第二章 銀色の拘束
第32話 似てはいても
瑠璃色に輝く宮殿に琥珀色の酒……ああ、天界にいた頃の夢かな? 私はぼんやりとそんな風に思った。口元に笑みが浮かぶ。
懐かしい面々だ。美しい天女達はいつだって優しかったけれど、私は申し訳ないくらいそっけなかったっけ。サイラスに会いたい、そんな事ばかり考えていたから。
美しい音楽に素晴らしいごちそうの数々が並んでいて、誰もが羨むような光景だ。なのに心が湿っているせいか、見るもの全てが、どんよりと灰色だった。
あの日もそう。綺麗に着飾った天女達が代わる代わる慰めに来てくれたけれど、当の私は上の空でその慰めの言葉を聞き流していた。
そう、耳をつんざくような轟音と共に姿を見せた美女の姿を目にするまでは……。あの時のミネア様は、パチパチと放電していて、まさに雷獣、そんな感じだった。
「でてこぉい! アイダとかいうあばずれはどこだぁ!」
ずしんずしんという地響きに、私を取り巻いていた天女達は顔色を無くし、腰を抜かしかけていたっけ。あばずれ、そう言われたけれど、今の自分にはぴったりな言葉だと思い、特に反論もしなかった。それよりも、目の前の美女の姿に釘付けだ。
銀の髪は月の雫の如く、きらめく緑の瞳は宝石のよう。
誰もが見惚れるほどの美貌の持ち主で、その顔立ちの中にサイラスの面影を見い出した私は、勢い抱きついてしまった。
ああ、分かる。頭がどうかしていたとしか思えない。あの、ミネア様に抱きつく。知らぬが仏とはよく言ったもんだ。
「サイラスぅううううう!」
「いやがったな! ここで会ったが百年目ぇ!」
当時のミネア様が鬼のような形相でも、この時ばかりは気にならなかった。食らいついた。それこそ必死で。でも、あっさり引き剥がされ、壁に激突だ。蹴り飛ばされたのだと気が付いたのは後からだ。
視界が逆さまになったまま、
「よくも勝手に死にやがったな! マルティスを泣かせやがって! 絶対許さああぁぁあああん!」
そう叫んだミネア様の憤怒の形相が目に入る。綺麗だけれど、いや、綺麗だからこそ、怒り狂った顔は震えるほど恐ろしい。
サイラスがミネア様の弟の軍神マルティスだと知ったのはこの時だ。ミネア様とは双子の姉弟神で、サイラスは人類を救うために降り立った神族なのだと聞かされた。
ああ、それで彼の面影があったのか。
妙に納得してしまう。
神族ってのは皆美形ばかりなんだなと、この時は呑気にそう思ったけれど、後々になって違うということも知った。
神族と言ってもいろいろで、戦女神ミネア様と軍神マルティスが飛び抜けて美しい神族だったらしい。
「んもー、ミネアちゃんたら、本当に綺麗なんだからだからぁ」
そう言って投げキッスを送ってきたのは、正真正銘、美の女神ウラヌス様だ。
けど、美の女神が十才くらいのお子ちゃまって詐欺じゃないかな? 可愛いけど……。ぴらっぴらのピンクのフリルのドレスとか、えー、そういった趣味のドレスを持ってミネア様を追いかけ回すとか、凄すぎる。
が、呑気に鑑賞なんてしている場合ではなくて、
「よそ見をすんなぁあああああ!」
すかさずミネア様に怒鳴られてしまう。
「ひいいいいいいい!」
手元、手元見えない! こっちは剣なんか使ったこと無いって言うのに、ミネア様相手に毎日毎日剣の稽古だ。っていうか、これ、必要なくないか? 天界だと誰かに襲われる危険もないんだから、なんで修行なんかしなくちゃいけないんだとか思ってしまう。
「やかまし! 勝手に死んだ罰だ!」
ミネア様が吠える。
「死にたくて死んだわけじゃないわよ!」
涙目で私がそう反論すれば、
「勝手に出歩いたろうがぁ!」
「なんで知ってるのよぉおおおお!」
「見てたからな! 神界からだと丸見えだ、このこのこのぉ! マルティスといちゃいちゃしやがって憎たら、もとい、羨ましいぞおおおお!」
「それ、単なる焼き餅じゃない!」
「うっさいわ! 手を動かせ! 性根をたたき直してやる!」
そんなこんなで毎日ずたぼろだ。でも、この時の私は、これのお陰でサイラスに会えない寂しさが紛らわせていたように思う。夜になると泣いていたけれど……。
ある時、そんな私の嘆きようを見かねた天女の一人が教えてくれたのだ。
生まれ変わる方法があるのだと……。
「試練の谷を通り抜けることが出来れば、もう一度地上に戻れるわ。生まれ変わることが出来るの。それが天地の約束事だから。でも、無理はしないで? 出来そうにないって分かったら、直ぐにここへ戻ってきてちょうだいね?」
「ええ、ありがとう」
嬉しかった。本当に舞い上がるような気持ちって、こういうことを言うんだろうな。試練の谷がどれほど厳しいのか、この時の私が知るよしもなく。
そして、試練の谷に連れて行って欲しいとミネア様に頼んだ時の憤怒の形相と、そして、急にほくそ笑むような笑みを浮かべた彼女の表情の変化の意味を理解することなく、私は試練の谷へと放り込まれた。自分の望み通りに。
けど……。
「何よこれぇ! 死ぬ死ぬ死ぬぅ!」
崖から落ちそうになりながら、私は必死でそう叫んだ。
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