第63話 愛しの君

 リアンの悲鳴が地の底に消え、赤黒かった空が満点の星空に変わる。


「聖女様」

「聖女様だ」

「よかったご無事だ!」


 わらわらと魔道士達が集まってくる。遅いよ、おまいら。

 で、毎度の如く憑依から解放されると気絶するんだけど、


「……お前が俺を解放してくれたと聞いた。助かった。礼を言う」


 翌日の夕方、目を覚ますとベッドの脇にオリビエがいて、ちょっとばかりびびった。火傷の痕が痛々しいんだよな。何とかならないかな、そう思ってしまう。


「いや? 解放したのはサイラスだ」


 奴隷印のことだよな? 私がそう指摘すると、


「お前が頼んだからだと、そう言われた。でなければ殺すところだったと……」


 ああ、そういや、そうだったな。


「お前に忠誠を誓う。俺の命は今からお前のものだ」


 へ? やおらオリビエがそう言って跪き、私は仰天した。はいぃ? いや、ちょ、待て待て待て! 何でいきなりそんな展開に?


「いや、だから! 奴隷印を壊したのはサイラスだってば!」

「それを指示したのはあんただろ?」

「確かにそうだけど……」


 困惑するしかない。だってやったのはサイラスだし……。


「俺の命がいらないのなら、この場で切り捨ててくれても……」


 オリビエの台詞に私は目をむいた。


「物騒すぐる! 流石聖光騎士団総団長の息子!」


 私がそう叫ぶと、


「息子じゃ無い」


 オリビエの眉間に皺が寄った。あ、違う?


「あのくそ女と結婚する体裁を整えるために、無理矢理養子にさせられたんだ。俺は奴隷市から実験体としてあのくそ女に買われて、魔道実験を繰り返され、散々玩具にされてきた。逆らいたくても逆らえない。奴隷印が俺の自由の全てを奪った。その自由を取り戻してくれたあんたに全てを捧げる。そんなに可笑しな事か?」


 いや、そう言われてもなぁ……。困った……。

 自由にしてていいんだぞ? 私の護衛はエドガーがいるからさ。一応そう言っておく。無理矢理辞退すると、またまた切り捨ててくれていいとか言い出しそうで嫌だ。何でそんなに律儀なんだよ、もう……。


 で、後日、火傷が綺麗に治っているオリビエを見て、私はあんぐりと口を開けてしまった。え? 何でだ?


「火傷を負ったのも、治さなかったのもわざとだ。そうすればあのくそ女が俺に興味をなくすと、そう思ったんだ」


 オリビエがしれっとそう言った。

 左様で……綺麗だな。うん、サイラスそっくりだな。女達の注目集めてるぞ? 私の涙返せ。そう、言いそうになったけど口を閉じる。だって、実験体にされて悲惨だったのは変わらないから。せめてこれからは幸せになってくれ。

 解放されてよかったな、そう言えば、


「感謝している」


 オリビエが笑い、再度忠誠を誓われてしまった。いや、それ、いらないから……とは言えない。こいつ物騒なんだもん。自由にしててくれ、そう言えば、


「だから俺の自由意志だ」


 そう返される。はいはい、分かりましたよ、もう。エドガーと喧嘩だけはするな?

 しかし、そっくりだとあの時は思ったけど、こうして並んでみると結構違う。いや、顔はそっくりなんだけれど、性格の違いか? 雰囲気がまったく違うから、髪の色と目の色がたとえ同じだったとしても、多分、これなら間違えないな、そう思った。


「あの女はあんたにご執心だったようだな?」


 ある時、オリビエはサイラスにそう言った。

 どうやら聞いた話、オリビエはサイラスのふりを散々させられたらしい。ってことは、顔だけじゃなく、リアンはオリビエの人格まで否定してたってことか? リアン、本当にちょっと性格ゆがみすぎだぞ、お前。


「……迷惑をかけたな」


 サイラスがそう言い、


「別にあんたを責めたわけじゃない。大変だったろうなって思っただけだ」


 オリビエはそう答えて笑った。

 んで、緑の怪物になった聖光騎士団の連中はやっぱり生きていてお縄になったけれど、主犯であるリアンは行方不明という扱いになった。


 実際は契約者となって地獄落ちなのだけれど、表沙汰には出来ない案件らしい。聖女の命を狙ったというだけでも許しがたい愚行なのに、高潔をつねとする魔道士が、地獄の王と契約するなど、五大魔道士の威信すら揺らぎかねない醜聞なのだそう。

 さよけ。けど、ことあるごとに高潔高潔言うのもあれだよなぁ……。


 そんなんだから、合成種ダークハーフを見下すなんて真似をするわけで、もっと大らかにと言いたいが、魔道士は高潔であるべしというのが魔道界の常識になっている以上、覆すのは難しそうだ。


「どうした?」


 ベッドの中で、サイラスの声が耳をくすぐる。くすぐったくて嬉しい。


「ん……幸せを噛みしめていただけ」


 毎日こうしてサイラスの顔が見られるなんて幸せだ。銀色の束縛はもうない。でも、こうして一緒にいられる。幸せだ。

 サイラスの寝顔を見られないのが残念だけれど。だって、寝るのはサイラスの方が遅くて、起きるのはこいつの方が早い。本当に寝ているか? というくらい睡眠時間短いんだよな、サイラスは。いや、知ってるけどさ。


 ベッドの中でひっつけば、こうして抱きしめ返してくれる。自分を見つめる瞳は、青く澄んだ空の色。狂気の片鱗が見えないのは良いことだ。

 そう思うも、予言の成就はこれからだ。


 魔人シヤイタンの襲来は確実にやってくるのだそう。彼らは次元通路の向こう側で、戦争の準備を着々と進めているんだとか。絶対に避けようのない戦争だから、こうして二人の神族が救世主メシアとして立ったらしい。人類救済のために。だけど、


 ――言っとくけど、あたしは人類なんかどうだっていい。


 ある時、ミネア様にそう言われてしまった。


 ――マルティスさえ助かれば、他はどうでもいいんだ。人間が魔人シヤイタンに滅ぼされたって、あたしは全然かまわないね。でも、マルティスを助けるには、こうして人類救済に手を貸すしか無いから、そうしているだけ。だから、もし、血の浄化に失敗して、マルティスが地獄に落ちようものなら、あたしはディーの側に回る。人間なんか滅ぼしてやるから、そのつもりでな?


 軽い口調だったけれど、ミネア様は本気だ。本気でサイラス意外はどうでもいいって思ってる。でも……。


 ――全力でサイラスを助けるって約束します! だから、力を貸して下さい!


 私がそう言うと、ミネア様は笑ってくれた。


 ――あはは! よく言った! 流石あたしの下僕なだけあるな! よっし、がんばれ! 全力で助けてやるから!


 下僕じゃ無いけど、でも、サイラスを思う気持ちだけは一緒で、本物だと思うから、私はこうしてミネア様を信頼する。


 ベッドの中のサイラスが私の髪を撫で、唇に優しいキスをくれた。自分を見つめるサイラスの熱い瞳だけでもう胸がいっぱいで、至福である。だから、今だけはこの幸せに浸っていよう。たとえこれが嵐の前の静けさだとしても。

 サイラス、愛している。私は心の中でそっと呟いた。



***** はい、ここで第二章終了です。本当はこれ、三部構成(第三章が戦争突入、予言の成就のお話です)のお話なんですけれど、とりあえす、ここで終了タグつけますね。お付き合い下さりありがとうございました。*****


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元妻は最強聖女 白乃いちじく @siroitijiku

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