第37話 ゼノスの決意
「……お節介を焼くな」
サイラスの眉間に皺がよる。やっぱり迷惑そう。
ゼノスが言った。
「それはサイラス様も一緒でしょう? 俺をあの場から無理矢理引き離して、連れてきたのはサイラス様だ」
「あれは……」
「分かってますよ。ちゃんと感謝しています。でも、お節介焼きなのは同じでしょう?
相当な負荷?
「必要だからな。で、話は?」
「エラはアイダ・プワソンですよね?」
「聞いたのか?」
サイラスの言葉にゼノスが頷く。
「どうして拒絶するんですか? エラをいまだに思っているって、エラが倒れた時のサイラス様の反応を見れば、誰でも気が付きますよ、あれじゃあ……」
「どうして、か……お前がそれを言うのか?」
サイラスがため息交じりに言った。
「俺なら一緒になりますよ?」
ゼノスがそう言い切った。
「恐れていたってしょうが無いでしょう? 人生全部を諦めろと? 俺は嫌です」
「お前の父親は……」
「ええ、お袋を食い殺しましたね。くそったれ神官のせいで」
私は息をのんだ。
爆弾発言もいいとこなのに、ゼノスの表情は変わらない。
「そして、この俺は親父を殺し、その肉を食った。サイラス様が知っている通りです。人非人上等。
「ゼノス……」
「どうして拒絶するんですか!」
「やめろ!」
殺気すら含んだサイラスの反撃をくらって、ようようゼノスも口を閉じる。けれど、一歩も引く気は無いようで、ゼノスの鋭い眼光はそのままだ。
でも、本当にゼノスは支配されていないんだな。
サイラスとゼノスのやりとりを見てそう思う。
ゼノスはサイラスに従属しているはずなのに、ゼノスは自分が思う通りに行動できている。今だって従属の命令一つで黙らせることが出来たはずなのに、サイラスはそれをしない。いや、もしかしたら、支配しないように自分を縛っているのでは? そう勘ぐってしまうほどだ。
サイラスは落ち着けるように呼吸を整え、
「エラが死んだのは私のせいなんだ」
そう告げ、ゼノスが怪訝そうに眉をひそめる。
「どういう……」
「エラを殺した刺客は、私を狙ってきたものだ。エラが目的だったわけじゃない」
「サイラス様が命を狙われていた? 聖光騎士団の連中ですか?」
「セレスティア王国の王妃が私の首に賞金をかけた」
私は目をむいた。
セレスティア王国の王妃って……サイラスの義母じゃないか!
ええ? 何でだ? 確かに彼女はずっとサイラスの命を狙っていたけれど、それは自分の息子に王冠を継がせたかったからで、サイラスは父親を殺して城を追われたから、望み通り自分の息子が王冠を継いだはず……。
それでどうして?
私の疑問を感じ取ったか、
「私の存在が恐ろしかったらしい。いつ寝首を掻かれるかとびくびくしていたようだ」
サイラスがそう答えた。
「それで賞金まで掛けて殺そうとした? でも、お前に殺意なんて」
私がそう言うと、サイラスが頷く。
「ああ、無かった。殺そうと思えばいつでも殺せたが……あれでも母親だからと情けをかけたのが、逆にあだになったようだな」
「それで、その後は?」
「ああ、流石に逆上して殺しに行ったが……あまりにも哀れで結局放置した」
「哀れ?」
「私が父王を殺した場面を何度も夢に見るんだそうだ。あの時の私は、王太后が送り込んだ虎を、素手で引き裂いて殺したからな。それがよほど恐ろしかったようで、その光景を何度も夢に見て、うなされる。食事もろくに喉を通らない。痩せ衰えた老婆のようになっていて、あれではな……」
サイラスが苦笑したような気がした。
「もう、命を狙われることはない?」
私がそう問えば、
「とっくに死んでいる」
ああ、五十年経ってるもんな。そりゃ、そうか。
「なら……」
「アイダと一緒になったことをあの時に後悔した」
サイラスにそう言われて息が詰まる。
「お前は私を嫌っていたろう?」
青い瞳に見つめられて、身を縮めた。え、まぁ、最初は……だって極度の男嫌いだったから。気が付いていたのか……。
「それを無理矢理妻にしたんだ。私が殺したようなもの……」
「それは違う!」
私は全力で否定した。お前のせいなんかであるもんか! 第一、私は幸せだった! 幸せだったんだ!
「私は自分の意志でお前と一緒になったんだ! お前が好きだったから! 私は後悔なんかしていない! たとえこの先同じように死んだとしても……」
後悔しない、そう言いかけたけど、サイラスの表情は動かなくて、強い意志を秘めた瞳に見つめられて、言葉が尻つぼみに消えてしまう。感じるのはやっぱり拒絶だ。それ以上は口にするなと言わんばかりの……。
「他の男を選ぶんだ、エラ」
きっぱりとそう言われてしまう。
どう答えればいいのか分からず、立ち尽くしていると、
「……なら、俺がもらってもいいですか?」
やおら、ゼノスがそんな事を言い出して、私は混乱した。
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