第10話 合成種の苦悩

 トントンとドアを叩くと、ドアの向こう側から現れた顔が困惑した。よかった当たりだ。

「……俺の部屋がよく分かったな?」

 向こう側から現れたのは、例の目つきの鋭い男、合成種ダークハーフのゼノス・グレイシードだ。暗殺者のような雰囲気を身にまとった奴。極限まで研ぎ澄まされたナイフのよう。

 私は首を横に振った。

「いや、誰に聞いても嫌な顔されるだけだったから、適当に当たりを付けたドアを片っ端から叩いたんだ。これで二十回目。ようやくお前に会えた」

 そう言うと、苦笑された。

 あ、こいつ、笑うと雰囲気変わるのな。ちょっと少年っぽい感じになる。こっちの方がいいけど、こういうタイプは笑うのが苦手な奴がほとんどだ。無理矢理笑わせようとすると顔が引きつったりする。

「……よくやるよ。爺さんに聞けば、教えてもらえたんじゃないのか?」

 あ……。ゼノスにそう言われて気が付いた。ルーファス? そういや、そうかも……。はははと笑って誤魔化すことにする。間抜けだ。

「……一人か?」

 ゼノスが周囲を見回し、私は頷く。護衛のエドガーはやっぱり撒いた。後で怒られるだろうけど無視する。こいつとエドガーが顔を合わせようものなら、ぴりぴりとした板挟みにあって、こっちがまいるわ。食事は楽しく取りたい。

「ロイ・シンプソンは?」

「隣の部屋だ」

 すいっとゼノスの視線が横を向く。

「じゃ、一緒に夕食を食べよう。弁当沢山持ってきたから大丈夫だろう」

 ゼノスが険しい顔をし、

「あいつ、相当食うぜ? 十人前くらい平気で」

 十人前!? ぎょっとなった。

「お前達、食事はどうしてるんだ?」

「食堂から適当に持ってくる」

「食堂……私とは違う場所か?」

「あたりまえだ。お前は聖女候補なんだろ? 俺達と一緒になるわけがない」

 ぎくうっとなる。ばれてーら。

「誰に聞いた?」

「あん?」

「私が聖女候補だって」

「……お前、もの凄い噂になってるって自覚なしか? 合成種ダークハーフと付き合ういかれた女って言われまくってるぞ? ついでに男狂いとか……目の敵にされているとしか思えない。回れ右して帰ったほうがいいかもな?」

「帰らないよ」

 ふてくされてそう言うと、

「強情だな」

 そう言われてしまう。自覚してますよーだ。心の中で舌を出す。ロイ・シンプソンには自分用の食事を持ってきてもらい、そろって夕食を取ることにする。

 ローテーブルの上に並んでいるのは肉料理ばかりだ。

 男が好む料理ってこんな感じだよな。もうちょっと野菜も食え。そう思って、二人の皿に野菜をぽいぽい放り込めば、黙々とそれも食べる。

 特に好き嫌いがあるわけでもないらしい。

 単純に好きな物を取ってきたらこうなっただけか。

「女の人がいると食事が華やかになるねぇ」

 ロイがふくよかな顔に笑みを浮かべてそう言った。

 そういえば……合成種ダークハーフは男しかいないんだよな。だから合成種ダークハーフが大勢寄り集まると、むさ苦しくなる。私は首を傾げてしまった。

「何で女の合成種ダークハーフはいないんだろうな?」

 私がそう言うと、ゼノスが淡々と答えた。

「いないわけじゃない。女も生まれる。ただ力が表面化しないだけ」

「そこが謎なんだよな。女の場合は、合成種ダークハーフの能力は出ないのに、その女性から生まれる男児はやっぱり合成種ダークハーフになるだろ? 合成種ダークハーフを生み出す遺伝子は持っていても、女の場合は能力が顕現しない。どうしてだ?」

「……その方が幸せだ」

 ゼノスが言う。

「力が表面化しないかわりに、生き物を殺したいという衝動もないんだからな」

「まぁ、そうだけど……その場合、自分は普通の人間だから、知識も無く合成種ダークハーフを生むと結構悲惨だぞ? 気味悪がって我が子を虐待するケースもある」

「まあな。だからサイラス様がああやって合成種ダークハーフを保護して回っているんだろ? 他のくそったれ魔道士どもは見て見ぬ振りしてっけどな」

合成種ダークハーフは魔道士に生み出されたから、最初はここ暁の塔で暮らしてたんだよな?」

「そうだ。俺は親父からそういった話を聞いているよ」

「親父さんから?」

 ゼノスが頷き、

「ああ。ちゃんとその時の事が語り継がれてる。昔の偉大なる大魔道士ドミニク・バーンっていう奴が元凶だ。聖魔戦争時代、強い戦士を生み出すために、人間の赤子に魔人シヤイタンの血を組み込んだ。それがどういう結果をもたらすのか考えもせずに。迷惑な話だよ。何が大魔道士だ。そいつが後の悲劇の大本だ」

 ゼノスが手にしたコップの水を飲み干した。

「実験に成功し、喜んだけれど、魔人シヤイタンの血がもたらす狂気に気が付いた時は遅かった。人として成長しちまってたから、殺すわけにもいかないってな。自分の可愛がっていた鳥を食い殺したのが始まりだったか? ま、そこはどうでもいい。悲劇は拡大し、俺達合成種ダークハーフの素行を持て余した暁の塔の魔道士達は、合成種ダークハーフをここから追い出して、血は方々に拡散、今に至るってわけだ。そして自分達は知らんぷり。善人面してここで平和に暮らしてやがる」

「……恨み骨髄だな?」

 そう言うと、ゼノスの視線が険しくなる。

「あたりまえだ。合成種ダークハーフはな、ほんのちょっとしたきっかけで親兄弟を殺っちまうんだよ。正気に返った時は、目の前に血まみれの遺体が転がってるって寸法だ。それを目にした時の俺達の衝撃が理解出来るか? 狂気に走った時の記憶が無いって部分だけが、唯一の救いだよ」

 吐き捨てるよに言う。ああ、こいつは親兄弟を手にかけた事があるんだと分かる。そういった痛みを持った奴を何度も見てきたから。

「家族はいないのか?」

 そう問うと、

「いない。生き残ったのは俺だけだ」

 苦々しい口調でゼノスがそう言った。ああ、やっぱりな。

「ロイの家族は?」

 横手の丸っこい男に向かって問うと、ふくよかな顔が笑う。

「僕? 僕は孤児だから知らない。親はどこかで生きているんじゃない?」

「私と同じか」

「あれ? エラも孤児?」

 私が頷くと、ロイが明るく笑う。

「あはは、僕と同じかぁ。でも僕は幸せだったよ? サイラス様に小さい時に引き取られたからね。サイラス様が何不自由ない暮らしって奴を保証してくれたんだ。孤児院の先生達も優しかったし、辛い記憶は殆ど無い。唯一、院長先生がいなくなっちゃったのが悲しかったなぁ」

「いなくなった?」

「うん、あるときふいっとね。僕、ずっと待ってたんだけど、とうとう帰ってこなかったんだ。キノコを取りに山に一緒に入ったまでは記憶があるんだけど、どうしてかな、その後の事を覚えていないんだよ。院長先生は帰ってこなかった。どうしてだろう?」

 ロイはじっと手元のリンゴに視線を落とし、

「リンゴを見るとね、何かを思い出しそうになるんだけど……院長先生がこう、リンゴをくれたんだ。食べなさいって笑って……でもそれが悲鳴に変わる。いっつもそう。記憶が変なんだよね。あの時、どうだったんだろう? 笑ってたっけ? 叫んでたっけ?」

「……考えても分からない事を考えてもしょうがねーよ。さっさと食え」

 ゼノスがそう言って話を遮った。

「あー、うん。でもなぁ……」

「食い足りないなら、食堂からもっともらってこいよ」

「あ、そうだね。そうするよ」

 ロイが笑い、立ち上がる。彼が部屋から出て行くと、

「院長先生とやらの話は聞き返さないでやってくれ」

 ゼノスがそう言った。

「どうして?」

「思い出さないほうがいいからだよ。あいつ、院長先生を殺っちまってる。記憶が曖昧なのは狂気に支配されていたから。でも、遺体は見ているはずだ。ショックがでかすぎてそのことを忘れているんだよ。思い出さない方がいい」

 あ……。

「孤児だったから、狂気のしずめ方を知らなかった?」

 私がそう言うと、ゼノスが頷いた。

「だろうな。けど、知らなくても、普通は無意識に鳥とかの小動物を殺して、精神のバランスを取るもんだよ。けど、そう言った行為を、周囲の大人達がやめさせたんだろ? 無知はこえぇよ。俺達合成種ダークハーフの殺戮衝動は、発散されずに蓄積されると、身近な人間を殺しちまうってのに……小動物の殺しは止めさせちゃ駄目なんだ。動物の虐殺が唯一、俺達の精神を安定させてくれるんだから。合成種ダークハーフを無慈悲な殺人鬼にしちまうのは、いつだって周囲の無知な人間達だ」

「辛いな……」

「ああ……」

 ゼノスはそう同意してから、ふっと笑った。

「本当、お前、合成種ダークハーフに詳しいんだな?」

「ん?」

「俺達合成種ダークハーフを見て、辛いな、なんて台詞を口にする普通の人間はいなかったからよ。お前、変わってる。ああ、いや、そういえばお袋はそうだったな」

「お袋さん?」

「ああ。俺の母親は合成種ダークハーフだと知っていながら、親父と一緒になったんだ。おしどり夫婦なんて言われるくらい仲が良かったよ。けど……ああ、いや、いい」

 口を閉じた辛そうなゼノスの表情から、けど……その先の言葉が何となく分かってしまって、私も口を閉じた。

 本当に合成種ダークハーフの過去は悲惨だよな。サイラスだって自分の父親を殺している。自分の意志じゃ無かったけれど。魔人シヤイタンの血の狂気はどんな善人も殺人鬼に変えちまう。

 だから、サイラスはずっと研究をしていた。魔人シヤイタンの血を合成種ダークハーフの中から取り除けないかと。血の狂気を消滅させられないかと。求めて求めて求め続けた。

 きっと、殺戮衝動のないヨアヒムを目にした時は、歓喜した筈だ。自ら求め続けた答えを手に入れたのだから。なんとしても彼から秘密を解き明かしたいと、そう思ったに違いない。ヨアヒム、あ……。

「そうだ! 聞こうと思っていて忘れてた。ヨアヒムの事をお前、仲間じゃないって言ってたよな? あれ、どういう意味だ?」

 ゼノスの目が剣呑になる。

「……そのまんまだよ。あいつは仲間じゃねぇ。普通の人間より質が悪い」


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