第22話 恋敵

「ちょっといいかしら」

 そう言って、暁の塔内で私を呼び止めたのは、ひやりとする鋭利な美貌の持ち主、リアン・クリスタだ。

 一体何の用だ? どうしても身構えてしまう。この間から、悪巧みが酷すぎる。長い銀の髪を翻し、清楚な衣装に身を包んだ彼女は、白百合のように美しい。でも……中身は毒水と変わらない。

 連れて行かれたのは、多分、リアンの自室だろう、ヨアヒムが飛び出してきた場所だ。中へ入ったのは初めてだけれど、趣味は悪くないんだな。周囲をぐるりと見回してしまう。キンキラキンでも、少女趣味でもない。落ち着いた雰囲気の部屋だ。

 ソファを勧められ、座った途端、

「彼とどういう関係なのかしら?」

 そんな風に言われてしまう。完全な詰問口調だ。彼?

「サイラスよ……名前は知っているわね?」

 それはもう。お前よりよく知っている。

「彼と抱き合っていたようだけれど」

 口にした茶をぶっと吹き出しそうになる。

 いつの話だ? あ、そう言えば、墓石の前でサイラスに慰められたっけ。珍しく、そうだ、抱きしめてくれたんだ。昔みたいに。あれを見られた? というかどこから見ていたんだ? こいつは……。

「彼に近づくことは今後禁止よ。いいわね?」

 はあ?

「どうして?」

「ど、どうしてって……その、合成種ダークハーフだからよ。決まっているでしょう?」

「私は気にしません」

 ばんっと机を叩かれた。

「とにかく、禁止です! いいわね?」

「レイン様は許可を下さいました」

 ルーファスは確かにそう言った。あれも五大魔道士の一人だから、彼が許可した以上、リアンも強くは出られないはず。

「な……」

 私の返答に、リアンは絶句したようで、まじまじと凝視されてしまった。

 けど、驚いたな。もしかしてまだサイラスを狙っているのか? 大昔に言い寄って、きっぱり振られただろうに。今は私もだけど。

「そんな筈……」

「確認してくださっても構いませんよ?」

 今度は歯ぎしりが聞こえそうな顔になった。結構表情崩れるな、こいつ。若い頃は楚々とした表情を崩さなかったものだけれど。

 もしかして、年食って癇癪持ちババアになったか?

「サイラスは大魔道士よ。他の追随を許さない実力者なの」

 リアンがそう言い切った。知っています。

「聖女ならいざ知らず、単なる聖女候補のあなたとじゃ不釣り合いだわ」

 余計なお世話だ。自分なら釣り合うとでも言いたいのか?

「貧相なガキのくせに、色気づいて」

 あんたは若作りの色ぼけババアだな。

「この、身の程知らずが」

 思ったことが全部口に出ているぞ? いいのか?

 とりあえず無言を押し通していると、リアンはかなり苛ついたようで、

「何とか言ったらどうなの!」

 バンッと机を叩く。言って良いのか?

「うるさい。若作りのくそババア」

 思っていたことを、ずばっと口に出す。

「な、な……」

「お前の年、八十九だろ。サイラスと同い年だもんな。それでいて若い男あさって、少しは恥ずかしいと思え。せめて相手の同意を得てからことに及べ。強姦なんてな、相手が男だろうと女だろうと最低だぞ。少しは反省しろ、このくそババア」

 顔を怒りと羞恥で真っ赤にさせ、

「なんって口の利き方なの!」

 次の瞬間、体が水に包まれ、呼吸が出来なくなる。

 ごぼりと口から空気が漏れ出た。リアンは水の魔道士だ。こういった真似は得意なんだろうけれど、私を溺死させる気か? 流石に聖女候補にそれやったらまずいだろうとは思うけれど、頭に血を上らせたリアンならやりかねない。

 咄嗟にリアンの顎を蹴り上げ、術を強制解除する。

 集中力が切れると、術を保てなくなるはずだと踏んだのだけれど、当たりだ。ばしゃっと水の膜が壊れ、呼吸が出来るようになった。

 すかさずリアンに追撃を喰らわせ、回れ右をし、ドアに飛びついたけれど、うわっ! ドアが凍った! あー……逃がさないってことか? 完全に切れたかな?

「よくもこけにしてくれたわね! 五大魔道士のこのわたくしを……」

 リアンがゆらりと立ち上がる。目が血走っているし、迫力ある風貌だ。いや、殺されそうになれば、普通反撃すると思う。お前が悪い。

 じりじりと追い詰められていると、ドアをどんどんと叩く音が聞こえた。

「エラ様? 何かありましたか? 派手な物音がしましたが……」

 外で待たせていた護衛のエドガーだ。乱闘騒ぎを聞きつけてくれたらしい。ドアノブをがちゃがちゃ回しているらしいが、凍っているから無理だ。

「エドガー、助けてくれ! 色ぼけババアがご乱心だ!」

「なんですってぇ!」

 私が声を張り上げると、リアンの目がさらにつり上がる。

 いや、だから、今のお前だ! 襲いかかる鋭利な氷の刃をすんでの所でかわせば、それが背後の壁に突き刺さる。ほんっきで殺す気か、おい!

 ドアがメリメリと破られ、なだれ込んできたのはエドガーだけじゃなく、黒いローブを身にまとった数名の魔道士達だった。あ、彼らがドアの魔法を破ってくれたのか。助かった……。そこいらを歩いていた魔道士を呼んでくれたんだな。

「リアン様?」

「エラ様! どうなさいました?」

 水浸しの私を見て、異変を感じたエドガーが、すぐさま駆け寄ってくれた。

「……何でもないわ。水をこぼしてしまっただけよ」

 リアンがそらっとぼけたけど、無理あるだろう。全身ずぶ濡れだぞ?

「サイラスに近づくと殺すって脅された」

 私がそう言うと、

「嘘おっしゃい!」

 リアンが金切り声を上げる。そう、脚色している。でも、お前がさっき言った内容の主旨はこうだろ?

「リアン様?」

 不審そうな魔道士達の視線を受け、リアンがふいっと視線を背けた。

「誤解よ、誤解。合成種ダークハーフに近づくと危ないから、警告しただけよ。彼女の素行、問題があるわね。五大魔道士会議にかけるから覚悟して頂戴」

 そう告げられ、揃って部屋から追い出された。

 会議にかける? 本当か? つい疑ってしまう。

 ヨアヒムを罠にかけた上、今回のこれは本当に洒落にならない。エレミアは合成種ダークハーフが嫌いだけれど、極度の潔癖症だ。嘘が嫌いなんだよな。だから下手すると、あいつも敵に回るぞ? お前が追求される。

 そう考えると、多分、今回の件はうやむやにされるか? そんな風に思うも、サイラスとの仲を勘ぐられたくない。放っておくのが一番だろう。

 くしゅんとくしゃみをすると、

「……大丈夫ですか?」

 エドガーが心配してくれた。ありがとう、今回は助かった。いっつもお前の護衛を撒いて悪かったな。

「まあまあまあ! 一体どうなさいました!」

 部屋へ戻ると、侍女のアンナまでが、ずぶ濡れの私を見て心配してくれた。

 何だが、じーんとなってしまう。

 二人とも優しい。いや、本当、何か、今までつっけんどんにして悪かったなと、反省しきりだ。基本、こいつら良い奴らなんだよな、口うるさいけど。温かい風呂に入れてくれて、着替えさせてくれた。温かいミルクまで……。

 やっぱり、優しい。

 しかし、高い地位にいるリアンの根性がねじ曲がってて、身分の低いこいつらが、温かい正直者って、世の中どっか間違ってるよ。

「ありがとう」

「やけにしおらしいですね」

 素直に礼を言うと、気味悪がられてしまった。普段が普段だから、しょうがないか。

 花瓶に目を向けると、そこにはまだピンクの薔薇が綺麗に咲き誇っている。サイラスからの贈り物だ。綺麗な内に押し花にでもしようかな? そんな風に思う。

 忘れたくはない。そう、たとえこの先、悲しくて泣いてしまう時があっても、確かにあの時は幸せだったのだと、そう思いたいから。


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