第23話 聖女選定

 聖女選定の日は新月だった。

 エレミアが口にした通りである。

 身支度は侍女のアンナが念入りに調えてくれた。風呂でごしごし洗われ、髪を梳られ、化粧を施される。身にまとう衣装は、白を基調とした聖職者の衣装に酷似していた。清楚で美しい衣装である。

「まあぁ、素敵ですわ」

 アンナがそう言って褒めちぎる。

 そう、意外な事に似合った。細すぎる体も幼い顔も、清楚な衣装が逆にそれを引き立てている。黙って立っていれば、立派な聖女に見えるかもしれない。性格的にちょっと無理だけど。口を開けば生まれ育ちが丸わかりだ。

「馬子にも衣装ですね」

「エドガー、言うようになったな」

 私を目にした護衛のエドガーが、大真面目にそう言った。前は聖女候補ということで、もうちょっと遠慮していたけれど、最近は言いたい事を言うようになった。

「誰かの影響でしょう」

「はいはい、自業自得ですよーだ」

 今まで散々護衛を撒かれたお返しか? 護衛のエドガーを連れ、指定された洞窟まで赴けば、全員同じ衣装だ。白を基調とした清楚な衣装に身を包んだ彼女達には品がある。ま、全員お貴族様だもんな、品があって当たり前か。

 で、ずらりと並んだ彼女達に睨まれる、と。

 結局、最後の最後までこれか……。

「この恥知らず」

 ぼそりとシンシアにそう言われてしまう。

「そうよ、そうよ」

「最後まで居座るなんて図々しい」

 いや、そう言われてもな。前にも言ったけど、文句は五大魔道士達に言ってくれ。

 聖なる精霊が集うという洞窟には、五大魔道士全員が揃っていた。

 そうそうたる顔ぶれだ。

 五大魔道士長のオースティン・リーフは、白髪を長く伸ばした厳めしい顔つきの長身痩躯の老人だ。こいつも若作りはしないのか……。ルーファスと同じように気にしないってことかな?

 その隣は多分、ビビアン・ローズだろう。猫のような琥珀色の瞳に面影がある。白髪を顎の辺りで切りそろえた小柄な老女だ。やはり、若作りはなし、と。

 三人目は言わずもがななエレミア・ウォードで、見た目はハンサムで柔らかい風貌をしている。でも腹黒の潔癖症だ。

 その隣がリアン・クリスタ。念入りに化粧を施し、シルバーブロンドの髪を長く伸ばした清楚な美女である。そう、見た目は清楚。でも、ヨアヒムを手込めにしようとしたあたり、お里が知れる。

 最後がルーファス・レイン。どこもかしこもふざけている木の精霊。地面に埋めたら木の根と同化しそうだ。ま、良い奴ではあるが……。

 んでもって、その隣にいる赤い豪奢な法衣を身にまとったこいつ、誰だ?

 堂々たる体躯の厳つい顔立ちの中年男性だ。五大魔道士とこうやって肩を並べるあたり、地位は高そうだが……。

「大司教様!」

 ブロンド美女のシンシアが言う。大司教……おう、法王の次に偉い奴。なる、偉そうにするわけだ。

「聖女候補達よ、よくぞ集った。気を楽に……」

「はい、ありがとうございます!」

 大司教である赤い法衣の中年男性がゆっくりと歩み寄り、聖女候補達にねぎらいの言葉をかけて回る。聖女候補達がそれぞれ嬉しそうに挨拶をするも、私は鼻を押さえてしまった。大司教が近寄ってきた途端、とんでもない悪臭が鼻をついたのだ。

 うっ……。何だこれ? とんでもなく臭いんだけど……。周囲を見回しても、皆に変わった様子はない。誰も気にもとめていないようだ。ちょ、何で皆平気なんだ? 卵の腐ったような臭いが、大司教様とやらからするんだけど。まずい、吐きそう……。

「エラ様? どうなさいました?」

「エドガー……お前、平気なの?」

 脂汗が浮かぶ。臭いに鈍感? もしかして、鍛えてるからとか? いや、私も大概は平気だよ? 血の臭いとか全然平気なんだけど、う……これは駄目だ。本当、駄目。

 ぐるりと背を向け、だーっと駆け出す。

「エラ様!」

 あわくってエドガーも追いかけてきたらしいけど、気にしてられるか!

 洞窟の入り口まで引き返し、えろえろえー……聖女の威厳丸つぶれ。なんなん? 朝食全部戻した。くっそう、せっかく似合っていたのに、どうしてくれよう。あの大司教、はよ帰れ! つーか、二度と来んな! うー、胸がムカムカする。

「大丈夫ですか?」

 背をさすってくれた。エドガー優しいな。散々護衛撒いてゴメンよ。

「うー……あの大司教、臭い」

「はい?」

「馬糞でも嗅いだ方が百倍まし。お前、平気なの?」

「私は、ええ、まぁ、何ともありませんでしたが?」

 まじかぁ! え、どうすりゃいいの? 大司教……法王の次に偉い奴。五大魔道士とも肩を並べるような奴を、臭いとか言い出す聖女……マジないな、これはない。あー、帰りたい。どうせ私はミネア様じゃないし、ここで帰っていいかな?

「帰りたい……」

 ぽつりとそう言うと、

「駄目です」

 エドガーがきっぱりと言う。鬼だ。

「とにかく儀式だけでもすませてください。でないと私も国へ帰れません」

 はいはい分かりましたよ。聖なる精霊のいる洞窟内部へと戻ると、聖女候補達の白い目が出迎えた。

「どこへ行っていたんですの?」

「せっかく大司教様がご挨拶に来て下さったというのに、あなたという方は」

「ほんっと、なんであなたのような女が選ばれたのか分かりませんわ」

 ツンケンとした口調だ。ということは、あんた達は平気なんだな? しかし、なんで私だけ……。特異体質って訳でもないだろうに、うーん……。

 儀式が始まった。

 五大魔道士長のオースティンが呪を紡ぐ。例の言葉であって言葉ではない。歌のようなリズムのある音を紡ぎ出す。魔道士の使う力ってほんっと神秘だよな。魔力なんて欠片もない私には理解不能な部分が多い。

 と、黄金色に輝く聖なる精霊達が寄り集まってきた。聖女候補の周りを、リズムに合わせるように螺旋を描いてくるくると回る。星々がきらめいているようなそれは、見とれるほど綺麗だった。

 ――あら、見て。

 ――久しぶり。

 ――神界の光だわ。

 ――ミネア様?

 ――多分、そうね。

 ――お手伝い?

 ――ええ、必要みたい。

 鈴が鳴るような綺麗な声がそこここでする。

 へー……って、あれ? 聖なる精霊ってしゃべれるのか? 前世では一回も聞いたことがない。こんな風に綺麗な光は何度も見ていたけれど……。感心してじっと見入っていると、聖なる精霊が私の周りに寄り集まり、螺旋を描き出す。

 ざわりと周囲が揺れた。

 他の聖女候補生達の驚く目が私に集中する。

 すると、ふっと知っている気配が湧いた。すぐ傍に。ぞぞぞと総毛立つ。散々ど突かれ、蹴落とされ、痛い目に合わせれた例の……。

「来るなあああああああ!」

 反射的に降って湧いた気配を殴ってしまった私、悪くない! ミネア様嫌だ、ミネア様怖い! いや、ブラコン怖い! ここで会ったが百年目とか言われそう!

 ふっと聖なる精霊の螺旋が消え、洞窟内に静寂が舞い戻る。

 ふう、危ない。心臓に手を当てればばくばくだ。エレミアのあれより数百倍きつい。ミネア様最強。ま、あんなんでも一応神様だもんな。人間がかなうわけがない。

 気が付くと、洞窟内部の人間全部の視線が私に集まっている。

 え? 何で?

「……今、顕現の兆候あったよね?」

 エレミアがそう言い出して。

 はい?

「見た?」

「ああ、何故消えた?」

「さあ……時期が違う?」

「そんな馬鹿な」

 ざわざわざわ。な、なんか大事になってる? もしかして、ミネア様の気配なぐっちゃったのまずかった?

「ははは! どうやらこの中には聖女はいなかったようですな!」

 そう言い放ったのは、例のくっさい大司教で。いや、大根役者って意味じゃなくて、まんま臭い。はよ帰れ。ここまで臭ってくる。なんでみんな平気なんだ?

「オースティン、もう一回! 何かあれ怪しい!」

 私を指差し、エレミアが言う。もうあれ呼ばわり。聖女様の威厳ナッシング? まー、盛大に吐いたしな。もう、好きに呼んで。

「いやいやいや、ウォード殿、こんなこともあろうかと、このわたくしめも聖女候補を連れてきているのですよ」

 大仰な仕草でそう言ったのは、赤い法衣を身にまとった大司教だ。

 なにぃ?


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