第43話 拍手喝采

「気になるのか?」


 ゼノスにそう問われて、言葉に詰まる。


「ん……まぁ、何か気の毒で」


 というか、火傷したサイラスを見ているみたいでいたたまれない。


「あれはサイラス様じゃないぞ?」

「分かってるよ、もう……サイラスとは全然違うし! 笑い方もしゃべり方も雰囲気も! ただ、気になるだけ! 好きになったとか、そういうわけじゃないから!」

「本当か?」


 ゼノスに顔を覗き込まれて目をむいた。


「何でそこで疑うんだよ!」


 そう言われると、サイラスの事を顔だけで好きなったとか思われそうで嫌だ! それだとリアンと一緒じゃんか! じたんだを踏む。


「顔で好きになったわけじゃない! 中身がサイラスなら、外面なんてどーでもいい! ただ、あいつを見てると、サイラスが火傷を負ったみたいで痛々しいんだよ!」

「あー、分かった分かった、悪かった」


 頭ぽんぽんって、子供じゃないぞ!


「……お前もごちそう目当てか?」

「違う」


 だよなぁ。がっつくタイプに見えない。


「なら、何で」

「お前と踊ろうかと」


 はい? え? 踊れる?


「……その意外そうな顔は何だよ?」


 ゼノスは憮然とした表情だ。


「えー……どうして踊れるのかなって」


 ゼノスって平民じゃなかったっけ? それとも家が金持ちで、そういった教育を受けていた?


「お前の方こそどうして踊れるんだ? 付け焼き刃にしちゃ随分と上手かった。孤児だろ?」


 もしかしてずっと見てたのか?


「前世でしこまれたよ。貴族の中に紛れ込むことも多かったから」


 まぁ、聖女としての教育の中にダンスもあったけど、一発クリアだ。貴族としての立ち振る舞いは全部身についているから楽勝だよ。


「暗殺者として?」


 私が頷けば、成る程ねと言ってゼノスに苦笑される。


「お前の方は?」

「親父がミスティリア王国の騎士だった」

「ミスティリア王国!」


 小さな国だけど、騎士の国なんて呼ばれる程、剣豪が多い国だ。誇り高い民族だって聞いている。


「それで、それで剣の形が特殊だったんだな? 見たことのない細身の片刃の剣で、曲線が繊細で優美! お前みたいに綺麗な剣だった!」

「俺みたいって……」


 ゼノスは閉口したようだけど、気にしない。


「お前の動きって綺麗なんだよ。つい見惚れるくらい。どうしてかなって、ずっと思ってたんだけど、ミスティリア人って、所作がすごく綺麗らしいじゃんか! お前を見て納得した。噂は本当だったんだなって!」

「まったく、どーしてそういった台詞が出てくるかな」


 ゼノスにつんっと額をつつかれて、よろけてしまう。


「……褒めたのに、なんで不機嫌になるんだよ?」

「痒い」


 ゼノスにぷいっとそっぽを向かれた。


「あー、照れたのか? 気にするな。本当のことだから」


 はははと笑う。

 事実と違いすぎる褒め言葉は、確かに死ぬほど痒いけどな! 特にヨアヒムの褒め言葉は苦手だ。どーしたらあんな見当違いの褒め言葉が出てくるんだかわからない。あいつの褒め言葉だけ聞いて、現物見たら絶対詐欺だって思われるぞ。

 綺麗で可愛くて奥ゆかしくて女の中の女……誰だよ、それ。絶対私じゃないな。


「では綺麗なお姫様、お手をどうぞ」


 ゼノスにそう言われて、顔が引きつりそうになった。


「……やり返しか?」


 一応、差し出された手を取れば、ゼノスがそのままダンスのステップを踏み始める。


「褒めているんだから素直に喜べ」


 ゼノスにそう言われ、


「ありがとう、お前もハンサムだな、ははは!」


 やけになってそう言い返すと、


「綺麗で可愛くて奥ゆかしい?」


 ゼノスににやりと笑われ、ぞわわと鳥肌が! どこで聞いてた!


「頼む、それはやめろ。悪寒が……」

「後は、そうそう女の中の女で、聖母のように優しくて、微笑みが女神のよう……」

「泣くぞ! マジで!」


 ヨアヒムぅ! 悪意のないまっさらな善意って一番たち悪い! 見当違いな私のイメージが一人歩きするほど嫌なものはないからな! 聖女様? えー、あれが? がっかりって言われるようになるんだぞ!


「あー、分かった、止める」


 涙目になればやめてくれた。


「……どこで聞いてたんだよ」

「ヨアヒムの馬鹿は、どこでもそう言うからな。知らぬが仏?」

「一生知らぬが仏でいい」


 見ざる聞かざる言わざるでいいや。一番平和だ。


「エラ……」


 ある時、そんなゼノスの声が聞こえて、


「ん?」

「もし、サイラス様と復縁出来なかった場合はどうする?」


 ふっと現実に引き戻される。あんまり考えたくないけれど、確かにそういうこともある。というか、今のままだとその可能性が高い。

 しぶしぶ答えた。


「うん、分かってる……私の我が儘だしな……」


 何だか泣きそうだ。


「その時は俺と……」

「うん?」


 ふっと顔を上げると、灰色の瞳と交差したけれど、ふいっとそらされた。


「いや、何でもない」


 くるりとターンすれば、ふわりと白いドレスが広がった。何を言いかけたんだろう? じっとゼノスに視線を送っても、いつもの彼だ。

 にしても、上手いな。慣れてる筈の私がリードされてる? ダンスホールで踊ってたら注目されそうだ。


「ゼノス、もうちょっとアップテンポな奴は出来るか?」


 出来そうな気がして聞いてみた。あれ、上級者向けで、体力もごっそり持って行かれるから、やる奴は少ない。出来る奴もだけど、出来れば拍手喝采間違いなしってやつだ。ド派手で見栄えのするダンスなんだよな。


「挑戦上等」


 ゼノスににやりと笑われた。

 あ、やっぱり、こーいうの好きだったか。音楽がないのがちと寂しいが! うっわ! 楽しー! ゼノスの奴、きっちり付いてくる! っていうか、やっぱりこいつ上手いな! 悔しいけど私より上手い!


 で、フィニッシュした途端、拍手喝采でびっくり。うっわ、会場にいた奴等がこっちに移動してるぅ! 何でだ? やばっ! 予想以上に目立ってる!


「聖女様が会場からひっそり消えたので、皆が探し回った結果です」


 いつの間にか側へ来ていた護衛のエドガーが、きっちり説明してくれた。


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