第44話 仮病

 エドガーが真顔のまま淡々と言う。


「で、どうします? そちらの御仁は、どうやら合成種ダークハーフのような気がしますが、目立ちまくってますね。せめて私に知らせてくれていたら、はい、少しは協力して差し上げましたが、ここまでくるともう無理ですね。後始末は御自分でどうぞ」

「もしかして、護衛を撒かれたこと根に持ってるか?」


 私がそう言うと、これまた真顔で答えられた。


「ええ、はい、きっちり。撒かないで下さいねって、再三言いましたよね? 何かあったら責任問題だと何度も何度も何度も……」

「ああ、分かった、悪かった!」

「聖女様、素晴らしい!」


 拍手喝采してくれた人の中からそんな声が出て、


「是非、ダンスホールでもう一度!」


 などと言われてしまう。いや、目立つのまずいんだけど……なんて言うわけにも行かず、ゼノスと一緒にダンスホールまで連れて行かれてしまう。

 エドガーは当然の如く助けてくれない。自業自得と言わんばかりだ。


 えー……エレミアに見つかりませんように、いや、あれが見ていないわけ無いけど、ばれませんように……って、ルーファスぅ! 信じてるからな! 合成種ダークハーフだってばれたら一蓮托生、お前の名前出すからな! 気張れ! 頼むぅ!


 で、音楽開始っと……。

 ゼノスと向かい合って、ダンスの始まりの態勢になる。

 ルーファスの言う通り、あれだ! ばれたら、冗談ぴょーん! って言って逃げるか。後は聖女の権限で押し通すと。最悪、ミネア様を呼び出して大混乱にさせてうやむやにしよう。


 でも、うわお! やっぱりアップテンポなダンスは文句なしに楽しい! ゼノス、お前、本当にダンス上手いな! さいっこう!

 そんなこんなで、途中から忘れた。合成種ダークハーフと聖光騎士団の連中が同じ会場内にいて、もし鉢合えば、一触即発の状態になるっていう状況だってことを!


 結局、もの凄い爽快感でフィニッシュしちまった。楽しい……ほんっと楽しいんだけどぉ! 浴びるような拍手がこれまたすかっとするぅ!


「是非、お相手を!」


 って、別の男性にダンスを申し込まれたと同時に、


「お相手をして下さいませ!」


 って黄色い声が。あ、まずい! ゼノスまで貴婦人にダンスに誘われてるよ! これ以上はちょっと! ちらりと視界の隅にエレミアがぁ! まずいまずいまずい! ええい、ここは一発! 必殺仮病!


「お腹がぁ!」


 恥ずかしいくらい見え見えな演技だったけど、周りの者は心配してくれた。ありがとう! 善意の第三者はありがたい! 付き添いと称してゼノスの腕をひっつかみ、医務室へ直行! エドガー、付いてこい!


 見た目は護衛騎士に連れられて、楚々と退場。けど、実態はとんずらだ。

 医務室にいた魔道士には疲れたから休みたいとだけ告げ、ベッドに一応横たわってみる。ゼノスへの視線が痛かったけど無視だ無視。はいはい、私は合成種ダークハーフびいきですよっと。これで誤魔化せりゃいいけどな。


「本当に腹が痛いのか?」


 ゼノスに顔を覗き込まれて、ふてくされた。


「仮病だ、馬鹿。あれ以上あそこにいたら、注目されまくりで、お前の正体がばれそうだったから……」

「……さらに注目されたような気がするがな。二、三曲踊りに付き合って、ひっそり消えた方がよかったんじゃないのか? 聖女に連れられて退場って、絶対目立った。後で、誰だあいつはって噂になりそうだぞ?」


 ひやりとなる。そこまで考えてなかった。とにかく会場から出なきゃって必死だったもんで。


「まぁ、自業自得です。いっそ恋人ですって宣言したらどうでしょう?」


 エドガーが大真面目にそんなことを言い出した。


「……それでゼノスへの追求が無くなるのか?」

「いえ、もっと大注目……」

「意味ないだろーが!」

「仮面をしていたので、誰だか分かりませんってのは?」

「あ、それいい」

「冗談ですけど」

「大丈夫だ。聖女の権限で押し通す」


 ふてくされたようにごろりと横になる。そうだよ、聖女様なんだから、それくらいの嘘見逃してくれ。


「……本当に腹は痛くないんだな?」


 ゼノスに再度確認されてしまう。

 はいはい、大丈夫だって。頑丈だけが取り柄だからな。風邪だって滅多に引かない。ふいにゼノスに髪を撫でられ、どきりとなる。妙に優しい仕草だ。何だろう? 心配された? 仮病だって言ったのに……。


「……もう、行くぞ?」


 耳元でそう言われて、ゼノスが背を向けたので、慌てて起き上がった。


「あ、あのさ! ダンス、楽しかったよ、ありがとう」


 そう声を掛けると、「俺もだ」そう言って、笑ってくれた。うんうん、ここだけは大満足。また踊ろうな?

 で、その後、入れ替わるようにエレミアがやってきて、肝が冷えた。あっぶなー……ゼノスが出ていくのがもうちょっと遅かったら鉢合わせか。


「お腹が痛いって本当?」


 エレミアに顔を覗き込まれてしまう。

 ゼノスと同じ事聞くなよ。


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