第27話 幻想の中の現実

 目を覚ますと真夜中で、えー……医務室かな? 薬の匂いがする。

 窓から細々とした星明かりが漏れていて、清潔なシーツの感触を感じつつ、横手を見るとやっぱりサイラスがいる。白いローブ姿だから発光しているようにも見える。

 夢かな? 夢なら甘えよう。彼にすがりつけば、髪を優しく撫でられ、口元が緩んでしまう。やっぱり夢だ。

「どうしてお前が聖女なのか……」

 ため息交じりにサイラスがそう言った。

「知らない。ミネア様に聞いて」

「平穏な人生を送って欲しかった」

「お前がいないんじゃ意味ないけどな」

 そう言うと、サイラスは口を閉ざし、大きな手で私の髪をすいた。

「十六年の人生の中で好きな男はいなかったのか?」

「お前をずっと追いかけてた」

「これから探せ」

「いらない。お前がいい」

「また死ぬぞ?」

「それでもいいよ。幸せだ」

「私が嫌なんだ」

 そこではっとなった。ん? 顔を上げ、サイラスの顔を触ってみる。柔らかな感触があって、青い瞳が自分を見下ろしている。晴れ渡った紺碧の空のような色の。あ、現実? 横手にはルーファスがいて、すぴょすぴょ幸せそうな寝息を立てていた。

「前にもこうやって来てくれたか?」

 そう問うも返事がない。

 でも、多分そうなんだろう。あれ、夢じゃなかったのか……。

 星明かりに照らし出された端正なサイラスの顔を見つめ、そっと彼の髪を手ですいた。日の光を凝縮したような長い金の髪は、キラキラと輝いて美しい。懐かしいその感触に目を細めてしまう。

「お前がいい」

 再度そう言うと、サイラスの顔がふっと曇った気がした。何だか辛そうで……何でこんな顔をするんだ? 再びサイラスの頬に触れる。慈しむようにその頬を撫で、以前の彼の面影を探すように視線を動かすと、彼はため息を漏らし、立ち上がった。

「胸のちっさい女は嫌か?」

 立ち去りかけたサイラスの背に向かってそう問えば、

「……何を考えている」

 抑揚のない声。感情を殺しているのだと分かる。

「いや、だから……」

「お前は美しい。前に言った通りだ。だから別の男を選べ」

「お前がいい」

 再度そう言ったけれど、サイラスは何も言わず、その場から立ち去った。やっぱり拒絶されていると感じる。どうして受け入れてもらえないんだろう?

 嫌われている、というわけでもなさそうで……。ずっと付き添ってくれたんだよな? 助けてくれた。なのに何でだろう?

 ルーファスのひげを引っ張れば、彼が目を覚ます。

「ひたた、何をする」

「なぁ、ルーファス。サイラスは本当に他に好きな女はいないのか?」

 ひげを撫でさするルーファスにそう問えば、

「好きなおなごなら、おぬしじゃろう」

 そう言われてしまう。本当かな?

「……告白したけど駄目だった」

「うん?」

「サイラスに他の男を捜せって言われた。何でだ?」

「さあのう? わしにもこればっかりは……」

 分からない、か。私にも分からない。

 聖女候補達が目を覚ましたのは翌々日だった。ルーファスが聖なる精霊を宥めるのに時間がかかったせいらしい。私のせいか?

「あなたが聖女だなんて信じられない。一体どんな手を使ったのよ?」

 聖女候補だったシンシアにそう言われてしまう。

 私の変身を見ていない聖女候補だった彼女達は、どうも今の結果に納得がいかないらしく、どいつもこいつも眼差しが険しい。インチキだと言わんばかりである。

 でも、あの時の現象は魔道士達全員に目撃されていて、私を目にする魔道士達はみんな恭しく頭を下げる。完全に救世主メシア様だと認知されてしまっていた。

 その様子も不満らしく、

「……良いご身分ね」

 シンシアはそう吐き捨て、立ち去った。

「まあまあまあ、よくお似合いですよ」

 侍女のアンナが、感激しきりといった風体でそう言った。

 聖女候補から聖女に格上げされると、待遇が破格になった。身につける衣服一つとっても贅沢な品だと分かる。シンプルだけど、使われている布地がどう見ても高級品。他の魔道士達のように質素な服でいいのに、そう言うと、

「そういうわけにもいきません。あなた様は聖女様なのですから」

 特別なのです、そう言い切られてしまう。はいはい、分かりましたよ。

 で、そのままゼノスの部屋に行けば、驚かれてしまう。

「魔道士に……」

「睨まれないよ。もう聖女だからな。文句なんか言わせない」

 ゼノスの言葉を先回りしてやると、吹き出された。

「相変わらずだな」

「お前達がいないと寂しいんだ」

 そう、寂しい。寂しくてたまらない。ひとりぼっちは嫌だ。私が本音を漏らすと、

「寂しい?」

 そう聞き返されてしまう。

「そう。一緒にいたい。嫌か?」

「そんなことはねーけど……」

 すいっと部屋の中に入ると、

「何かあったか?」

 ゼノスにそんな風に聞かれてしまう。

「何にも。単にふられただけ」

「ああ、以前好きだって言ってた奴か?」

 こくんと頷けば、

「ま、そうしょげるな。そういう時もある」

「お前、好きな女にふられた経験は?」

「あるよ。化け物って言われて逃げられた」

「随分と豪快なふられかただな?」

「だろ? だから気にするな。もっと良い奴があらわれる」

「あいつより良い男なんかいない」

 泣きそうになると、ぐしゃぐしゃとゼノスに頭を撫でられた。子供じゃないけど……ああ、でも、こいつも見た目通りの年齢じゃなけりゃ、子供に見えるか……。

「酒、飲みたいな」

 私がそう言うと、

「ほどほどにしろ?」

 そう注意されてしまう。

「抱き枕」

 そう言って揶揄えば、

「だからそれは忘れろ」

 苦虫を噛みつぶしたような顔をされてしまう。


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