第47話 ミネア様再臨

 翌朝、お見舞いの品がどっさり届いた。何だコレ? 花にチョコレートに果物……全部高級品ばっかじゃん。


「聖女様の体調を気遣って、各国の使者が届けたものです」


 侍女のアンナがそう言って笑った。


「顔色はいいようでようございました」


 アンナに顔を覗き込まれてしまう。

 そりゃ、仮病だからな。ううっ、良心の呵責が。こんなとこにまで影響出るとは思わなかった。聖女様の力恐るべし。今度から気をつけよう。


「聖女様、一緒に散歩など如何でしょう?」


 部屋から一歩出ると、今度は見目麗しい王子様のお誘いだ。

 えっと……ボルビア王国の第一王子だったかな? そんなのが後から後から……。聖女を絶対ゲットしろって厳命でもされているのか? まるで良い男の見本市みたいになってるぞ? キラキラ眩しくてかなわん。


 それでも、それでもサイラスと比べると、どんな男も霞むんだけど……。サイラスが良い男過ぎる。ああ、サイラスに会いたい。けど、会えない。はぁ……。


「お茶をご一緒しませんか?」

「聖女様、こちらをどうぞ」

「聖女様、ご機嫌麗しゅう」


 聖女様、聖女様……いい加減うんざりしてきて、途中で撒いた。あ、エドガーも撒いちまった。ま、いいか……あとで回収しよう。ふてくされる前に。


「……かくれんぼか?」


 ゼノスには見つかった。

 木の根元に座り込んでいたんだけれど、見上げれば、やっぱりゼノスがこちらを見下ろしている。暗殺者のように鋭い視線なのに、時々妙に優しくなる灰色の目だ。つい、じっと見入ってしまう。こいつは何だか撒ける気がしない。撒いたつもりでも、くっ付いてきていそうな気がする。


「聖女様、聖女様、煩いから」


 ぼそぼそとそう言うと、


「ああ、全員婚約者候補らしいな?」


 ゼノスがそう答えた。どこで聞いた?


「結婚なんかしないぞ」


 むくれてしまう。


「気に入らない?」

「あいつらが欲しいのは私じゃなくて聖女様だからな。聖女としての役目が終わったら、さっさとここからとんずらするよ。サイラスと一緒に……一緒……無理……はうぅ」

「ミネア様は呼び出さないのか?」


 ゼノスにそう言われてはっとなる。あ、そうだ! 今ならいける! すっくと立ち上がる。


「サイラス、愛してる!」


 サービスでポーズも取ってみた。両手を組み合わせた乙女のポーズだ。でも、毎回これかぁ……うう、ちょっと恥ずかしい。

 でも、効果はばっちりで、そう叫ぶと、快晴なのにきっちり雷が降ってきた。ズドンって……。一体どうなっているんだかな。


 で、あれよあれよというまに肉体が変化。むっちむちのナイスバディに。羨ましいぞ、ミネア様! もしかして私が扁平胸なのもあんたの呪いじゃないだろうな?

 でも、なんか……あれ? 反応がおかしい。


 首を捻りたくても、既にミネア様の支配下なので無理なんだけれど。肉体は変化したのに、ミネア様の熱気が感じられない。傍にいるだけで他を蹴散らすような気迫はどうした? 意気消沈しているように見える。というか、感じる。一体どうした?


『はああああああああ……』


 いきなりため息! ど、どどどどどうしたぁ?


「ミ、ミネア様?」

『マルティスがああああああああ……』

「サイラスが?」

『つめたああああああああい!』


 あ、なるほど。前回の反応がまだ尾を引いてるんだ。


「神族の自覚がないみたいだからしょうがない?」


 そう言って慰めるも、きっと睨まれたような気がした。肉体一緒だから睨むのは無理だけどな!


『記憶がないのは知ってるよ! 浄化が終わるまでは元の自分に戻れないんだからな! それにしたって、あれはない! 何があったんだよぉう! 別人だ別人!』


 さめざめと泣く。いや、私の体を使って泣かないで。どう見ても私が泣いているみたいじゃないか。


「浄化が終わるまでって?」

魔人シヤイタンの狂気の浄化だ、あんぽんたん! マルティスはそれ目的で降りてきたんだからな! じゃなかったら神族が! わざわざ不浄の合成種ダークハーフとして生まれるわけないだろぉ! ちょっとは考えろ、この阿呆どもがぁ!』


 私は仰天した。


魔人シヤイタンの狂気の浄化! で、出来るのか?」


 え? あの狂気を消せる? 本当か? 殺戮衝動を消せるってことだよな? いろんな魔道士達が研究に研究を重ねて、ことごとく失敗したのに!

 ミネア様が言う。


『出来るよ! 高位神族の魂は、強力な浄化装置と同じだからな! どろっどろに腐りきった魔人シヤイタンの血の不浄を澄んだ水に変えられる! 第一段階がそれだ。なのにそれすら終わっていない! どうなってんだよ! 予定外すぎる!』


 え? どういう事だ?


「もしかして、もっと早く終わる予定だった?」

『そうだよ! 人間どもの妨害が酷すぎるんだ! 何なんだよ、あれは! 人間達は自分の首を絞めて楽しいのか? 殺し屋があいつに群がるから、魔人シヤイタンの血の狂気が加速しちまって、浄化が遅々として進まない! 狂気の揺れが酷くなると、魂の働きが鈍くなって、浄化出来なくなっていくんだ! あいつに殺しをさせちゃ駄目なんだよ! だから、だから……わざわざ狂気の揺れを抑える助力者を送り込んだっていうのに、あいつは一体何をやってる!』


 ミネア様はやおら、がばっと起き上がり、周囲をきょろきょろ見回した。ぎょっとなる。多分、目が血走ってるんじゃないか?


「助力者?」

『テルクノだ! ハープの精霊! どこだぁ、どこにいる! ぎったぎたにしてやる!』

「ハープの精霊って、そんなのここには……」

『こっちでは、ヨアヒム・モディって名前になってたろ! ぶっ殺す!』

「のええ! ま、待ってぇ!」


 ちょ、マジか? あれ、精霊? んでもってサイラスの助力者? 完璧敵対してましたけどぉ?


「ヨアヒムの馬鹿なら多分、爺さん……ルーファスのとこじゃないか?」


 ゼノスの台詞に思わず目をむいた。

 ゼノス、さらっと教えるな! さらっと! この勢いだと本気でヨアヒムを殺しかねない……ああ、殺してくれって顔してる。ほんっとうにヨアヒムが嫌なんだな? 気持ちは分かるが、仕返しする時と場を考えてくれ!


『ふはははははははは! お前、いい奴だな! 面構えもいいし、よし、気に入った! あたしの一の子分にしてやる! 案内しろ!』


 ミネア様が上機嫌でゼノスの肩をぽんって叩き、ゼノスが苦笑する。


「子分は勘弁。案内はしてやるけどな」


 いやいやいや、待て待て待て! 悪乗りする時と場を! って、ゼノス、身軽過ぎるだろ! 暁の塔の壁を駆け上ってやんの! で、私は空を飛ぶと……。そういやミネア様には翼があったな。便利……当事者のはずなんだけど、私が一番置いてけぼり食っているような気がするのは気のせいか?

 これ、私の体。返して欲しい。


『みーつーけーたーあぁあああああ』


 どう見てもホラーだ。ルーファスの部屋の窓から、鬼気迫る美女が押し入る。殺気だった美女、いや、殺気だったミネア様にかなう者はいないだろう。

 案の定、ヨアヒムはもとより、あの脳天気なルーファスでさえ目ん玉をかっぴらき、腰を抜かさんばかりになってる。


「え? 戦女神様、かのう?」


 見りゃ分かるわな。こんな美女はそうそういない。鬼女になってるけど。


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