第25話 内蔵タンクの中身
潜入を開始した卵未とエリカは、まず艦橋の脇へと向かった。
艦上には内部へと続く階段らしいものは無い。あるのは上部から石油を吸い上げるためのチューブの差込口のような装置と、その上にまたがる作業用の多少高さのある橋ぐらいだった。
「あのチューブの差込口からは、中身が分かりそうにありませんわ」
「そうだね。きっと、艦橋の中ならタンクを確認できる部屋があるはず」
想定としては、艦内部下へ続く階段があり、そこからタンクをメンテナンスできる、この石油タンカーの中身大半を占める巨大な空間があるはずだ。
そこへ行けば、タンクの内容物を調べる事ができるだろう。
「扉がありましたわ。ちょっと待っててくださいですわ」
「くださいですわ?」
エリカが艦橋の端に扉を見つける。
扉は、ハンドルを回すことでようやく開ける事のできる、重厚感あるものだった。多少なりとも力が無ければ、開ける事が出来なさそうな代物だが、エリカは難なくハンドルを回し、開ける。思ったよりも、エリカ自身の力もあるようだ。
「さ、中へ」
エリカに促されるまま、卵未も艦橋へと入った。
艦橋内に入ると、長い廊下が続いていた。艦橋が横に長いこともあってか、反対側まではそれなりに距離がある。幸い、人の姿は無かった。
「できる限り、静かにいきましょう。 おそらくこの上の階の幾らかは、クルーの休憩室に割り当てられてるはずですわ」
「そうだね……」
ひそひそと耳打ち合い、そこからは口をできる限り閉ざした。
さて、件の地下、タンカーの内蔵タンクを見る事のできる空間への道はどこだろうかと、辺りを見回す。
廊下を少し進んだところで、『貯蔵タンク室』と看板が掛けられた重々しい扉を発見した。
二人は互いに頷く。そしてエリカがハンドルを回し、扉を開ける。
開かれた扉の先には、露骨な鉄製の壁、手すり。そして階段が続いていた。
そのまま二人して下へと降りていく。
カン、カン、カンと。忍び足で進むともわずかに響く音。息を飲みながら、降りていく。
「……!」
階段を降りきると、そこには広々とした景色があった。
タンカーの最先端まで、六つほどのタンクが並んでいるだろうか、それぞれが家一軒分はありそうなほどに大きい。
そして、卵未とエリカが降りてきたのは、それらのコンテナの上部寄りに掛けられた連絡橋だ。コンテナの間を沿うようにして設置されており、タンクそれぞれの表面に付けられた、窓付きの扉に触れられるようになっている。
「これだね……」
「ええ……」
小さく呟く。
その時、橋の向こう側から歩く音が聞こえた。コンテナの間の死角部分の橋に、誰かいる。
「待って」
卵未がエリカを止め、二人してタンクの影に隠れる。
卵未がそーっと橋の先をのぞき込むと、一人の作業員らしき男が歩いているのが見えた。
このタンカーの乗組員らしい。
「……メンテナンスでも、してるのかな……」
相手がドッペルゲンガーかどうか分からない。ただ、タンクの手入れをしている最中ではあるようだった。
それなら都合がよい。このタンクの中は石油かどうか、作業を覗かせて確認させてもらおう。
エリカにも見張る事を伝えると、こくりと頷き同意してくれた。
「…………」
作業員は、手元にあるチェックリストを取り出し、何かを書き込む。
そして、少し歩くと。タンク表面に取り付けられた扉の前へとやって来た。
作業員は、扉をコンコンとノックする。そして、それから扉のハンドルを回し、中を開けた。
「?……なんで、ノックしたんだ?」
卵未は首を傾げる。そう思っている間に、作業員は中を覗き込むとなにやらぼそぼとと会話声を交わし始めた。何か喋っている、奇妙に思いながらも耳を傾ける。が、音はタンクの内部へと流れているようで、くぐもってしまい、なにを話しているのかよく分からなかった。
「石油に話しかける、わけないよな」
そう思案していると、作業員は顔を上げ扉から離れた。
作業が終わったのか。そう思った次の瞬間、卵未はバランスを崩しそうになってしまった。
「っ!!」
作業員が離れたばかりの扉の淵に、
そのまま、中から人型の塊が出てくる。それは、あの沼を纏ったドッペルゲンガーだった。
ドッペルゲンガーは、以前見た時と同じように、頭から沼を剥がし落とし、人の顔を見せてくる。
やがて、剥がれていった沼は、ドッペルゲンガーの栄養になったとばかりに肌に吸い込まれて消えていった。
「都市部の方の、生気収集は順調だ」
「了解。ノルマに達していると、報告はしておくよ。お前は一旦休んでおけ」
作業員と出てきた人型が言葉を交わし合う。
出てきた人型、ドッペルゲンガーは頷くと、卵未達の方へと歩いて来た。
「まずっ……」
後ろへ下がって、エリカにそう合図を送る。二人は急ぎ後ろへ進み、タンクの角を曲がって再び隠れた。
なんとか間に合ったのか、ドッペルゲンガーは先ほど卵未達が居た場所を通り過ぎ、最初の階段から上へと上がっていった。
ほっと息をつきつつも、二人はしばらく息を潜める。
やがて、作業員もチェックが終わったのか。階段から上へと上がっていった。
「……ふぅ、どうにか行ったね」
「良かったですわ。卵未、さっきはどうしたのかしら」
「ああ。それなんだけど、最悪な想像が当たった」
卵未はエリカを連れ、近くのタンクの扉へと向かう。
そのまま、卵未は恐る恐る扉の窓から中を覗き込み、ゆっくり見ても大丈夫そうだと確認すると、エリカを手招きした。
「……あらまぁ…!」
誘われるままに除いたエリカが。驚きの声をあげた。
「この液体。私たち二人とも見た事があるよね」
卵未の問いに、エリカはゆっくりと頷く。
二人の視線の先、窓越しのタンクの内部には、真っ黒な液体が満たされていた。
それは、どう考えても石油には思えない。時折、
今まで二人で協力してきた中で何回も目撃してきた、沼だ。
「あはは…。このタンカー、ただの隠れ家ってだけじゃないよ。巨大な貯蔵庫だ」
「です、わね」
二人は確信する。
このタンカーは、巨大なドッペルゲンガーの沼の貯蔵庫だ。
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