第2話 聖女候補
「あら、ドブネズミさん、ご機嫌よう」
「遅れてやってくるなんて、良いご身分ですこと」
「流石卑しい女だわ。面の皮も厚いようね」
食堂に顔を出せば、他の聖女候補達にそう嫌みを言われてしまう。何せ、自分以外の四人の聖女候補様は全員、グラント王国のお貴族様だから、気持ち分からなくもない。
私は庶民で、さらに孤児だ。普通なら口を利くことすら出来ない間柄だ。なのに、聖女候補というだけで全員対等に扱われる。それが面白くないのだろう。
「身の程を弁えて、さっさとお家に逃げ帰ったらどう? あなたみたいな女が聖女の筈がないじゃないの。ああ、でも、あなたには帰る家すらなかったんでしたわね。失礼」
シンシアの言葉に、くすくすという忍び笑いがあちこちから漏れる。シンシアはブロンド美人だ。なのにお貴族様特有の高飛車な雰囲気があって残念に思う。
私が黙々と食事に取りかかると、
「何とか言いなさいよ、この売女!」
お貴族様が売女なんて言葉をよく知っていたな。コップの中の水をかけられそうになり、私は反射的にその手を叩き落としてしまう。癖でつい……。毒液なんかかけられたらたまったものじゃないからな。
ここは魔道士達が住む暁の塔だ。誰もが恐れ、敬う場所。
そんな場所で、魔道士達を怒らせるような真似をする奴はいないだろうとは思うけれど、やはり駄目だ。前世は常に死と隣り合わせだったから、その癖がどうもぬけない。お幸せなこいつらがちょっぴり羨ましい。気が付いた時には天国だろうから、常に気を張っているこっちとは違い、死の直前までのほほんと暮らしていける。
「何をするのよ!」
「……そっちが悪い」
私が憮然と言えば、
「あなたの存在自体が目障りなのよ! 消えて!」
聖女候補のシンシアが、そう言ってまなじりをつり上げた。言われなくてもその内脱落すると思う。どうして私が聖女候補なんかに選ばれたのかいまだに分からない。ここの星読みの目は全員節穴かな? いや、でも……私は首を捻ってしまう。
ここ暁の塔は魔道界の最高峰だ。ありとあらゆる魔道の知識と力がここに集結していて、ここ暁の塔の番人である五大魔道士は、魔道界に君臨している。つまりここにいる魔道士達は間違いなく、優れた者達ばかりだろう。
なら、予言の
サイラスにもちょくちょく会いに、は無理か……来るなって言われたもんなぁ。はぁ、未練だ。せめて特定の女がいてくれたら……いや、いたら確実に嫉妬しているから、やっぱりいいや、今のまんまで。慌てて首を横に振り、否定する。
特定の女がいないからこそ冷静でいられるのであって、これで目の前でいちゃつかれでもしたら、流石に爆発していたような気がする。
「五大魔道士に、私が邪魔だとそう言えばいい。何故そうしない?」
鬱々とした気分で私がそう言うと、言葉に詰まったようだ。
私を聖女候補に選んだのは星読みだが、それを決定したのは魔道界に君臨している五大魔道士達である。彼らに文句を言えばいいとそう思うのに、
「本当にあなた、生意気よ!」
さらに文句を言われてしまう。本当、私に言われても困るんだが……。ぶたれそうになり、彼女の腕を捻り上げてしまう。癖で……どうしようかな、これ。
「いたた、痛い! 何するのよ!」
「だから、お前が悪い」
「何をしているんだ?」
食堂に顔を出したのは五大魔道士の一人、エレミア・ウォードだった。
彼の顔を見て、私はつい身を引いてしまう。
私はこいつが苦手だった。茶色の髪を肩の辺りで綺麗に切りそろえた顔はハンサムで、人当たりが良く、人望もあったと思う。けれど、性格が最悪で、サイラスを嫌っていた為か、ニコニコ笑いながら、遠回しな嫌みを随分ぶちかましてくれた。
その上、魔術で若作りか……げっそりとなる。こいつもぜんっぜん年食ってないでやんの。本当に五十年たってるのか? と言いたくもなる。
五十年経っていると実感できるのは、こいつが五大魔道士の一人になっているという部分だけ。まぁ、実力はあったからな。当然と言えば当然の流れなのか。
そーいえば、ルーファスも五大魔道士の一人になっているんだよな。あのお調子者が五大魔道士かぁ……ここにいる連中、相当苦労しているんじゃないか? などと思っていると、
「いきなり乱暴されたんです! 何とかしていただけませんか? 彼女のような人が聖女候補だなんて何かの間違いです!」
聖女候補のシンシアがそう言い切った。
そのまま色気たっぷりにエレミアにしなだれかかろうとするも、それをさっとよけられてしまう。あ、そういやこいつ、極度の潔癖症だったな。色仕掛けは絶対止めた方が良いぞ? 強烈なしっぺ返しが来る。
エレミアがこちらに視線を向け、
「本当なの?」
そう聞いてきた。私は首を横に振る。
「いいえ。ぶたれそうになったので防いだだけです」
「違いますわ! いきなり暴力を振るわれました! 制裁をお願いします!」
私とシンシアの意見が真っ向から対立する。
貴族のお嬢様は、自分の意見がまかり通ると思っているのだろう、その口角が意地悪く上がった。まぁ、そうだろうな。私のような孤児とお貴族様じゃ、そうなるだろう。鞭打ちくらいですめば良いけれど。
「うーん……どうしようか……」
エレミアは本当に困っているようで、おやっとなった。こいつのことだから一方的に私を悪者にするかと思ったのに、何やら勝手が違う。サイラスと一緒にいた頃は、私が常に悪者にされたものだが、どういう心境の変化だろう?
不思議に思っていると、エレミアがにっこりと笑い、
「なら、二人揃って真実のフィールドの上に立ってもらおうかな? そうすれば事実がはっきりする」
そんなことを言い出した。真実のフィールド。真実以外口に出来なくなるっていうあれか。魔道界の裁判で何度か目にしたことがある。シンシアが目に見えて青ざめた。
「あ、あの、そんなことまでする必要は……」
「うん? もしかしてこの僕に対して嘘をついた?」
ひやりとした空気を感じ、ぞくりとなる。
エレミアがにっこりと笑った。
「僕、嘘つき大嫌いだから。特に君みたいに、実力も無いのにきゃんきゃんわめき立てる犬ほど見苦しいものは無いよ」
あー……そういや、こいつ。こういうところあったな。
そんな事を思い出す。
にこにこ笑いながら、気に食わないことがあると、笑顔のまま攻撃するんだ。今回は何が気に入らなかったんだかな……。予備動作なしに噛み付かれるようなもので、やられた方はたまらない。性格良さそうに見えて、もの凄く悪いってどうなんだ?
「い、いえ、そのような事は決して……」
「そう? なら、大丈夫だよね? 嘘をついた方が厳罰処分だから覚悟して?」
エレミアがにこにこと笑いながらそう言い、シンシアの顔がさらに青ざめる。
私が割って入った。
「あのう……ウォード様」
「何?」
「自己紹介された方がよくありませんか?」
私がそう言うと、不思議そうに首を傾げられてしまった。
「どうして?」
「多分、ですけど……彼女達はあなた様が、暁の塔の最高峰、五大魔道士のお一人だと気が付いていないのではないかと思いまして……」
五大魔道士であるエレミア・ウォードの見た目は質素な黒いローブ姿だ。若作りしているし、暁の塔にいる魔道士達と何ら変わらない格好である。グラント王国にいる司祭様のように、階級ごとに服装が違う、などということもない。魔道士達は全員簡素を常とする。
私がそう言うと、
「五大魔道士!?」
仰天した聖女候補達の声がハモる。
あ、やっぱり気が付いていなかったのか。グラント王国から聖女候補として連れてこられたが、暁の塔の五大魔道士とはまだ目通りしていない。
私は五大魔道士の名前を聞き、それで誰が誰だか分かっただけで、ここにいる魔道士達ならともかく、グラント王国から連れてこられたばかりの彼女達は多分知らないだろうと、そう思ったのだが、どうやら当たりだったようである。
エレミアがひょいっと肩をすくめた。
「ここでは当然の事実なんだけどね? まぁ、いいや。自己紹介がいるんなら、僕の名はエレミア・ウォード。五大魔道士の一人で、ここ暁の塔の番人の一人だよ。つまり僕一人でも君達を裁ける権利を有しているってわけ。これでいい?」
「も、申し分けございません!」
「とんだご無礼を致しました!」
「お、お許しを!」
全員がそれぞれ頭を下げる。
「ふうん? そうやって頭を下げるって事は、嘘をついたって認めるってこと?」
「も、申し分けございません!」
再度聖女候補のシンシアが頭を下げ、エレミアの瞳が冷たく光る。
が、脅しはここまでだった。冷たい表情が一転、笑顔になり、
「……今度からこんなことはないようにね? さっきも言ったけど、僕、嘘が大っ嫌いだから。鼻持ちならない女も嫌い。分かった?」
「分かりました!」
「なら、いいよ。さ、もう行って? 食事をした方がいい」
私を除いた全員がテーブルに向かい、
「ありがとうございました」
一応私はエレミアに礼を言った。助けられたのは確かだったので。
態度も平民である私を蔑むことなく公平で、ちょっとばかり驚いている。五十年の間に少し変わったとか? いや、そういや、こいつは元々魔道士達に人気があった。ただ、サイラスに冷たかっただけだ。何故だ?
エレミアが笑った。
「どういたしまして。ここは実力重視だからね、身分を笠に着ても無駄なんだ。上下関係は全て実力で決まるの」
ならどうしてサイラスに冷たかったんだ? サイラスの実力はお前より上だったろ? そう言いかけて止めた。争いの火種をわざわざ撒くこともないだろう。
「あ、ちょっと、君」
立ち去りかけるも、呼び止められてしまう。
「何でしょう?」
「僕、君と会ったことがある?」
それはもう、前世でかなり虐められました。そう思うも、それは口にせず、
「遠目でお見かけしたことはあります」
とだけ口にする。嘘は言っていない、嘘は。
エレミアはじいっとこちらを探るように眺め、
「ま、いいか。じゃあ、君も食事をするといいよ?」
そう言って笑ったエレミアの顔が今度は寒々しい。ははは、こっちは見覚えのある顔だ。既視感ありまくり。疑われているなぁ、私。まぁ、疑ったところで何も出てこないだろうけれど。今世では接点なしだ。
「はい、ありがとうございます」
そう言って背を向けた。エレミアの視線を背に感じながら。
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