第33話 試練の谷

 ここを通り抜けろってマジか? 崖からぶら下がったまま真っ青になっている私を見下ろし、ミネア様が意地悪く言う。


「当たり前だ! そういうとこなんだよ、ここは! 死んでこい!」

「うっそおおおおお!」


 完璧悪女の顔を貼り付けたミネア様に、容赦なく蹴り落とされる。硝子の刃が乱立する谷底へ。硝子の刃がぶっささり、勿論死ぬ、息止まる。

 で、生き返る。この繰り返し……。

 地獄かここは! 何度思ったことか。痛みの感触は現実と寸分違わない。なのに何度も何度も殺されるって……。本当、勘弁して欲しい。


「そろそろ諦めたらどうだ?」


 ミネア様にそう言われたのはどのくらい進んだ時だったか……。

 分からない。ミネア様に上から岩を落とされたり、谷底に突き落とされたりしていたから、本当に前進しているかも怪しかった。その度ごとに後退する。ズタボロになってまた前進だ。諦めない、そう言う代わりに黙々と前進する。口を利く体力すら温存しないと、立っていることすら難しかったから。


 六枚の銀の翼を持つミネア様は優雅に空を飛んでいて羨ましい。

 空を見上げ、そんなことをぼんやりと思った。空は安全なのか? そう思うも、ああ、よってきた怪鳥がミネア様に蹴散らされたから、安全じゃないんだと分かる。


 もし、空を飛べたら楽ちんとか思って、どっかから飛び降りると、うん、きっとさっきの怪鳥に食われるんだな。生きながら内臓を引っ張り出されると……。


 はははと笑い、ここ本当に天界なのぉおおおおお! と叫んだのは、きっと私だけじゃないと思う。何でこんなもの創ったのよぉおおお! と文句を言えば、


「……生まれ変わらせない為にきまってるじゃんか」


 いつの間にやら横手にいたミネア様が言う。ちょっとふてくされている?


「生まれ変わらせない?」


 私がそう問えば、


「天界に昇ってきた人間を逃がしたくない、そういった意図があるんだよ。地獄界と神界は魂の取り合いをしているからな。どっちも手に入れた魂は逃がしたくないんだ。けど、ここは天界だし? 自分の欲を丸出しにするわけにもいかないから、もう一度生まれ変わりたいなんてほざく人間の為に、一応道を作ったってわけだ。一応」

「一応……」

「そ、一応。ここを通り抜けられた奴……あー、今までで十人いないから」

「でも、いるのよね?」

「ああ、いるよ。神界の使命を帯びた奴限定で」


 ミネア様にしれっと言われてしまう。


「神界の使命を帯びた奴限定?」

「そそ。地上に生まれ変わらせたい人間がいる場合、特別措置で、うん、イージーモードにして通らせるんだ。確実にここへ帰って来れそうな奴を選ぶ」


 イージーモード……何か嫌な予感。


「で? 私の難易度は?」

「勿論スペシャルハードコース」


 にっこり笑顔でそう言われ、ぶち切れ寸前だ。


「ちょっとおおおおお!」

「嫌だったら帰ればいい。ちゃんと帰り道はあるじゃんか」


 ミネア様に顎でしゃくられ、見ると確かに出口はこちらって、でかでかと看板が……。ぴっかぴか光ってますけど? もの凄い自己主張してる看板だな。これは、えー……こっからあの瑠璃色の宮殿に帰って欲しい感がひしひしと……。

 天界って何気におちゃめんさん? やることエグいけど。

 ミネア様が言う。


「さっきも言ったように、試練の谷が通り抜け困難になっているのは、天界に来た魂を逃がしたくないから。別に痛めつけようとしているわけじゃない。あたし以外は」


 ミネア様はあるんだな、そう思ったけど言わない。

 ぷいっと私がそっぽを向き、看板を無視して再び歩き出せば、頑固だな、そんなミネア様の声が背後で聞こえた。


 そんなつもりはない。ただ、そう、諦められないだけだ……。

 子供が生まれるはずだったんだって、私の遺体を抱きしめて嘆き悲しむあいつの顔が、繰り返し繰り返しまぶたの裏に思い浮かんでしまう。そうだよ、子供……。あいつだって喜んでくれた。私以上に……。なのに何で……。

 もう一度あいつの笑顔を見たいって思うのは、そんなにいけないことか?


 その後も何度も何度も死んだけれど、途中から何だろう? ミネア様の妨害が減ったような気がする。

 極寒の地で凍死……にはならず、何か羽毛っぽいもので温められた。

 雪ネズミに食われて終わり、にはならず、気絶はしたけど何故か生き残ってたし。あちこちかじられた跡があったけど、骨にはならなかった。


 毒沼で立ち往生すると、今度は強風に吹っ飛ばされ、木に激突したけど渡れた。痛い、痛いけど、渡れて助かった。だってねぇ、この沼、木の棒をつっこんだら、じゅうって溶けたんだぞ。何だよ、じゅうって! 向こう側に渡りきる前に溶けちまうだろ! って感じだったんだよな。


 もしかして、ミネア様が助けてくれた?


 ふと、そんな風に思うも、戦女神の気配なんて私に探れるはずもない。たとえ尋ねたとしても、一蹴されて終わりのような気がしてしまう。

 どうして途中から、妨害が助力に変わったんだろう? 不思議に思ったけれど、助力はありがたく受け取ることにする。


 だって、超しんどい。このままだと精神が病みそうだ。

 死んでは生き返り、死んでは生き返り、死んでは……ええっと、何回死んだかな? そんでもって、「お帰りはこちら」「お願いだから帰って」「ふっかふかのベッドが待ってます」「温かいお風呂と美味しいお食事を大サービス」って、どこの宿かな? って勧誘看板が、ぴっかぴっか光ってうっさいわ。


 そんなこんなで、試練の谷を通り抜けた時は、信じられない思いで立ち尽くした。

 洞窟の外から差し込む柔らかな日の光が目に眩しい。そよ風が吹き抜ける。ゴール、お疲れさんって看板が……。


 思わず二度見、三度見……えー、五度見してしまった。

 終わった? 本当に? 思考が完全に麻痺していたように思う。


 もう、硝子の刃にぶっささったりしない? 石の雨もふらない? 人食い虫に食われない? 毒沼で体が溶けたりしない? 猛獣に頭からばりばりかじられない? 

 今まで身に受けた苦難の数々が、走馬灯の如く通り抜け……っていうか、これさぁ、地獄より酷かないか? ぼんやりとそう思った。


 ユーピニー(最高神)のくそったれええええええ! 一編じゃなくて百編死にやがれぇぇえええええええ! と心の中で叫んだ私、悪くない。


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