「わかりました、レイン様。ではまた後ほど」
そう言って一礼し、ルーファスを取り囲んでいた魔道士達が、揃って立ち去った。おもむろにルーファスがこちらに向き直る。
「さて、お嬢さん。話を聞こうではないか」
あ、笑うと、昔のルーファスを思い出す。何だか懐かしい。目元がうるっとなってしまう。ほっとするんだよな、こいつの笑い方って。
私は真剣な眼差しで、ルーファスの両肩を掴んだ。
「その、よーく聞いてくれ。サイラスにももう言ったんだけどな。私はアイダだ」
「……ん?」
私の言葉にルーファスがきょとんとなった。そこで私は必死になって説明する。サイラスの時と同じように。自分の顔を指差し、力説する。
「アイダだよ、アイダ! ほらほら、サイラスの妻だったアイダだ! 生まれ変わったんだよ。どうだ? ちょっとは懐かしいか?」
「は? いや、ちょっと待ってくれ。アイダ? 生まれ変わり?」
混乱するルーファスにたたみかける。
「そうだよ、アイダだ。妊娠中、ほら、編んでいた産着の毛糸を町まで買いに行って、そこで昔の仲間にばったり会って、殺されちまった間抜けなアイダだよ。サイラスはそんなあたしを抱いて、ずっと昔に捧げてくれた愛の歌を歌ってくれてた。聞いてたよ、上空から。だから、だから戻ってきたんだ! あいつに会いたくて!」
そこで過去の思い出話って奴を、散々語ってやった。アイダでなければ分からないようなことまで延々と。
「どうだ? これでも信じられないなら、真実のフィールドの上に立ってやってもいいぞ? あれの中だと、真実以外口に出来なくなるもんな? サイラスはそこまでしなくても私をアイダだって認めてくれたけど、お前はどうだ?」
ルーファスはまじまじと私を見て、次いでその目がすっと細くなる。
すると、ぐっと瞳の色が深くなったような気がして、私は首を傾げてしまった。ん? そういや再会した時のサイラスもこんな感じの目をしていたな……そんなことを思い出す。
そのままルーファスの行動を見守っていると、
「……アイダだ。間違いない。魂の色が同じ……」
やがて、驚嘆の声が彼から漏れた。
「魂の色?」
「魂の色は千差万別で、一つとして同じものは存在せん。おぬしは間違いなくアイダじゃよ。しかし生まれ変わりとは、これまたたまげた。しかも記憶持ち? 一体どうやって……」
「これは、ほら、戦女神ミネア様の祝福って奴だよ。記憶を持ったまま転生させてくれたんだ。ああ、それより聞きたいことがあるんだよ。なぁ、ルーファス。教えてくれ。聖女に選ばれるにはどうすればいいんだ?」
ルーファスが目を丸くした。
「おぬしは聖女に選ばれたいのか?」
「そうだよ! サイラスの為に!」
「サイラスの為って……」
私は嬉々として言った。
「だって、聖女って偉いんだろ? 五大魔道士と肩を並べるだけの地位がもらえるのなら、サイラスがここにいられるよう、便宜を図ることも出来るよな?」
「いや、その、ちょっと落ちつけ……一体どこまで事情を知っている?」
「サイラスがここを追い出されそうだってところだけ」
「それ以外は何も?」
私が頷くと、ルーファスは大きく息を吐き出した。
「どこから答えていいものやら迷うが、まず先に言っておこう。サイラスの為というのなら、聖女には選ばれない方がいいかもしれん」
「どうして?」
「ここで探している聖女とは、予言の書に記されている
「そうらしいな?」
「そして、サイラスは予言の書の中の凶星だと、星読みに既に断定されておる。預言の書の凶星とは、この世界を滅ぼす者の事じゃ。そして、予言の書の
私は頭が真っ白になった。え? ということは……。
「ちょ、ま、待ってよ。何? 今回聖女に選ばれる奴は、サイラスの敵になるって事?」
「残念ながらそうなるな」
「ちょ、ままま待って! そもそもなんでそんな物騒な話になるの? 凶星? 世界を滅ぼす? サイラスがそんな事するわけないだろ?」
「星読みがそう断定しておる以上、それは覆せん」
ルーファスが呻くように言う。
私は声を荒げた。
「その星読みの目は節穴だ! そんなの絶対間違いだよ!」
「三人の星読みの答えが一致している。だからサイラスはここを追い出された」
「え……」
「意見が真っ二つに分かれた。世界を滅ぼす凶星を早々に討伐しようとする者達と、それは早計だという穏健派とで、もめにもめた。わしと同じ五大魔道士の一人、オースティンがそれをいさめるため、サイラスにここを出ていくように告げ、それを聞き入れたサイラスが
私は唖然と突っ立ち、
「それがここを出ていった原因?」
「そうじゃ」
「予言の書のせい?」
「そうじゃ」
頭に血が上る。
「そんなの! 予言の書の方が間違ってるよ! そんなことあるもんか! 第一、そうだ! サイラスはな、神族なんだ! サイラスの正体は、戦女神ミネア様の弟、軍神マルティスなんだよ! どうだ? 驚いたか? これはな、天界で戦女神様から直接聞かされた話だから間違いないよ! 弟を泣かせたって、一人勝手に死にやがってって、私は戦女神様に散々小突かれたんだから!」
今度はルーファスが腰を抜かさんばかりに驚いた。
「神族? サイラスが?」
「そうだよ! ほら、預言の書が間違っているって、いい証拠になるだろ?」
「いや、しかし……サイラスが神族なら、何故あやつは神力が使えない?」
「魔術なら使っているじゃないか」
「あれは違う! 使っているのは魔力じゃよ! 力の質が全然違う! 神力は奇跡の力、神の力そのものじゃ! 過去、人の身に降りてきた神族は、皆そういった力を使った。奇跡の技をな! だから現人神、そう言われてきたんじゃ!」
「そこは私に言われても……」
「もっと何か聞いていないか? 何でもいい!」
「また会おうって言われた」
「また会う?」
「私が生まれる直前に、戦女神様にまた会おうって、そう言われたんだ。どういう意味なんだろうな?」
「また会おう……死後にもう一度? いや、もしかして、ここ地上で?」
ぶつぶつとそんなことを口にする。
私ははーっと息を吐き出した。
「まぁ、とにかく、今のところは聖女に選ばれない方がいいのか……何か物騒だもんな。他に良い方法ないか? サイラスがここを出ていかなくて良い方法」
ルーファスの目が私に向き、
「……選ばれるかもしれんな」
「え?」
「聖女に。おぬし神界から生まれ落ちたんじゃろう? 生まれる直前に戦女神に会ったのなら、そういうことになる。なら、神界の光をその身に帯びておろうな? 聖女とは神界の光を身に帯びた人間の事を指す。すなわち神の御使い、神徒じゃよ。おぬしは戦女神に選ばれ、彼女の神徒として地上に送り出されたんじゃ」
私はぽかんとなり、
「はあぁ?」
阿呆のように間の抜けた声を上げた。
「え? ちょ、待って! 私がミネア様に選ばれた? いや、めっちゃ嫌われてましたけど、私! 散々虐められました! ないないない! あり得ない!」
ルーファスはじっと私を眺め、
「ま、いずれわかるじゃろう」
そんなことを言った。
「いや、だから! 選ばれたくないんですけど!」
殆ど悲鳴だ。やめてくれ!
「わしはおぬしが選ばれて欲しいと思う」
「どうして!」
「他の奴にサイラスを任せたくないのでな」
あ……。はたと思い当たる。そうか、自分が拒否っても他の奴がサイラスを成敗……それも何か嫌だけど、ええええ! 何だよ、この究極の選択! 他の奴に殺されるくらいなら自分で……ってなるかあ! 絶対嫌だ! じたんだを踏む。
「預言の書の解釈がおかしい! もう一回調べてくれよ、なあ?」
ルーファスの肩を掴んで懇願すれば、頷いてくれ、ちょっとだけ気が楽になる。ほっとした途端、何だか気が緩んで、
「あー……サイラスに会いたい」
そんな事を口走ってしまう。
ほんっと会いたい。サイラス成分足りない。踏んだり蹴ったりで散々だ。あー、なんでこんなことに……。何にもいらない。サイラスが欲しいよう。
「サイラスに笑って欲しい。名前呼んで欲しい。前みたいにぎゅってして、撫で撫でして欲しい。そうすれば少しは元気になるのに……」
本当、心が折れそうだ。とほほ……。
「会いに行けばいい。わしが許可してやる」
「サイラスに来るなって言われた」
ぽつんとそう言うと、振られた痛みがどっと押し寄せてきて、
「……はい?」
「もう愛してないからって、迷惑だってはっきり……うえええええええ! 何であんなに意地悪になったんだ? サイラスが別人みたいに冷たああああい! 目がプリザード! あんなのに抱きついても、氷を抱っこしているみたいだ、うええええええ!」
我慢できずに泣きに泣いた。涙があふれて止まらない。
「いや、ちょ、待て待て待て、泣くでない! ほれほれ、鼻をかんで……」
差し出されたハンカチでびーっと鼻をかむ。
「しかし……愛してない?」
ルーファスの台詞に、こくんと頷く。
「私が死んでから五十年も経ってるし……無理もないけど、やっぱりショックだ」
「ふむ……」
ルーファスがあごひげを撫で、
「なら、友達からというのはどうかのう?」
「え?」
「あやつに特定の女がいるわけでもなし、何を遠慮する必要がある。ほらほら、押しかければ良い。友達からでいいではないか、なあ?」
「でも、来るなって……」
「わしが許可する。嫌とは言わせん。あやつに嫌という言葉を言わせぬのが、このわしじゃからな! スッポンの如く食らいつけば良い! 絶対あやつが根負けする!」
「根負け……」
そう言えば、ルーファスはいっつもそんな感じだったな。食らいついて食らいついて食らいつくから、最後にはサイラスも根負けして何も言わなくなる。そんな真似をしてきたのはルーファスくらいだったけれど。変わってないのかそこいらへん。
でも、サイラスの目がプリザード。あれはへこむ。絶対心削られる。
「あるいは周りの者達から仲良くなるとかな」
ルーファスがそんな事を言い出して、
「
「ああ、確かに……」
やっぱりそこからが無難かな、そんな風に考えた。
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