第25話 天の軍団
「お前、本当にミネア様か!」
気が付けば、私は戦女神ミネアと名乗った女の胸ぐらを掴んでいて、
「なんじゃ、お前は……」
女の怪訝そうな顔とばっちり目が合った。
はあ? 私が分からない? ますます怪しい! ミネア様なら、絶対、ここで会ったが百年目! って言って私を蹴り飛ばしてる!
「ミネア様なら私を知らないわけないだろ? お前、誰だよ?」
「この、無礼者め!」
殺気を感じ、咄嗟に防御していた。女から振り下ろされた剣を、手にしたナイフで受け流す。いきなり攻撃?
「お待ちください! その者は聖女候補です! どうか早まった真似は……」
五大魔道士長のオースティンがそう叫び、割って入ろうとするも、
「聖女候補?」
オースティンの叫びで、さらに女の殺気が膨れ上がった。
ぎらりと女の目が光り、再び剣が振り下ろされる。容赦のない一撃だ。手にしたナイフが弾かれ、まずい! 剣の軌道をよけられないと悟る。
あ、やられるな、私……。
自分の死が見えてしまった。スローモーションの動きで剣が肉薄する。ゆっくりとした感じに見えるが、だからこそ、よけきれないと分かる。
自分の体に剣が食い込み、血しぶきを上げる幻影が見えるも、
「ぎいやあああああああああ!」
悲鳴を上げたのは何と、剣を振り下ろした女の方で、腕がない。どうやら、剣を持った腕ごと切り落とされたらしい。目にした真っ赤な血は……返り血だ。
「サイラス!」
誰かの叫びではっとなる。
視線を横手にずらせば、そこに立っていたのは確かに白いローブ姿のサイラスで、手にした剣からは血がしたたり落ちていた。サイラスが女の腕を切り落としたのだと分かる。
助けて、くれた?
じっとサイラスの横顔を見つめてしまう。
でも、この状況……ひたすらまずい、そう思う。
周囲には殺気立った魔道士達がいる。間髪入れずエレミアが放った紅蓮の炎が、見えない壁にぶち当たるようにして消失した。多分、サイラスが防御したのだろう。
「殺せ、殺せ、こいつを殺せ!」
腕を切り落とされた女が狂ったように叫ぶ。目が血走り、空恐ろしい形相だ。やっぱりこいつ、ミネア様じゃない。ミネア様ならサイラスを目にすれば、絶対こうだ。
――アイ・ラブ・ユー!
思い出しただけで顔が引きつる。これ以外あり得ない。超ブラコンだもんな。だから怖いんだよ! 気配を感じただけで拒絶反応が出る! 折檻されまくった記憶がフラッシュバックして、ぞぞぞってなるんだ!
「サイラス! お前、何て真似を!」
そう言い放ったのはビビアン・ローズだ。
ビビアンは猫のような琥珀色の瞳をきりりとつり上げ、
「やっぱりお前は凶星だよ! 災厄の元だ! 早めに始末しておくべきだった!」
そう怒鳴った。前へ出ようとするビビアンをルーファスが止める。
「ま、待て待て! 早まってはいかん! そもそもそこなおなごが、聖女候補であるエラを斬り殺そうとしたのが問題じゃろうが!」
「ああ?
「いいや! わしはこの両の眼でしっかと見たぞ! エラに向かって剣を振り下ろすのを!」
「ルーファス! お前の目は節穴だらけだよ! ぜんっぜん信用できない!」
「なら、オースティンに聞いてみぃ! 絶対わしと同じ意見じゃ!」
「オースティン?」
二人同時に目を向けると、
「……確かに聖女候補を殺そうとした」
オースティン・リーフがそう答える。勝ち誇ったようにルーファスが言った。
「ほれほれ!」
「そこな女は邪悪じゃ!」
「地獄の王と契約を交わした闇の使途じゃぞ! 殺せ、殺せ、殺せ!」
うわあ! 酷い言いがかりだ! 私は目を剥いた。闇の使徒って、地獄の王に魂を売り渡した契約者じゃん! 地獄の王の手先じゃんか! 流石にそこまで落ちてない! しかもお前、形相が既に
「見よ!
そう宣言したのは、例の豪奢な赤い法衣を身にまとった大司教だ。朗々と声を張り上げる。
「今こそ凶星を滅ぼす時! 加勢しろ、魔道士達よ! 今こそ立ち上がれ! 世界に仇をなす元凶を取り除くのだ!」
芝居がかった口調で、赤い法衣の大司教がそう言い放つ。魔道士達の放った魔術が発動し、サイラスに肉薄するも、その悉くが消失した。
「やめよ! 落ち着け!」
ルーファスがサイラスに加勢し、エレミアは当然のように向こう側についている。オースティンは動かない。ビビアンもサイラスを攻撃。リアンは中立か?
魔術で動く鎧戦士までもが登場し、ぐるりと取り囲まれてしまう。本気でサイラスを始末する気らしい。
「やめよ! 引け!」
朗々と響いたオースティンの声で、魔道士達の動きが止まる。
「オースティン様! どうしてですか! 絶好の機会ではありませんか!」
「そうですとも! 凶星を滅ぼせば、世界は救われます!」
「なにとぞご決断を!」
周囲を取り囲んでいる魔道士達の目が血走っている。
けれど、オースティンの厳めしい表情が崩れることはなく、
「ならぬ!」
オースティンが再度叫ぶ。
大司教が苛立たしげに言った。
「何を迷うことがある!
「わしはそこなおなごを
オースティンがそう言い放てば、大司教が憤怒の形相で詰め寄った。
「何だと?
オースティンの厳めしい顔が、さらに厳しくなった。
「……確かに神気らしきものを感じる。だが、気配が妙だ。微かな冷気……違和感が拭えぬ。しかもこのあおり方……どうにも解せぬわ!」
怒りも露わにオースティンが叫んだ。
その迫力に大司教も気圧されように後ずさる。
おお、何か頼もしいぞ、オースティン! 流石五大魔道士長だ! 伊達に歳食ってないな!
「なら、これを見るが良い!」
すっくと立ったのは自称
残った左手で大地を指し示すと、そこから鎧武具に身を包んだ光り輝く兵士達が大量に湧き出て、剣を引き抜き、サイラスに敵対するように身構えた。
見た目は神々しい天の軍団に見える。
けど……何だ、これ? 寒い。ひやあっとした冷気が漂ってくる。
これ、天の軍団? 何か違う! 光ってるけど! 見た目神々しいけど! 天界にいた時の空気と違い過ぎる! あそこは温かかった! ミネア様も散々折檻されて空恐ろしいかったけど、ひんやりはしなかった!
自称
「これでも疑うか! 愚鈍な魔道士どもよ! 天の軍団が我に加勢しておるわ! さあ、殺せ! 世界に仇をなす凶星を滅ぼすのだ!」
自称
炎に焼かれて、骸骨になっても進んでくるよ!
骸骨になった天の軍団が肉薄し、剣を振りかざすも、大地から生えたサイラスの魔術の槍がぶっささり、進路を阻む。あ、やっぱり不死身だ。体を貫かれているのに、ケタケタ笑ってるし、不気味すぎる! 何だよ、これ! 天の軍団っていうより、地獄の使者じゃんか! 絶対偽物!
と、黒い疾風が視界の隅をよぎったかと思うと、眼前に迫っていた骸骨兵士二体が鎧ごとぶった切られた。どちらも見事に真っ二つだ。うっわ、すっご。
え? あ、ゼノス?
間違いないゼノスだ。片刃の漆黒の剣を手に、サイラスに押し迫る骸骨兵士を次々屠っている。どうやら加勢に来てくれたらしい。
しかし、こいつの剣技、凄まじいな。思わず見入ってしまう。敵が次々鎧ごとぶった切られていく。手にした剣の動きが全く見えないから、まさに黒い疾風だ。
横手の丸い風車はロイか……。
両刃の大剣をぶん回し、敵をなぎ払っているのは、多分、ユリウス・クラウザーだろう。墓場でちらりと目にした記憶がある。
やっぱりこいつら強い。流石、
でも、骸骨兵士は本当にしつっこいな。胴体泣き別れしていていも、這いながらこっちへにじり寄ってくるし、下半身はもがいてる……。
とりあえず手近な石でとどめを刺しておこう。地味に嫌な作業だな、これ。
「サイラス様! 何なんですか、これは?」
ゼノスが敵兵をたたき切り、そう叫ぶ。
「……敵だと認識されたようだ」
サイラスがそう答える。
「魔道士どもにですか?」
飛んできた火矢もまた、ゼノスの漆黒の剣が弾く。おおう! もしかして、ゼノスが手にしているあれ、魔剣か? 普通、こんな真似は出来ないぞ。
「そこの自称
「自称
ゼノスは視線をずらし、
「……見覚えのない女だな」
そう言って眉をひそめる。
そりゃそうだろう。あれは聖女候補じゃないもんな。大司教の推薦でやってきて、いきなり我は
自称
「そら、見るが良い! 未来の
血の従属?
自称
完全な混戦状態だった。
凶星を滅ぼせと自称
その間も、天の軍団とやらは、攻撃の手を緩めない。サイラスの魔術で切り刻まれても、行軍が続々大地から湧いてくる。虫か!
「ルーファス! いい加減サイラスをかばうのはよせ!」
エレミアの憤怒の叫びに、ルーファスが叫び返す。
「そっちこそ目をさまさんか!
そうだ、そうだ!
「我は
自称
「お前は偽物だ! ミネア様じゃない!」
私は自称
「この闇の使徒めが! 我は本物ぞ!」
目をきりりとつり上げ、自称
「違う、ミネア様じゃない! お前がミネア様であるもんか! ミネア様ならな! 彼女ならサイラスを前にしたら、絶対こう言ってるんだ!」
すっくと立って胸を張り、声を張り上げる。
「マルティス、アイラブユーってなああああ!」
絶対こうだぁ! 大音量で叫んだ途端、稲妻がふってきた。何の前触れもなく私の頭上に、ズドンって……はいぃ? 私の体が輝いて、あれよあれよという間に変化する。色気のあるむっちむちのナイスバディに……えええ?
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