第26話 戦女神降臨
目にした手足は、ほっそりしなやかで、細すぎる私の手足とは全く違う。そう、しなやかで美しい女性の手足だ。髪、髪も違う。風に靡く長い白銀の髪……誰、これ?
全員! その場にいる全員の視線が私に集まってる!
どうなってる、私の体?
みんな目ん玉かっぴらいてますけどぉお?
『ふははははははは! 降臨! してやったぞ、人間どもおおおおお!』
私の口から聞き覚えのある声がほとばしる。ぬえええええ! ミネア様! これ絶対ミネア様の声だ! 何で私の口から?
『こ、ろ、す! マルティスを虐めた奴ら全員なあああああ!』
私の、いや、多分、ミネア様の迫力に押され、サイラスに敵対していた魔道士と天の軍団がざあっと身を引いた。すごっ! 空間がかなり空いたぞ!
「ミネア様、おちついてええええ!」
私がそう言うと、
『これが落ち着いていられるか! 一番の元凶! 折檻だ、折檻! よくもこのミネア様を殴って追い返してくれたな! 憑依できずに神界に逆戻りだわ、このくそたわけ!』
「えええええええ! あれ、やっぱり気のせいじゃなかった?」
『気のせいなわけなかろう! せっかく我が器として選んでやったというのに、逆らいおって!』
「はいい? 器?」
『そうだ、器だ、器! 生まれることが出来ないから、このミネア様の力を宿すことの出来る人間としてお前を選んでやったんだ! ありがたく思え!』
「超迷惑!」
『何か言ったか? 人間!』
「何にも言ってません! あと穏便に!」
『よし! 穏便に一掃してやる!』
「穏便じゃありませんよ、それええええ!」
自分の体なのに動かせない! いや、ミネア様が動かして、敵をばっさばっさ! 光り輝く剣の一振りで、あの不気味な天の軍団とやらが、まとめてざあっと塵となって消えていく。うわあ! 凄い! 不死身の軍団がなすすべなしだ! 流石戦女神様!
『ふははははははは! ゴミは全部処分してやる!』
でも台詞が神様じゃない!
「それ、悪役の台詞!」
『いちいちうっさいわ!』
蹴り出される感じがあって、あ、なんかちっさくなった。体の中心部分で丸まっている感じ。赤ちゃんみたいな? えー……うん、完全に体を乗っ取られた。ミネア様ああああ! 穏便にぃいいいいい! 口に出せないから心の中で叫ぶ。ここの魔道士までやっつけちゃったら、サイラスがここに居づらくなるからあああああ!
『アラクネ! よくも我が名を騙ったな! 小物の分際で、この身の程知らずめ! 覚悟しろ!』
びしいっとミネア様に指を突きつけられたのは、例の自称
「お、お許しを! ミネア様! 我が主の命で仕方なく!」
アラクネとやらは、首をふるふる横に振り、涙目だ。
腰が完全に引けている。知り合い?
『知るかああ! マルティスの魂を散々つけ狙いやがって! ゆるさあああああん!』
あ、自称
背にあった六枚の翼が六本の足に変化し、顔だけ女性の大蜘蛛に変化する。
「お許しをおおおおおお!」
とか言いながら、自称
自称
やっぱり凄い。
ミネア様最強!
天の軍団が完全に駆逐されると、
『魔道士ども! 我に逆らう愚か者は前へ出ろ! 成敗してくれる!』
光り輝く剣をざっくり地面に突き刺し、ミネア様がそう言い放った。
いや、だから穏便に!
そういや、赤い法衣のくそ偉そうな大司教どこ行った? 逃げたか? 見える範囲で探し回ってもやっぱりいない。あの蜘蛛と一緒に逃げたのかも。大司教、もしかしたらあれの正体も蜘蛛なのか? そんなん聖職者にするなよ!
魔道士達の中からオースティンが進み出て、
「……戦女神様でしょうか?」
重々しい口調でそう問い質した。
ミネア様がふんっと鼻を鳴らす。
『我を見て分からぬか、このくそたわけ! 我こそが本物の戦女神ミネアだ! あんな小物と間違えるなど言語道断! とっとと跪け!』
オースティンが跪けば、他の魔道士達もそれに倣う。
うわあ、壮観。暁の塔の魔道士達全部が跪いている。
ミネア様が光り輝く剣を振り上げ、宣言した。
『いいかあ! 耳をかっぽじってようく聞け! サイラスは我が弟、軍神マルティスだ! 今後彼に一切手出しはならぬ! いいな! 彼に仇成す者は天罰が下ると心得よ! 戦女神ミネアの言の葉なるぞ! 忘れるな! 肝に銘じよ!』
おおお! 言った! 言い切った! 格好いいぞ、戦女神様! ここだけ最高!
大勢の魔道士達が跪く中、くるりとミネア様がサイラスに向き直り……ん? くねっとしなをつくった?
『マルティスぅ、愛しのお姉様ですよ、ほらほら、姉上って呼んでごらん?』
耳にしたのはミネア様の超猫なで声! ハートマークが飛び散りそうな勢いである。やっぱりこんな感じなんだ。
でも、サイラスは怪訝そうに眉をひそめ、
「……人違いだ」
そう言い切った。
『このあたしが我が愛しい弟を間違うものか。ほらほら、マルティス、愛の抱擁は?』
私の体を使ったミネア様が抱きつこうとするも、さっとよけられる。
「……誰だかは知らないが、勘違いも甚だしい。お前など知らない」
『うん、まぁ……浄化が終わるまで思い出せないって聞いてるけどぉ……そこはそれ。ほら、あたしを見るとぉ、どことなく愛しさが込み上げてくるだろ?』
「全然」
『ちょっとくらい』
「くどい」
『愛の抱擁』
「いい加減にしろ!」
あ、怒鳴られた。というか、何だろう? かなり苛ついている?
肩を掴まれ揺さぶられた。感触はちゃんとあるな。動かせないけど。
「いいか、よく聞け! その体はアイダの、エラものだ! さっさと返せ! 彼女をどうした? どこへやった? いい加減離れろ!」
『いや、でも、ほら、あたしは戦女神様だし? 人間助ける気はまったくないけど、お前は助けるぞ? 絶対役に立つ。大体、他の器候補は、全員脱落したしな。こいつしか残らなかったんだ』
「脱落?」
『そう、全然駄目。天女って根性なしが多いのな。ふぬけだふぬけ。生まれ変わるための試練の谷に放り込んでも、半分も行かずに脱落する。戦女神様ー、お許しをーってなっさけない。なのにこいつは根性だけはあった。試練の谷の難易度、三倍増しにしてやったのにへこたれなかった、見事通り抜けたぞ!』
なにぃ! 三倍増し! そんなことやってたのか! しかも、突き落とされたり、上から岩を転がされたりしたぞ! おおおおおい!
『だから、授けてやったんだ! 我と合体できる究極の言霊を!』
究極の言霊? そんなんもらったっけ?
『マルティス! 愛してる! ふははははははは! これで見事合体だぁ!』
あ、なる……今後口にするのはやめよう。
『こいつだけだ! お前に対する我が愛と合体できるのは! 他の奴は全員無理だったからなぁ! このミネア様の愛と同じ重さはこいつだけ!』
え? 同じ? ちょ、それ、嫌なんだけど……。ミネア様の愛って粘着質じゃん。超重いじゃん。あれと一緒? そら嫌がられるわ。サイラスとやり直しは無理かぁ……泣けてきた。帰ろうかな。天界……無理かな?
「……私はマルティスではない」
サイラスが再度苛立たしげに言う。
『マルティスだよう』
「違う! いいから、いい加減エラから離れろ、この悪霊!」
『ぴ?』
「悪霊退散! さっさと出ていけ! 予言の書の
サイラスの憤怒の念が凄まじい。
空気がビリビリいってる。
で、何だろう? サイラスの罵倒が響くたびに、ミネア様が小さく小さくなって……あ、しゅぽって音が聞こえそうな感じで、えー……消えた気がする。拗ねた? いじけた? いや、あれは……自分の存在理由を消されるくらいの大ダメージ喰らった気が……。
ふっと見上げればサイラスの顔があって、
「無事か?」
そう言われて頷くと、サイラスはほっとしたように大きく息を吐き出し、そのまま抱きしめられた。一瞬思考が停止した。リンゴーンって頭の中で幸福の鐘が鳴る。え、これ、夢? 夢じゃないよね? だって温かいもん。ぎゅうって抱きしめられる感触あるもん! サイラスだぁ! 以前のサイラスがいるぅ!
尻尾があったら絶対、超高速で振ってたな、私。
「あー、つまりはエラが聖女、で間違いないということか?」
ルーファスが遠慮がちにそう声をかけてきた。
私はそこではたと気が付く。
あ、そうだ。私の中でミネア様が顕現したということは、私が聖女……って、ええええええ! ちょ、待って! サイラスの敵は嫌なんだけど! ミネア様! 予言の書の意味教えて! って……肝心な時にいないしぃ! もう一回あれ、言えば……。でも、何か、あれ? 体がだるい……あー、憑依って、神憑りって……もしかして超疲れる?
ふうっとそのまま意識を失って、何やら最後にサイラスの叫びを聞いた気がした。
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