第41話 他人のそら似

「聖女様、中へ戻りましょう。俺達の相手をしてください」

「こいつとは一緒にいない方がいい」


 聖光騎士団の連中が口々に言う。余計な世話だ。眉間に皺が寄る。第一、中の空気に嫌気がさしてここにいるっていうのに、なんで戻らなくちゃならないんだよ。


「……散歩してから戻るよ」


 そっぽを向けば、


「なら俺達も付き合いますよ」


 そんなことを言い出した。いらん! ついてくるな!


「あー、悪いけど一人になりたいんで」

「まぁ、そう言わずに。それともこんな化け物がいいとか?」


 そう言って、男の一人がオリビエの仮面を剥ぎ取ったから悲鳴ものだ。

 お前ら! といって声を荒げる前に、ばっちりオリビエと目が合い、絶句してしまった。似てる! っていうか、サイラスに双子の兄弟がいたのかってくらい似てるじゃん! 黒髪で目も黒いけど! 火傷していない方に注意してみれば、サイラスとくりそつだってのが分かる。これは……。


「なぁ? これじゃあ女の相手なんてできないよなぁ?」

「ひどいご面相だ!」


 げらげら笑う男達の言葉が途中で止んだ。

 全員の視線が私に集まっている。

 多分、私がだばだば泣いたから、びっくりしたんだろう。だって、これはない。似すぎているから、サイラスが火傷したみたいに見えるじゃんか! そんでもってサイラスが罵られているみたいでいたたまれない。いや、違う。腹立たしいんだ。猛烈に腹が立って、気が付けば食ってかかっていた。


「やかましいわぁ!」


 まるで場末の女のような風体で怒鳴っていた。


「さっきから聞いていれば、好き放題言いやがって! サイラ……オリビエは良い男だぁ! お前らの誰よりもな!」


 男達全員の顎が、かくんと落ちたような間抜け面になる。


「はい?」

「聖女様の目がおかしくなった?」

「やかまし!」


 手にした杖でぱっかん、じゃなくて、どげしって音が出るほどぶん殴っていた。杖は聖女の必需品らしく、こうした公式の場では手にするんだとか。まあ、いわゆる王や王妃がかぶる冠みたいなもので、やたらキラキラとした装飾がなされているが、何の事は無い、私が手にすると凶器に早変わりするらしいが知ったことか!


「ちょ、待って!」

「いや、あの、本気ですか?」

「本気だわ! さっさといなくなれ! この屑どもぉ!」


 杖をぶんぶん振り回して威嚇する。


「さっさと消えないと、ミネア様を呼ぶぞ! 全員消されるからな!」


 私がそう叫ぶと、失礼極まりない団員どもは、脱兎の如く逃げ去った。ミネア様が私に憑依するとどうなるか知っていたらしい。まぁ、剣の一振りで地獄の軍団消滅させていたから、無理もないと思う。最強ミネア様万歳! ここだけな!


 振り返ればサイラス、じゃなくてオリビエがいて、やっぱりいたたまれない。黒髪のサイラスはひっそりと佇む夜の獣のようだ。


「あ、その……も、痛くない?」

「うん?」


 間抜けなこと聞いた。火傷の跡だって言うんだから、とっくのとうに治っているわけで……見上げれば、ケロイド状の火傷の跡は、ちゃんと完治しているように見える。でもやっぱり痛々しい。涙がどうしても溢れてしまって、


「何故、泣く?」

「ごめん……」


 サイラスに似ているからとは言えない。

 声も雰囲気も全然違うけれど……。

 サイラスより、こいつの方が野性味が強い。サイラスが洗練されたサラブレッドなら、こいつは野生馬って感じだ。まるで光と影のよう。オリビエの無くしてしまった仮面の代わりに、自分のショールで火傷を負った顔の半分を覆った。


「仮面の代わりだ。返さなくて良いから」


 無理矢理笑った。だって、同情なんて嫌だろうから。その場から立ち去りかけると、腕を掴まれてびっくりした。


「いらない」


 ショールを返されて、戸惑ってしまう。


「え? でも……」


 オリビエが言う。


「勘違いしているようだから、言っておく。俺は別に火傷の痕は気にしてない。今回の仮面もつけろと言われたから付けていただけで、普段はそのままだ」

「そうなの、か?」

「ああ」


 そう言って笑うと、やっぱり似ていて……サイラスの顔で笑うのは反則だとそう思ってしまう。


「目をそらさないんだな?」


 私が首を傾げると、


「この顔を直視した女性は初めてだ。大抵目をそらす」

「あ、ごめん! つい……」


 サイラスに似ているから、つい見ちゃうんだよな。


「いや、気にならないのならその方が良い。俺も助かるしな」


 恐る恐る見上げれば、確かに気にしていないようで、目元が笑っている。


「舞踏会だけど踊らないのか?」

「俺と踊りたがる女性はいない」

「な、なら、私とどうだ?」


 ほらほらと自分の顔を指差した。

 自慢じゃないが、ダンスは得意だ! 暗殺者時代にきっちり仕込まれたからな! サイラスとも踊りまくったぞ! 湖の上で! あ、何か泣けてきた。良い思い出が入り交じって、複雑怪奇な心境に! このままじゃまた泣きそうだ。

 それを誤魔化すように、オリビエの手を取り、ぐいっと引っ張った。


「え、いや……」

「中に戻らなくていいから! ほら、音楽無くても大丈夫!」


 無音でよくやったから、慣れてる!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る