第36話 真実はどこに

「図星か?」


 ゼノスにそう問われ、


「え、あ……」


 咄嗟に答えられない。何て言えばいいんだ?


「一度、写真を見たことがあるんだ。そういや妻子を亡くしたって言ってたなって。で、あの時のサイラス様の狼狽えようが尋常じゃなかったら、もしかしてって、ずっと思ってた」

「あの時?」

「戦女神が顕現して元に戻った時、お前ぶっ倒れたろ? サイラス様はそれを見て、相当動揺したみたいで、顔なんか真っ青で、エラの名前をずっと呼んでた。魔術を使っても芳しい反応が無かったみたいで、まぁ、神憑りってそういうものらしいな? んで、医務室までエラを抱えて走って、そのままずっと離れなかったんだ。五大魔道士達の文句すら蹴散らしてた」


 え……。びっくりしてしまって言葉が出ない。そんなの聞いてないぞ。

 でも、もう、愛してないって。近づくなって……なのに、どうしてだ?


「何々? 何の話?」


 一緒にいたロイが不思議そうに首を傾げる。

 ああ、そういや前世の記憶があるって話は、ゼノスにしかしていなかったな。それで、前世の記憶があるって話をロイとエドガーの二人にざっと話して聞かせて、サイラスに会うために生まれ変わったんだって話をしたら、


「だったら、会いに行けばいい」


 話を聞いたロイとエドガーが驚くより先に、ゼノスにそう言われてしまう。


「もう来るなって言われた。愛してないからって……」


 ぼそぼそとサイラスの反応を告げれば、


「んなもん、嘘に決まってんだろ?」


 呆れたように言われてしまう。


「あの反応見りゃ、誰だって……ああ、でも、気持ちは分かるさ」


 不思議そうに見上げれば、


「エラを巻き込みたくない、そう思ったんじゃないのか? 俺達合成種ダークハーフは敵視されてるから」

「それだけ、かな?」

「だけじゃねーと思うけど……。合成種ダークハーフは同族同士殺し合うから、下手すりゃ自分の子を殺っちまう。それを恐れて子を作らない合成種ダークハーフもいる。それに……」

「それに?」

「自分で妻を殺す場合もあるんだよ」


 流石に絶句してしまって。


「え? でも、ほら、狂気の揺れに気をつけていれば……」

「そうだな。確実ってわけじゃない。けど俺の親父は……」


 ゼノスは何かを言いかけて、やめた。

 ザンバラな黒髪をがしがしと掻く。


「ああ、いや、いい。あれは神殿の連中が悪い。とにかく、だ。多分、サイラス様の場合は、エラに危害が及ぶことを恐れての発言だろうから、どうしても一緒になりたいんなら、ここは押すしかねーんじゃねーの? このまんまだと、何の進展もないまま終わるぞ?」

「でも、一度は結婚したのに……」


 何でここで拒否?


「まぁ、怖くなったのかもな。合成種ダークハーフ同士の抗争で、サイラス様は仲間を一気になくしてるから」


 あ……そうかも……。

 ゼノスに顔を覗き込まれてしまう。


「で? エラはどうしたいんだ? さっきも言ったように、俺達合成種ダークハーフは狂気の制御に失敗すれば、殺人鬼になる可能性がある。これはこの先、どうしたってつきまとう問題だぜ? 俺達の中から魔人シヤイタンの血を取り除けない限りはな」

「……殺されても良いから一緒にいたい」


 そう言うとゼノスが息をのんだ気がした。やっぱり重いよな、これ……。


 ――このミネア様の愛と同じ重さはこいつだけ!


 あれと同じ重さ……。

 ミネア様の台詞を思い出して、頭を抱えそうになる。

 あれと同じは、死ぬほど嫌なんだけどぉ! ミネア様のあれは重いだけじゃなくて、粘着質なんだよ! サイラスに絶対嫌がられるって! どーすんだよ、もう!


「……泣くな」


 ため息交じりにゼノスに指で頬をぬぐわれて、ようやく気が付いた。自分が泣いてるってことに……。でも意味は説明できない。っていうか、言いたくない。重すぎる粘着愛を軽くする方法を教えてくれ! 頼むから!


「行くぞ」

「え?」


 ゼノスに手を引っ張られ、つんのめるようにして歩き出す。


「ど、どこ行くんだ?」

「サイラス様のところに決まってる」


 思わずぎょっとなる。


「で、でも!」

「ここでうじうじしてたってしょうがねーだろ? 会いに行けよ、うっとうしい」


 うっとうしい……悪かったな! つい、むくれれば、


「その方がずっといい」


 ゼノスに笑われてしまった。ん? もしかして、慰められた? こいつ、言動は乱暴だけど、本当に優しいな……。つい、じんっとなってしまう。

 後ろを見ると、エドガーだけじゃなく、ロイまでくっついてきている。護衛のエドガーがついてくるのは当たり前だけど、なんでロイまで?


「別に付き合わなくてもいいんだぞ?」

「えー? 僕だけ仲間はずれなんてやだ」


 ロイがむくれたように言う。

 仲間はずれって……ま、いいか。人数は多い方が心強い。


 んで、おおう。サイラスの部屋の前に、あの肌の浅黒い南国風の大男が立ちはだかっている。名前はユリウス・クラウザー。鎧を素肌に直接つけているから、見ているこっちが寒い。合成種ダークハーフは暑さ寒さにも強いっていうから、まぁ、こいつは平気なんだろうけど。


「……そいつらは?」


 扉の前に立ちはだかっている大男のユリウスの視線が痛い。やっぱり不審人物だと思われたらしい。


「聖女様とその護衛」


 ゼノスのしれっとした返答に、ユリウスが眉間に皺を寄せた。


「見れば分かる。どうして一緒にいる?」

「友人だからな」

「友人? お前の?」

「そうだ」


 しげしげとユリウスが私を見て、


「どういう風の吹き回しだか……」


 そんな事を口にする。聖女である私と一緒にいるのが意外なのか?


「いいから、さっさとそこどけよ。サイラス様に会いに来たんだ」


 ゼノスがそう要求すると、ユリウスは動いてくれた。

 強面で融通が利かなそうに見えるのに、仲間だからかな? ゼノスはユリウスにかなり信用されているのかもしれない。まぁ、元々合成種ダークハーフはどいつも仲間意識が強いけれど。ヨアヒムが例外なんだ。


 ドアをノックし、確認を取って中へ入れてくれた。

 前来た時はいなかったよな。小用か? 通りすがりに、ついそんな事をぽろっと漏らせば、ユリウスに嫌な顔をされた。違ったらしい。


 部屋の中へ入ればサイラスがいて、一瞬目が合い、心臓が跳ね上がった。

 紺碧の空によく似た色の……。


 長い金の髪は日の光のようで、端正な顔立ちは神々の祝福を受けたかのよう。いつもの金の装飾が施された豪奢な白いローブ姿だけれど、やはり剣を身につけている。魔道士で剣を扱うのはサイラスだけなんだよな。魔道士は基本ひょろいのばっかだ。サイラスだけは筋肉質で、まんま戦士の体型をしている。

 そういや、サイラスは軍神なんだっけ。納得。


「どうしてここへ来た?」


 来るなと言っておいたはずだと言いたげに、サイラスが開口一番そう言い、


「俺が連れてきました」


 私が口を開くより先にゼノスが言う。


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