第30話 空中散歩

「でも、助けてやるんだな?」

 私がそう言うと、

「……さっきのは見捨てても良かったんだが。エラがいたからな」

 ゼノスのむすっとした声が返ってくる。

「ん? じゃあ、ヨアヒムはおまけ?」

「そういうことだ」

 はははと笑ってしまう。

「そういやお前、ウサギ小屋で何やってたんだ? 殺戮衝動の沈静化か?」

 でも、血の臭いはしないんだよな。

「別に何も?」

「なら、ウサギ小屋の前でぼーっとしてたのか?」

「いや、俺は別にあそこにいたわけじゃない。悲鳴が聞こえたんで、駆けつけたんだ」

 あ、あれ、効果あったのか。

「なら、森を散歩してたとか?」

「いや、部屋にいたよ」

 部屋!?

「え? あそこから、ここまで? 空でも飛んだのか?」

 移動、早すぎないか?

「壁伝って降りて、木から木へ飛び移って移動した」

 ゼノスが事もなげに言う。うっわ。鳥だ。本当に身軽なんだな。

「黒い鳥か……」

「ん?」

「いいや。何かお前と木の上の散歩でも出来たら楽しそうだなって思っただけ」

 無理だろうけど、そう思ったのに。

 次の瞬間、ゼノスにふわりと抱き上げられて、気が付けば木の上だ。うわあ、凄い。空が高い! んでもって足場、ほっそ! どう見ても人が立てるような場所じゃない。怖々下を覗き込んでいると、

「大丈夫だ、落ちたりしない」

 ゼノスがそう口にした。

「本当か? どうやって立ってる?」

「さあ?」

 さあって……。

「理屈じゃねぇから。出来るからやってるだけ」

 そういうもんか? まぁ、慣れているんだろうから、心配はいらないか。風が吹いて揺れたので、慌ててゼノスにしがみつけば笑われた。こんな高い場所で揺れりゃ、そりゃ怖いよ、もう。しかえしに髪をぐしゃぐしゃにしてやった。

「おうい」

「笑った罰ですよーだ」

 そう言うと、再びくすくすと笑われた。なんなん?

 けど、こんな光景、滅多に見られない。夕日が綺麗で、ゼノスと一緒になって暢気にそれを堪能していたけれど、はたと気が付いた。

 あ、エドガー。忘れてた。私って結構薄情だな。とって返せば、エドガーは引き受けた男達をきっちり片付けていて、私を捜し回っていた。

「エラ様! ご無事で!」

 ほっとしたようにエドガーが走り寄ってきた。シンシアは逃げたかな? でも、まぁ、くそ真面目なエドガーがきっちり報告するだろうから、逃げられないだろうけれど。

 エドガーがゼノスと顔を合わせると、二人の間に一瞬ぴりっとした空気が走るも、

「ゼノスが助けてくれたんだ」

 私がそう言うと、エドガーは態度を軟化させた。

「ありがとうございます。私の落ち度です、助かりました」

 きちんと礼を口にする。こういうところは本当、真面目だな。

「シンシアは?」

 私が尋ねると、

「逃げたようです。ですが、ここはきっちり報告させていただきますので、相応の処分はあるかと……」

 エドガーがそう答えた。やっぱり……。けど、お家取り潰しなんてならなきゃいいけどな。五大魔道士は一国の王と同等の権力があるんだぞ? 伯爵令嬢ごとき、簡単に潰せる。それ分かっててやったのかな? ま、私の知ったこっちゃないが。

「あ、ゼノス」

 私は立ち去りかけた彼を呼び止め、

「楽しかったよ、空中散歩。ありがとう」

 私がそう礼を言うと、ゼノスの顔に掠めるような笑みが浮かんで消えた。

 その顔がやけに印象的で、思わず見入ってしまう。うわっ、ちょっとドキドキしたぞ。やっぱ、良い男だな、ゼノスは。あいつなら絶対可愛い彼女できる。

 でも、あいつの振られ方、ちょっとあれだよな。化け物って……。精神豆腐の女は避けた方が良い。荒事に慣れている女の方が良いのか? 女騎士とか……。

 ――マルティス、アイラブユー。

 いや、ああいうのは論外だから。もうちょっと普通の女がいいな、うん。

 脳裏に浮かんだ幻影を頭を振って追い出した。あれは鋼の心臓を通り越して、ダイヤモンド並の頑丈さだ。人間じゃないしな。天界で友達になった女達は、みんなおしとやかで綺麗で理想の女性像だったけど……。

 ――天女って根性なしが多いのな。ふぬけだふぬけ。生まれ変わるための試練の谷に放り込んでも、半分も行かずに脱落する。

 これもなぁ……。でも、ここから考えると私もちょっと規格外か? 試練の谷三倍モードクリアって……我ながらよくやったよな。完璧トラウマになったけど。

 で、後日。

 精神豆腐のヨアヒムが、私の部屋までやってきて、泣きながら謝った。


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