第29話 仕返しにご用心

「ね、ちょっといいかしら」

 暁の塔内で、私を呼び止めたのは、聖女候補だったブロンド美人のシンシアだ。彼女と同じ聖女候補達は全員、明日グラント王国へ帰る予定だと聞いている。

「少しあなたと話がしたいの」

 話? 友人でも何でもないのに……。

 そう思うも、再度頼まれ、しぶしぶ了承する羽目となる。

 その後、指定された場所まで行けば、そこでは大勢の男が待ち構えていて、ああ、罠だったのだと理解する。ここはまほろばの森の中にある飼育場だ。周囲に他の人影はない。護衛のエドガーが、私を後ろへ下がらせた。

「……シンシア様、これはどういうつもりですか?」

 十人近い男達を前に、エドガーが殺気立つ。

「あなたには全く関係ない事よね。ここから立ち去ってくれれば、私の家で優遇してもいいわよ? 雇ってあげる。将来を保証してあげるわ」

 そう言われるも、エドガーが立ち去る様子はない。

「……エラ様を害すれば、ここ暁の塔の五大魔道士達が黙ってはいませんよ? 相応の報いを受けることになります」

 エドガーがそう脅すと、シンシアがさも馬鹿にしたように笑った。

「あら、そんなことにはならないわよ。私は伯爵令嬢よ? そんな孤児をどうこうしたところで、目くじらを立てるわけが無いじゃない」

「エラ様は聖女です!」

「ああ、あなたまで騙されているのね。いいわ。だったら、目を覚まさせてあげる」

 シンシアが私に向き直った。

「生意気なのよ、あなた。どうやってここの魔道士達に取り入ったのかは知らないけれど、化けの皮剥がしてやるわ。偽聖女さん?」

 痛めつける気かな? そう思うも、

「あなた、男を喜ばせるのに慣れているでしょう? あばずれだもの。彼らの相手をしてあげたらどう? あなたにぴったりの相手を探してあげたわ」

 くすくすと笑い、それにあわせるように、シンシアに付き従っている男達が下卑た笑い声を上げた。成る程な。男達に襲わせて、聖女としての威厳を奪おうというわけか。しかし、お嬢様が考えることにしては随分と醜悪だ。

 エドガーが私の肩を押した。

「こいつらは私が引き受けます。逃げてください!」

 どんっと押され、私は走り出す。とはいえ、多勢に無勢だ。護衛であるエドガーの手をすり抜けた男達が数名、私を追いかけてきた。

 走りながら手にしたナイフをくるくると回す。四人か……どうしようかな。これ位なら、全員殺れそうだけど……。男の喉をかっ切る聖女なんて、血生臭くてかなわない。

 うーん、やっぱりここは、

「きゃーーーーーーーー!」

 なんて、一応しおらしく叫んでみる。魔道士の一人でも引っかかれば、そう思ったんだけど、引っかかったのが……。

「エラ?」

 ヨアヒム……。

 ウサギ小屋の影からひょいっと出てきたのは、例のお綺麗な顔である。いらない、お前、いらない。何でこんな所に……。あ、ウサギと遊んでたのか? ウサギのもっこもこ好きだもんな、お前。けど、今は……。あああ、もう! すっこんでろ!

「見ろよ、お綺麗なお嬢ちゃんだ。獲物が増えたぞ?」

 げらげら男達が笑う。うっわ。ヨアヒムの奴、男なのに襲われる対象にされてるよ! 綺麗な顔ってのはやっぱりあだになるんだな。

「エラ、こっちへ!」

 ヨアヒムが手を伸ばし、私の手を掴んだ。

 そのまま彼に手を引かれて走り出すも、途中から私がヨアヒムを引っ張る羽目となる。こいつ、体力ねぇええええ! 息切れしてるし! 運動不足だよ! もうちょっとそのひょろい体なんとかしろ! 何しに出てきた? 足手まといだ!

 足を取られたヨアヒムにぐんっと引っ張られ、こちらも蹴躓く。そろって転んだ。無様だ。細くてもヨアヒムの方が身長あるもんな。そりゃ、引っ張られるよ。

「ははは、鬼ごっこは終わりだ」

 そう言って男の一人が私にのしかかり、私の衣服に手をかける。

 舌なめずりせんばかりの男の顔を見返し、私はナイフを握る手に力を込めた。私の技は暗殺術だ。反撃は息の根を止める。気絶させるなどという真似は出来ない。

 これから起こる惨劇を予想したその瞬間、男の顔が地面に沈む。誰かに踏みつけられたのだと理解した時には、もう一人の男の方も吹っ飛んでいて、サイラスか? 何て一瞬期待したけれど、違った。

 そこにいたのは黒い疾風、ゼノスだった。

 こいつも何でこんなとこに? やっぱりウサギ小屋に用があったとか? まぁ、こいつの場合は獲物だろうけれど……。殺戮衝動の沈静化かな? それにしては血の臭いがしない。その前か。

「何しやがる!」

 と、男はいきり立つも、ゼノスは蹴りだけで四人の男達全員をのしてしまった。明らかに面倒くさそうだけれど、目は剣呑で笑っていない。

 でも、助かった。私はほっと胸をなで下ろす。自分の手を汚さずにすんだ。やっぱり血みどろ聖女はまずいよな。

「大丈夫か?」

 差し出されたゼノスの手を握り返せば、立ち上がらせてくれる。ははは、優しいよな、こいつも。

「ありがとう」

 私はそう礼を言った。本当、助かった。

「エラ、大丈夫?」

 ヨアヒムが近寄ろうとするも、その前にゼノスがヨアヒムの横っ面を張った。

 あー……転んだのは確かにヨアヒムのせいだけど、別に男達に襲われたのは彼のせいじゃないんで、そう言おうとするも、

「どうしてあいつらを追い払わなかった」

 剣呑なゼノスの声がそう告げる。どうやら非難する所が違ったようで、

「どうしてって、む、無理だよ、そんなの」

 ヨアヒムが頬を押さえつつ、おどおどと反論する。

 まぁ、無理だよな。邪眼イビルアイを持った合成種ダークハーフは、それ以外の攻撃方法を持たない。生き物を殺せないこいつじゃ、あいつらを追い払う手段がない。

 けれど、ゼノスの考えは違ったようである。

邪眼イビルアイを発露させればいい。邪眼イビルアイの直視は死の恐怖を誘発する。邪眼イビルアイで脅せば、ああいった連中なら十分追い払えた筈だ。殺したくないって、めそめそ泣くお前にはぴったりのやり方だろ? なのに、どうしてそうしなかった?」

「だ、それは……」

 再びビンタ。うっわ。容赦ないな。

「……邪眼イビルアイを見せて、エラに嫌われたくない、そんな風に思ったか?」

 ヨアヒムが言葉に詰まった。え? 図星か? いや、でも、邪眼イビルアイは私、見慣れてるけどな? というか、殺し自体慣れているから別に……あー、ヨアヒムは知らないか。

 ゼノスが苛立たしげに言う。

「本当、イライラするよ、お前は。避けられる筈の争いすら、そうやって逃げるから、被害が拡大する。それで人殺しなんて罵倒されちゃたまらないね。その後始末は誰がやっていると思っているんだ? 俺達だよ。まったく。いい加減にしてくれ」

「助けてなんて……」

「あん? 言ってない? で、エラが乱暴されて、お前は黙って見ているつもりだったのか?」

 ヨアヒムが目に見えてしおれて、ゼノスがたたみかけた。

「お前の優しさとやらは、周囲の人間を殺すんだ。他の人間が犠牲になるんだよ。よく覚えておけ」

 ゼノスに手を引かれて歩き出すも、

「ヨアヒムは……」

 気になってそう問えば、

「放っておけ」

 そう言われてしまう。でもなぁ……。

「少しは痛い目にあった方がいい。あいつはああやって危険に簡単に足を突っ込むくせに、自分で防衛出来ないときている。助けられるのが当たり前で、どれだけ迷惑をかけても、反省しない。行動が変わらないんだ。どうしようもねぇな」

 この口ぶり……。

「結構、ヨアヒムを助けてきたとか?」

「ああ。仕方なく、嫌々」

 私は吹き出してしまった。


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