元妻は最強聖女

白乃いちじく

第一章 戦女神降臨

第1話 再会

「もう愛してはいない」

 最愛の夫にそう言われたてしまったら、一体どうすればいいのだろう?

 私は呆然と立ち尽くす。いや、元夫だが……私は一度死んで生まれ変わったので、どうしてもそうなってしまう。

「お前と過ごした日々は、もう遠い過去のものだ。忘れてくれ」

 最愛の夫だった人は、冷たい眼差しでそう告げた。

 眩いブロンドに整いすぎている顔はいっそ鋭利だ。

 しかし、この展開は予想していなかった。一体どうすればいいんだ? おい。女神様。私の転生を手伝ってくれた戦女神に向かって、そう呼びかけてみる。呼びかけたところで答えてはくれないだろうけれど……。

 夫だったサイラスに会いたい、ただその一心で生まれ変わったのに……。はっきりいってハードすぎる道を通って……。その過程を思い出すだけで吐きそうだったが、そこは省くことにする。思い出せば本当にこの場で吐きそうだったから。

 で、どうしよう……本当にこの展開は予想外。

 私の遺体を抱きしめて離さなかったのはお前で……。

 子供が生まれるはずだったと、そう言って嘆いたのもお前で……。

 身重だったからな、私。

 その様子を目にした私は、申し訳なくて、悲しくて、もう一度お前に会いたいとそう願った。愛してた、恋しかった……会えたら抱きしめて、先に死んでごめんな、子供を産んであげられなくてごめんな、愛してる、そう言うつもりだったのに……。

 私はちらりと元夫の顔を見やった。

 私の元夫は素晴らしく見栄えのする人だ。

 陽光のような長い金の髪に、端整な顔立ち。白いローブを身にまとい、剣を身につけた姿はあくまで凜々しい。以前と全く変わらない、美術品のような風貌だ。時の流れなどまったく感じさせない。

 だもんだから、彼の愛の囁きなんか昨日の事のように思い出せる。

 愛してるって言ってくれた。というより、ベタ甘だった。甘やかしすぎなんだよ、お前ってくらい甘やかしてくれたんだけど……。

 だから、いまだもって愛されている、何て思っちゃったくらいで。

 いや、全部私の思い込みか?

 まぁ、よくよく考えればそうかもしれない。

 あれからえーっと、かれこれ五十年近い月日が流れているな、うん。

 思わず顔が引きつった。天界と地上の時間の流れ、違いすぎるだろ! 五十年経ってるって気が付いた時はびびったよ、こんちくしょう! 私の元夫は不老だから、私が死んだ当時の姿のまんまで、こうしてその姿を目にすると、ついその事実を忘れそうになるけど、そう、五十年経ってるんだよな。

 その間一人だったお前、偉いぞ? むちゃくちゃ感動した。

 だもんだから勘違いしたんだよな。今でも思ってくれていると……。喜び勇んで告白した私、馬鹿? ああ、元夫の視線がもの凄く冷たい。自分の記憶とギャップがありすぎて付いていけないくらいだ。お前誰? って言いたいくらいだよ。

 いや、でも、ここで日和ったら正真正銘の馬鹿だ。

 生まれ変わるためのあの苦労……今思うとよく通り抜けられたよな。手伝ってくれて戦女神様ありがとう。礼を言うも、はたと気が付く。

 いや、違うな……。最初はあの女神、ブラコン根性丸出しで、もの凄く虐められたんだ。勝手に死にやがってって罵られた。硝子の刃物の中に何度も突き落とされたっけ。痛かった。超しんどかった。もう死んでたから死ななかったけど、生きていたら私、一体何回死んだだろうな?

 まぁ、結局助けてくれたけどさ……。凍え死にそうになったけど暖めてくれたし、雪ネズミも追い払ってくれたし……。蹴落とされたけど……超痛かったけど……戦女神様容赦ない……ブラコン怖い。

 走馬灯の如く過去の記憶が流れゆく。

 真実の愛は不滅だなんて誰が言ったんだろうな? 心変わりをした元夫を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考える。美しい物語は大抵、両思いになって終わるんだよな? 生き別れた恋人とか妻とかと再会して、愛を再確認して感動の終幕だ。

 けど、現実はこれか……。

 ため息が漏れる。

 そりゃそうだよ。五十年……一人でいりゃあ心変わりもするわな。つうか、こいつ死ぬほどいい男なのになんで一人でいるんだ?

「あのさ、今現在付き合っている女性とかは?」

 ついついそんな事を聞いてしまう。

「いない」

「好きな女性も?」

「いない」

「男色に……」

「走っていない。妙な想像をするな」

 真面目に怒られた。ゴメン。

「なんで一人でいるんだ?」

 余計な世話だと言われると思ったけれど、

「私は合成種ダークハーフだ」

 私の元夫はそう答えた。

「知ってる」

合成種ダークハーフは忌み子だ」

「それも知ってる」

 何を今更、だな。元妻だぞ? 全部知ってるよ。

「でも、あんたは持ててたじゃん」

 そう、サイラスは見栄えが良い。性格も良い。魔術の腕は天才的。これで女が放っておく筈もない。密かなファンがいたことを私は知っている。

「お前は魔術の才はあるし、剣の腕も超一流で、むちゃくちゃ格好良いから女には人気があった。今でもそうなんだろ? 合成種ダークハーフの血の衝動はきちんと抑えているから、普通の人間にしか見えないしさ。どこに問題があるんだよ?」

「……血の衝動を抑える方法は?」

 元夫がうんざりしたように言う。

「動物の虐殺」

 合成種ダークハーフの血の衝動は殺戮衝動だ。

 生き物を殺したいって欲求が、合成種ダークハーフは定期的に襲ってくる。それを動物を殺して押さえなきゃならない。そうしないとその衝動が人間に向かってしまうから。

「そうだ。隠して見せていないだけで本性は変わらない。それを見せた時の反応はお前も知っての通りだ。そんな女どもと付き合いたいか?」

「そうじゃない奴もいるだろ?」

 私みたいに、そうは言わなかったけれど。

 サイラスの眉間に皺が寄る。

「いいから、帰れ。ここにいるだけでお前も白い目で見られる」

「前もそうだったけど、気にしない」

「私が気にするんだ。いいから、行け。二度とここへは来るんじゃない」

 部屋から閉め出されてしまった。

 本当にあっけない幕切れだな。今までの私の思いって、苦労って一体……。つい目線が遠くなる。でも、私の評判を気にするって事は、嫌われていないって事か? ただ、関心がなくなったってだけで……。なら、もう一度やり直せるとか? うーん……。

「エラ様!」

 様付けで呼ばれて、ついそのまま通り過ぎてしまいそうになるも、再度呼び止められ、ああ、自分の名前だったなと、ようやく理解する。

 様付けなんて慣れていない。前世も今も。

「部屋にいらっしゃらないので心配しました。護衛を撒くなんて、あなた様くらいのものですよ! もう二度となさらないでくださいまし!」

 そう言って年配の侍女に顔をしかめられてしまう。

 そう、うっとうしかったので撒いたのだ。今世は捨て子で前世は暗殺者……なのでシスターが私の親代わりなんだけど、私は天から恨まれてるのかな? 何て思ってしまう。主にあの女神に……。ブラコンやっぱり怖い。前世も今世も生まれ育ちが酷すぎる。

 いや、そうでもないか、と思い直す。

 今と比べれば、前世の方が格段に酷かった。

 なにせ過酷。筆舌に尽くしがたい環境だった。小さい頃から暗殺者としてしごかれ、人扱いされなかったのだ。それから考えれば、親からは捨てられたが、シスターは優しかった。超貧乏で腹をすかせてばかりいたけれど、ちゃんと人扱いはしてくれた。

 そう考えると、今世は幸せな環境だったと言える。親はいないけど。

 前世からの癖で、手にしたナイフをクルクルと回せば、

「そんな物騒な物は持たないでくださいな」

 侍女に取り上げられそうになり、ひょいっとそれをかわす。護身用なのだから取り上げられたらたまらない。

「何か用?」

 私がそう言うと、

「お夕食の時間です。その前に湯浴みをなさいませ」

「一人でやれるけど……」

 また侍女に体をごしごし洗われるのかと思うとうんざりする。

 侍女がまなじりをつり上げた。

「駄目ですよ。慣れてくださいまし。あなた様は聖女になられるお方なのですから」

「候補なんだけどなぁ」

 そう、あくまで候補だ。それらしい人物をかき集めただけ。星読みが星を読み、世界を救うとされる双星の救世主メシアを探し出すのが目的なんだとか。

 救世主メシアの片割れは女なんだな。

「とにかく駄目でございます! 聖女としての作法を身につけていただかないと、わたくしどもが叱られてしまいます!」

 そう言われては仕方が無い。しぶしぶ自室へと戻る。

「ねえ、聞きたいんだけど」

「なんでございましょう?」

「ここにいる合成種ダークハーフはサイラスだけ?」

 五十年前にいたはずの合成種ダークハーフ達を見かけない。気の良い奴らばかりで私とも仲が良かった。つい気になってそう問えば、侍女が息をのんだ気がした。

「……誰からその名を聞きましたか?」

 怯えているように見える。怯える要素なんてあったかな?

「噂話」

 適当に濁すと、侍女はほっとしたようだ。

「なら、忘れなさい。彼との交流は禁じられています」

「どうして?」

 そう聞き返すと、またまた驚かれてしまった。

「彼を合成種ダークハーフだと知っているのでしょう?」

 私が頷くと、

「なら言わなくても分かるはずです。危険だからですよ」

 危険?

「サイラスは優しくて勇敢だ。弱い者に手を上げたりしない」

 あんなに良い奴はいない。なのにこの反応は何だ? つい眉間に皺が寄る。

「……それも噂話ですか?」

 侍女の言葉に私が頷くと、

「なら、それも忘れなさい。嘘っぱちですよ、そんなものは」

 私は顔をしかめてしまった。サイラスの評判は地に落ちているらしい。ここまで酷かったかな? 五十年の間に何があったんだろう? 確かに合成種ダークハーフは疎んじられていたけれど、暁の塔では普通に生活出来ていたはずだ。ここには聖なる精霊がいる。合成種ダークハーフの狂気を沈めてくれるから安全だ。

 あ、そうだ!

「ねえ、さっきの質問なんだけど、サイラス以外の合成種ダークハーフはいないの?」

 再度尋ねると、侍女はしぶしぶいると教えてくれたが、「交流は禁止です」と言われてしまった。いるんだ。気持ちがぱっと明るくなる。なら、今どういう状況なのかは彼らに聞けばいいか。そう思い、私は口を閉じた。


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