第7話 手作り弁当は誰がために

 翌日、噂があっという間に広まった。

 合成種ダークハーフと付き合ういかれた奴、は、まぁ予想通りとして、それに加え、男をくわえ込むふしだらな女って……噂の出所はリアンだとすぐに理解する。まったくあの見た目清楚な女は、本当にろくでもないな。若作りの色ぼけ女はそっちだろ? と言いたい。ヨアヒムを手込めにしようとした事実はどこいった?

「やっぱりねぇ……」

「下賤の出よね」

「さっさといなくなった方が身の為じゃないかしら」

 食堂で顔を合わせた聖女候補達に、ここぞとばかりに叩かれてしまう。くすくすとした笑いがそこここで巻き起こるも、

「エラ……いる?」

 そう言って食堂に顔を出したのはヨアヒムで、彼の顔を見た途端、ぴたりと彼女達の笑いが止んだ。どうやら誰もがぼうっとなっているようで、聖女候補生達の食い入るような視線が、ヨアヒムに集中している。

 そこで、ああそうか、と気が付いた。

 ヨアヒムは本当に綺麗な顔をしている。合成種ダークハーフだと分からなければ、こんな風に誰もが見惚れるってわけだ。しかも、純粋培養したような無垢な感じが、また良い具合に彼の美貌を引き立てている。

 でも、世間知らずな部分は、もうちょっとどうにかしないと、また女に襲われるぞ? 見ているこっちが冷や冷やする。

「どうした?」

 私が返事をすると周囲がざわりと揺れて、

「う、ん……お昼を一緒に食べたいなって、そう思ったんだけど……」

 手にお弁当らしき包みを持ったまま、ヨアヒムが恥じらうように下を向く。

 男が恥じらっても可愛くないと普通は思いそうだけど、こいつの場合はちゃんと可愛い。どういうわけか母性本能がくすぐられる。そういう見た目なんだな、と感心してしまう。逆に私が恥じらっても多分、可愛くない。

 不公平だ。つい眉間に皺が寄る。

 そう思うも、こればかりはどうしようもない。

 私の場合は中身も可愛くないしな……。サイラスももうちょっと可愛い気のある女の方が良いって思ったのか? しかも、以前はボインボインの美女だったけど、いまはつるペタのお子ちゃまだし……。だから密かに嫌がられたとか?

 駄目だ、考え出すと落ち込んでしょうが無い。

 ちらりとヨアヒムの顔を見ると、きらっきらした眼差しだ。尾っぽをふっているようにさえ見える。やっぱりこいつ、可愛い。まぁ、私もこんな殺伐とした食堂より、気の合う仲間と食べた方が良いけれど……。

 ちらりと視線を後方に向けると、今度は侍女のアンナと護衛のエドガーの視線が痛い。ここから動くなオーラが襲ってくるようだ。

「……外で食べるから弁当にして」

 そう一方的に告げて外へ出る。今は一応聖女候補様だ。これぐらいの我が儘なら許されるだろう、そう思い、ヨアヒムを連れて食堂を出るも、

「何あれ!」

「嘘でしょう!」

「なんであんなあばずれが、あんな良い男と!」

「信じられない!」

 文句の嵐だった。お貴族様があばずれなんて言っていいのか? ついそんな突っ込みを心の中で漏らしてしまう。

 ちらりと後ろを見れば、護衛のエドガーがきっちりついて来ていた。まあ、こればかりは仕方がないか。ヨアヒムみたいなどんくさ……いや、お坊ちゃまを連れてこいつを撒くって大変そうだ。廊下を連れ立って歩いていると、

「迷惑だった?」

 ヨアヒムにそんな風に問われて、

「全然。何でだ?」

「周りが……」

「ああ、あれはいつもの事だ。私が聖女候補だっていうのが気にいらないんで、何かと突っかかってくるんだよ。お前が気にすることじゃない」

 肩をぽんぽん叩けば、

「ありがとう」

 ヨアヒムが嬉しそうに笑う。こうしてみると、素直で可愛いんだよな、こいつ。でもこれでサイラスと仲悪いのか……何でだ? 今一つ腑に落ちない。素直そうなのに。

 テラスでヨアヒムが広げた弁当は豪勢だった。

 サンドイッチなんだけど、中の具材が手の込んだものばかりである。ローストビーフにローストチキン、魚のフライに、卵と厚切りハムの組み合わせ。良い感じにレタスとトマトとピクルスが添えられている。

 きちんと世話をされているんだな。ここの連中に煙たがられていると思ったが待遇はいいらしい。サイラスの仕業か? ルーファスかも……。

 そう思いつつ眺めていると、

「君も食べる? 沢山あるから」

 そう言われれば、この私が手を出さないわけがない。うん、うまい。遠慮せずにがっつくも、食べもせず、にこにことこちらを眺めているヨアヒムに気が付き、

「……お前は食べないのか?」

 そう問うと、はっとしたようにヨアヒムが視線を逸らす。

「あ、う、うん、食べるよ。美味しい?」

「ああ、美味い。ここのコックは腕がいいんだな」

「これ、僕が作ったの……」

 ヨアヒムの台詞に、ぶっと吹きそうになる。え? これ、お前が?

 こっくりと頷き、ヨアヒムがまたまた頬を染める。

 改めて見直せば、プロの料理人も顔負けの腕前だ。

 そ、それは偉いぞ? 女なら良い嫁さんになると言いたいところだが、お前の場合は、未来のコック長か? そう思うも……いや、駄目だ。じっとヨアヒムの体を眺める。その前に体力付けないと絶対ぶっ倒れる。なんでこいつ、こんなに細っこい? 一日中重い鍋やらフライパンやらを扱えるわけがない。

「運動とかするか? お前」

「運動……」

 しなさそうだな。

「いつも何してる?」

「読書かな?」

 おもいっきり動かないな。インドア派か。まぁ、見た目そんな感じだもんな。私は逆にじっとしていられない。大抵体を動かしている。薪割ったり、食事を作ったり、畑耕したり……いや、違うな。体を動かして働いていないと飢える。死ぬから動く、そんな感じかも。何だ、これ。違いすぎないか? やっぱり私の境遇、悲惨かも……。

「どうかした?」

「いや、別に……あの女神の祝福って奴を噛みしめていただけ」

 絶対呪われている、そう思った。しかも、サイラスには振られるし……本当、何で生まれ変わったんだろうな? 私……。世の不条理を噛みしめ、本日何度目になるか分からないため息を漏らす。癖で手にしたナイフをくるくると回せば、

「危ないよ?」

 ヨアヒムにそう言われてしまう。危なくない。慣れているからな。逆にこれがないと落ち着かない。精神安定剤みたいなもんだ。

「……僕、それ、嫌い。しまってくれないかな?」

 ヨアヒムのナイフを見る目つきが本当に嫌そうだ。怪訝に思った。料理をするんなら、刃物の扱いくらい慣れていそうだけどな。

「どうして?」

「どうしてって危ないから」

 ヨアヒムが先程と同じ言葉を繰り返す。

「危なくないよ。ナイフの扱いは慣れている。お前だって料理をする時は刃物を使うだろ? 危ないからって取り上げられたら困るだろうに」

「それはそうだけど……刃物で遊ぶのを見るのは嫌いなんだ。あいつもそんなことをよくやるから……」

「あいつ?」

「ゼノス・グレイシードっていう合成種ダークハーフ

 ゼノス? ああ、あの目つきの鋭い男か。なるほど。確かにあいつならナイフを好んで使いそうだ。得意そうだもんな、こういうの。

「お前はナイフが嫌いってことか?」

 私がそう問うと、ヨアヒムがこくんと頷く。

「理由は?」

「危ないから」

 私は苦笑する。

「お前、そればっかだな。けど、一番警戒しなくちゃいけないものは何だかわかるか?」

 ヨアヒムがぶんぶんと首を横に振る。

「ナイフは人を殺傷する能力がある。危ないっていわれりゃ、確かにそうだ。そしてお前の邪眼イビルアイもな。けど、本当に警戒すべきところはそこじゃない。人間の悪意だよ」

「悪意」

「そう、それが一番危険なんだ。ナイフも邪眼イビルアイも単なる力だ。力に善悪はない。要するに、それを使おうとする人間の悪意が一番危険なんだよ。ナイフは便利だろ? 生活必需品だ。こうして美味しい料理を作ってくれる。けどそれが凶器に早変わりするのは……」

 私は口角を上げて笑った。

「人を殺そうと悪意を抱いた人間の仕業だ。この世界で一番恐ろしいのはな、人間の悪意なんだよ。力じゃない。それを理解しな、ヨアヒム。ナイフは恐ろしくない。それを恐ろしいと感じるお前の心をどうにかするんだ。原因がどこにあるのかちゃんと見極めないと、合成種ダークハーフを悪者にして、お前を追い詰めた人間と同じようになるぞ?」

 ヨアヒムは私の顔をまじまじと眺め、

「……エラは僕の邪眼イビルアイが怖くないの?」

 ぽつんとそんな事を言った。

「怖くない。今言ったように、一番怖いのは人間の悪意だからな」

 ナイフをくるくると回し、そう告げると、ヨアヒムの目から涙が一つぶこぼれ落ちて、私はぎょっとなった。

「え? ちょ、ま、待て。何で泣く?」

「あ、ごめん、その、嬉しくて……」


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