第28話 血の従属

「ロイと、そーいや、ユリウス・クラウザーって奴も酒飲むか?」

 私がそう言うと、ゼノスが首を横に振る。

「ああ、あれは、多分誘ってもこない」

「なんで?」

「サイラス様にべったりだから。大抵護衛をしてる」

「サイラスに護衛? いるかな?」

 あいつはもの凄く強いぞ? そう言うと、ゼノスが苦笑した。

「まぁ、俺もいらないとは思うけど、離れないんだ。忠誠心の塊なんだよ」

「ふうん?」

 あ、そうだ。

「なぁ、血の従属ってお前、何のことか知ってるか?」

 私がそう言うと、

「……知ってる」

 ゼノスがそう答える。

「どういうもの?」

 気になって仕方がない。あの自称救世主メシアが血の従属とやらを使って、サイラスが世界を乗っ取るみたいなことを口にしていた。一体何のことだ?

魔人シヤイタンは自分より力の強い者に従属する性質がある。だから、俺達合成種ダークハーフも戦って勝つと、そいつを支配することが出来る。絶対服従させられる。けど、普通は相手を殺しちまうから無理だな。合成種ダークハーフ同士の争いは必ず正気を失うから、相手が服従しても意味がない。正気に返るのはどちらか一方が死んだ後だから」

「じゃあ、お前達がサイラスに従属している、なんてことはないんだな?」

 ――血の従属で合成種ダークハーフどもを従えておるわ!

 だったら、あのアラクネとかいう魔物は何であんなことを言ったんだ? そう思うも、

「従属してる」

 ゼノスの返答に仰天した。

「え?」

「俺達全員、いや、ヨアヒムを除いた全員が、サイラス様に従属しているよ」

「だって、今……」

合成種ダークハーフ同士の争いは、自分の意志では止められない。けど、止める奴がいればいい。そうだろ? 生み出された当初、この暁の塔で暮らしていた合成種ダークハーフは、そうやって魔道士達に管理されていたんだ」

「管理……」

「そうだ。勝手な振る舞いが出来ないよう、リーダーとなる合成種ダークハーフを選出し、戦わせて、そいつに従属したと同時に魔術で争いを止める。リーダーとなった合成種ダークハーフには絶対服従だから、どうなるか分かるか? 奴隷扱いだ。魔道士どものな。それで何代目かのリーダーが改善を求めて反乱を起こし、ここ暁の塔と分裂した。それが俺の祖先だよ。だから俺は合成種ダークハーフの歴史に詳しいんだ。サイラス様にも驚かれた」

「じゃ、じゃあ、お前はサイラスに支配されている?」

「そうだ。でも、自由だ」

 私が首を傾げると、

「サイラス様は俺達を縛らない。元々相争わないための苦肉の策だったんだ」

「相争わない為?」

「ネイサン・ビル、フェイ・アート、レイ・クラウド……彼らの身に起こった悲劇を繰り返さないためのな。サイラス様に従属した合成種ダークハーフ達は、仲間同士争ってはならないという命令を受ける。受ける命令はそれだけだ。それ以外は自由だよ。サイラス様の支配は寛容なんだ」

「それって……」

「そうだ。同士討ちを避けられる。俺達が相争って死ぬことはない。もしかしたら、そう、こうやってサイラス様の元にいれば、俺達合成種ダークハーフも長生きできるかもな?」

 何だか涙が出そうになる。嬉しくて……。

「は、はは。そっか、死なないんだ。いいな、それ……」

 私が笑うと、

「……本当、お前は変わっている」

 ゼノスにそう言われてしまう。

 彼の手が私の頬に伸び、一粒こぼれ落ちた涙を指先で拭ってくれた。その指が掠めるように唇にも触れて、どきりとなる。その手つきがやけに柔らかくて、自分を見下ろす灰色の瞳がいつになく優しくて……。

「普通は死んで欲しい、そう思うもんだよ」

 口調まで優しい。こんな奴だったっけ?

「私は思わない」

 眉間に皺が寄ってしまう。私はあいつらに生きていて欲しかった。

「だから、変わってるんだ」

 ゼノスの手が私の頬を包み込む。私はじっとゼノスの灰色の瞳を見返してしまった。彼の物言いたげな瞳が、どうしても気になってしまって……。

 でも、ふいっとゼノスの視線は逸らされてしまう。なんだったんだろう?

 離れていくゼノスの背を見やり、私はふと思いついた事を口した。

「あ、そういや、サイラスの狂気の暴走を止めた魔道士って誰だ?」

「自分自身」

 ゼノスがソファに座ったので、私もその隣に腰を下ろす。

「サイラスが自分で?」

「そう、そういった魔術を使うんだ」

 ふうん? ま、あいつを止められる魔道士なんかいそうにないから、そういう事になるのか。しかし、そうか……血の従属。でも、それで魔人シヤイタンの王? 魔人シヤイタン全部と戦うって事か? 気が遠くなる作業だな。今一つ現実的じゃない。

「サイラスが魔人シヤイタンの王になる方法なんてあるのかな?」

 別に答えを期待していたわけじゃないけれど、

「ある」

 なんて答えが返ってきて仰天した。

「どうやって!」

魔人シヤイタンの王を倒せばいい。多分、魔人シヤイタン達は魔人シヤイタンの王に従属している。俺達の性質を鑑みればそう推測できる。そうやって同士討ちを避けているんじゃないのか? だとしたら王を倒せば、その配下にいる魔人シヤイタン達をすべて従属させられる。絶対服従させられる。どうだ? 魔人シヤイタンの王になれるぞ? サイラス様自身が魔人シヤイタンの王を倒せばな」

 私が絶句していると、

「なんてのは夢物語だけどな」

 ゼノスに笑われてしまった。え?

「だってよ、魔人シヤイタンの王の所までどうやって行くんだ? 行き着けるわけがない。その前に魔人シヤイタンの軍勢に阻まれて終わりだよ。魔道士どもの言うことはむちゃくちゃなんだよ。可能性があるってだけで、実行不可能だ。サイラス様が魔人シヤイタンの王になって世界を滅ぼすって、一体どうやるんだよ? はっ、馬鹿馬鹿しい」

 あ、そうか、そういや、そうだよな。

 私はほっと胸をなで下ろす。

 戦争をやったって、勝てないなんて言っている相手の大将のところへどうやって辿り着くんだか……。無理だ。確かに実行不可能だろう。何だ、心配しなくて良かったのか。

 あ、でも……。

「もし、サイラスが魔人シヤイタンの王になったら、逆に平和になるんじゃないか? 人間と争わないようにって命令すればいいだけだもんな?」

「ん? ああ、そうかもな」

 ゼノスはそう答えて笑い、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。この時の私は単純にそう考えたけれど、世の中、そううまくはいかないもので。

 この時の私は思いもしなかった。

 もし万が一にも、サイラスが魔人シヤイタンの王になれば、本当に世界が終わってしまうなんてことは。サイラスを魔人シヤイタンの王にさせてはならない、そのための戦女神の顕現だったのだと、ずっと後になって知ることになる。


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