第24話 真の聖女
「洞窟の外で待たせています。どうか一度お目通りを願えませんか?」
大司教が厳つい顔に満面の笑みを浮かべてみせた。
そんなのがいるんなら、最初っから出せ! こっちは冷や汗ものだったぞ!
けれど、それに異論を唱えたのが、五大魔道士長のオースティンだ。
「……せっかくですが、大司教殿。それは何かの間違いでしょう。預言が示す聖女は必ずこの中にいます。星読みがそう断定しております故」
その星読みもな。サイラスを凶星とかぬかしてるあたり、節穴っぽい。
大司教が食い下がった。
「ここは是非とも、五大魔道士長のリーフ殿に見ていただきたいのです。何、聖女候補達を追い返せというわけではありません。単純にリーフ殿の目で是々非々を確認していただきたく……」
大司教が恭しく頭を下げる。
オースティンはルーファスに視線を向け、
「儀式の続きをやるように」
そう告げた。え? ルーファス? エレミアの方がいくない? 性格悪いけど、エレミアの方が真面目だ。逆にルーファスは実力があっても、ふざけまくるから、もの凄く心配。
「うーん……わし、ですか……」
「五大魔道士の中で聖なる精霊の声が聞こえるのはおぬしだけだからな。頼んだぞ」
へ? ルーファス、そうなん?
「今はなんと言っている?」
オースティンが問うと、ルーファスが複雑な顔をして、
「えー……そのまま言っても?」
「ああ、構わん」
「ミネア様ーが、殴られたー、あーらら、こーらら、いーけなんだ、いけないんだ! ユーピニーに言ってやろうー、とか何とか騒いでますね……。ちょっと呼び戻すのに時間がかかりそうですな」
ひいぃ!
オースティンの眉間に皺が寄る。
「……毎度毎度、お前のおふざけには付き合っとれんな。そんな態度だから、五大魔道士長の椅子を逃すんだ。もっと普通に出来んのか?」
「いや、今回はそのまんま……」
「ああ、もう、よい。儀式の続きを頼んだぞ」
「分かりました」
ルーファスがそう答え、オースティンはエレミアを連れて洞窟の外へと向かい、その後にあの鼻のもげる体臭の大司教が続く。助かった……。清涼な空気に戻った。
で、その後どうなったかと言うと。
ルーファスの珍妙なダンスを散々見せられた。
これ、なんなん?
聖なる精霊を宥めるダンス、らしいけど、ルーファスがやると、何から何までふざけているようにしか見えない。いいのか、これ?
聖女候補達の方をちらりと見る。きっと呆れているんだろうな、そう思ったのに、全員顔が真っ青だ。あれ? 可笑しいなと思った次の瞬間、ばたばたばたっと聖女候補達が倒れ、ルーファスのダンスが止み、ビビアンとリアンの二人が駆け寄った。
「どうした!?」
「分かりません!」
小柄な老女のビビアンが聖女候補達に顔を寄せ、すんすんと臭いを嗅ぐ。
「……毒だよ。毒を盛られたんだ」
えぇ! ビビアンがすっくと立った。
「ふん、どこのどいつだか知らないが、やってくれるよ! 五大魔道士をこけにするとは良い度胸だ。ノーム! 出て来な! 解毒するんだ! 今すぐに!」
ビビアンの命令一つで、わらわらわらと地中から小人が湧きだし、ルーファスがやっていたようなダンスを踊り出す。あれ、ふざけていたわけじゃないのか……でも、こっちがやると可愛い。るんたったー、るんたったー……うん、可愛いけど、可愛いから緊迫感がないね。でも、聖女候補達の頬に赤みが差す。効果抜群だ。
「……目を覚まさんな?」
ルーファスが言い、ビビアンの眉間に皺が寄る。
「ノームが解毒出来ない毒成分があるんだよ。闇魔法がからんでるね。ルーファスお前が何とかしな」
「それが……聖なる精霊がへそを曲げて出てこんのじゃ。というか、えらく怯えてる。今は無理そうじゃよ」
「ち、仕方がない。全員医務室へ運びな。儀式は中止だ」
ビビアンの命令で、護衛についてきていた兵士がそれぞれ聖女候補達を抱え、洞窟を後にする。私を除いた全員が医務室へと連れて行かれた。
そこでふと、五大魔道士のビビアン・ローズが私をみやり、
「……なんであんただけ無事なんだ?」
怪訝そうに、そう言われてしまう。さあ? 私も首を捻るしかない。そもそもいつ毒を盛られたんだかな。食事に混ぜられた? でもそれだとやっぱり私だけが何故無事? という話になる。まぁ、私だったら……。
「殺意を持った人間に握手をされたら死にますね」
そう、殺したい相手に毒針を仕込む、なんて私も散々やった。
「あん?」
「あのくっさい……いえ、先程の大司教様が聖女達全員に握手をしていました。あの時に毒針を仕込めば、確実に殺せますね」
無防備に握手は良くない。そう思ったものの、大司教が相手じゃなぁ、危ないからよせ、とも言えない。ま、私だったらよく知らない人間の手なんか握ったりしないけどな。だもんだから吐いて戻ってきた際、にっこり笑って誤魔化した。
あの大司教は満面の笑みで手を出したけど、満面の笑みで完全無視。
しぬほどくっさい相手の手なんか握りたかないしな。
「大司教が? まさか……」
そう、私だって別にあれが犯人だと確信しているわけじゃない。聖女を害する理由がないもんな。単純に可能性を示唆しただけ。握手で殺せると。
リアンが割って入った。
「本当、あなたは規格外れもいいところね。汚らわしい
ふんっと見下すように鼻を鳴らし、リアンがねめつける。
その言葉そっくり返すぞリアン。ヨアヒムを手込めにしようとするは、あいつを罠にはめて牢に入れようとするは、ほんっとお里が知れる。
「大司教様がお連れになった聖女候補の是々非々はどうなったんでしょう?」
気になって仕方がない。私がそう問うと、
「ああ、そうだな。様子を見に行くよ。ついといで」
小柄な老女ビビアン・ローズの後に私も続く。
洞窟の外へ揃って出ると、明るい輝きが目についた。まほろばの森にあるこの洞窟の外はかなり開けていて、そこにたくさんの魔道士達が集っている。おそらく儀式が終わるのを待っていたのだろう。
そしてその中央には、光り輝く六枚の翼を持った女性が立っていて、
「我こそは戦女神ミネアなり!」
剣を振り上げ、丁度そう宣言するところだった。しかもこれまた、ボンキュッボンの美女である。剣を振りかざす姿がやたらと絵になったけれど……。
え? ミネア様?
一瞬顔がひきつるも……うん? なんか違う?
つい、まじまじと見入ってしまう。宣言した女性は確かに綺麗なんだけど、ミネア様のあの人間離れした美貌には遠く及ばない。
しかも、ミネア様は輝く白銀の髪に緑の瞳だったし……。
いや、まぁ、人間の体を身にまとっているのだから、ミネア様本来のあの容姿と違う、なんていうのは当たり前かもしれない。当たり前かもしれないんだけど……何だろう? 迫力がいまいち? だって、えーっと……そう、はっきりいって怖くない。傍に立たれただけで総毛立つあの迫力がない。本当にミネア様かな?
「さあ! 我と一緒に凶星を滅ぼそうではないか!」
そんな事を言い出して……え? となる。
凶星? 凶星ってサイラスの事だよね? どういうこと?
「それはどういう意味でしょうかな?」
五大魔道士長のオースティン・リーフが私の疑問を代弁してくれた。
「今こそ予言の書を実行する時である! 我に続け! 凶星を滅ぼすのだ!」
女が手にした剣を振り上げ、そう叫んだ。
え? ちょ……。待て待て待て!
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