第8話 崩れかけの無人廃工場

二人して近場の山に降下した。

直接廃工場に落ちるよりかは、少なくとも自分たちが任務を行っている最中に人が来ないための、最低限の偽装工作である。


「さ、行きますわよ卯未さん」

「ええ」


山中に着地すると、そのまま目的地の工場へと歩き出した。

しばらくして、山のふもとにたどり着くと、木々の切れ目の先に、天井が半分崩落しかけた廃工場が見えてきた。

卵未とエリカは左右を見渡し、誰も居ないことを確認して工場に飛び込む。

鉄柵は羽で簡単。お手軽に侵入できてしまった。


「っと。ふふん、セキュリティも安全もガバガバですわね」

「そうね」


着地してから、辺りを見渡す。

どうも、元々は屋根があったらしいこの工場は、天井が半分崩落して地面に落下している。

おまけに、仕事時から置き去りにされたような工具類が、半ば錆びた状態で放置されされている。

工場を廃棄する際に、安全面から最低限する処理みたいな、ルールってあるのだろうか?

もしあるとしたら、あからさまにそこら中にルール違反が散らばっていると感じるほど、ずさんな場所だった。


「ま、ずさんだから何者かに良いように使われてるんだろう?」

「その通りでしょうねぇ…。さて、と。とりあえず、辺りを探してみましょうか」


エリカはさっそく翼を広げると、ぶわっと跳びまわって室内をあちこち縦横無尽に探し始めた


「窓は割れてますわねぇ。こっちは事務所に物置。こっちのトラックは、わー、動くのかしら…。鍵はー…あ、あったあった!おいてくなんてもったいない! それと、この天井のクレーンも素敵ですわぁ…。お部屋に、このぐらい活かした動く機械がぶら下がってたら…ちょっと持って帰れるかしら」


と言ってエリカが、まだ崩れてない天井からぶら下がってるクレーンに触れると、ガコンと大きな音を立てて付け根からクレーンが外れた。


「うきゃー!」


エリカは危うく、クレーンの下敷きになろうとして、突然の出来事に驚いた猫のように勢いよく跳ねのけて避けた。

長年形を保っていたクレーンは虚しいことか、たった一人の吸血鬼のいたずらで地に落下し、凄惨な音を立てて地面に散らばった。


「ちょっとは落ち着け!悪戯吸血鬼!」

「えへへへ…ちょっと楽しくなっちゃいまして」

「子供か!」


はぁっとため息をついて、自分の頭を撫でる。


「全く…。口ぶりに体がついていってない、やんちゃさんですね…」


この自由っぷりは、事件の失敗を考えてるのだろうか…と、少し気になってしまう。


「あのですね。今回は調査ですけれど、もしここが敵の基地そのものだとすれば。いわば潜入捜査とも同義です」

「そうですわね」

「ですよね?じゃあ、そこで倒れてるクレーンは?」

「………バルサンみたいなもの?」

「どこがですが!おびき寄せる為の音って、言いたいのかもしれませんけど。相手の方が、こっちが居るって知っている分、何十、何百倍にも上手に取られちゃってるんですよ!」


事実、エリカが言うように敵がなんだと言って出てくるだけじゃない。

姿が出る前に逃げられるか、隠れ口から脱走されるか。最悪、地上だけ睡眠ガスなり巻かれたり、安全な所に逃げられたうえで、工場ごと爆殺されるかもしれない。

どこまで本気なのか分からないけど、やっぱエリカさんやばい。


「まったく…。ひとまず、隠れ場所を探さないことには意味がありません。探しますよ」


縦横無尽に回って、現場を荒らすという意味ではなくて。と告げたして、卵未も辺りを探し始めた。

事務所に物置、まずは目に見える部屋の数々を探してみるが、扉らしきものはない。

となると、隠し扉か、術的に隠蔽された入り口があるはずである。

今度は、卵未は工場内の元の部屋、作業場らしき広場に戻ってきて地面を見た。

砂に木材、風で運ばれてきたような土。コンクリートで一面作られたその床は、荒れに荒れ放題であった。


「どれ…」


卵未は、足の爪を前に出すと、フラミンゴのように片足立ちをし始める。

そのまま、地に着いてない方の足で、カッカッと床を叩き始めた。

一通り部屋のあちこちを小さく叩きつつ、回っていく。

そうしているうちに、いつの間にかあちこちを探すのを飽きたらしいエリカが、卵未の後をちょこちょこと付き添い始めていた。


「……なんか、この…」


なんか、親鳥の後追う雛みたい。

何も考えてなさそうにわーっとした顔でついてきてる、自分よりも何百歳かはあるだろう先者に、そんな感想を抱いた。


しばらくして、作業場の奥側、壁の隅にて卵未はぴくっと足を止めた。

そこだけ、今まで叩いたところと音の感触が違っていた。


「これは…」

「お、鶏の真似終わった?」

「鶏の真似に見えてたんですか!?」

「ええ、てっきり犯人が戻ってくるまで、暇つぶししてるのかと」

「違いますよ。ちょっと待っててください」


どんな鶏だ。と思いながらも、卵未は違和感のあった場所にしゃがみこんだ。

目を凝らしていくと、床のコンクリートに、小さな穴らしきものが見つかった。


「これだな…」


卵未は立ち上がると、その穴に自分の爪を差し込んだ。

そして、中で引っかかりに爪を差し込むと。そのまま翼を広げて飛ぶ。


「ふぐぐぐ…!」


バッサバサと飛び続けると、ギギギとコンクリートが一部、起き上がった。


「あらまぁ」

「はぁ、はぁ……見てください。隠し蓋ですよ」


めくり終えたコンクリートタイルを横に置き、息をついた。


「一見、表面から見た限りでは、堆積した埃とかも、違和感が無いように直されてましたね…。

入った後で、偽装してたんでしょうか」

「単独犯ではないのかしらねぇ…お仲間が、上から分からないように埃やらゴミやら被せたとか」

「にしても、足跡とかも無いのが、気になりますけどね…」


息を整え終え、卵未は穴の中を覗き込む。

そこには、壁に埋め込まれた梯子がそこの見えない暗がりを延々と続いていた。


「地下ですね」

「みたいですわねぇ。凄いわ、卵未さん」

「降りた直後に、罠とかもあるかもしれません。どうにか慎重に…」

「では、突撃ー!」


そう声を上げたかと思うと、見ていただけのエリカは、突然にっこにこで穴の上に跳び、そのままピースを決めて垂直に落ちていった。


「え、ちょっとぉ!?」


卵未も慌てて、穴へと降りていく。

が、羽を広げられるほどの広さも無く、ましてや羽の手に梯子も合わない。

羽の手を、微妙に手のように使って降りるが、美味く梯子を掴めず、背中と足の爪で降りるような有様になってしまっていた。


「はぁ、はぁ…背中いった……エリカさん、大丈夫、って…」


なんとか地下に降りたところで、卵未が後ろを振り返ると。目の前に足首を抑えて地面にうずくまっているエリカが居た。


「えぇ…」

「タカカッタ……2,3メートルならいけっしょーって思ってたのに、それよりも高かったぁ…!」


涙目でうるうるとした目で見つめてくる。

やめろ、限りなく年上なのにそんな目で見てくるな。

余りにも哀れな光景に、卵未もいたたまれなくなってしまっていた。


「ほら、しっかりしてください。吸血鬼も、痛覚残ってるんですね…」

「あるよ、そりゃもう…」


手当てできるものもないので、肩を貸して起き上がらせる。

辺りを見渡してみると、前に向かって廊下が続いており、その先に古びた鉄の扉があった。


「あの先かもしれません」


エリカの足首が、無事動くことを確認すると、そのまま扉へと歩き出した。






扉の前へ来たところで、卵未が扉を指す。


「では、エリカさんお願いします」

「へ、わたくし?」

「こんな手では、普通の扉はうまく開けれません」


卵未はぺらっと翼を広げて見せる。

手らしい引っかかりはなく、翼はドアノブを器用に包み込める造りにはなっていない。

体の造りが半分は人間らしさを残していたとしても、目の前の扉を回せそうにはなかった。


「分かりましたわ。難しそうな部分は、わたくしに任せなさいな」


ふふん、とまた笑みを浮かべてエリカは前に出る。


「難しそうな所って…ただのドアノ…」


ただのドアノブと言いかけて、結局できない分には、卵未にとって難しい部分なのに変わりはないと気が付いた。

はぁっと、卵未の口からため息が出た。


「開きましたわ、さあ、中へ」


卵未は頷き返し。二人して扉の先へ入った。


「これは…!」

「あらまぁ」


扉の先の部屋に広がる光景に、卵未は目を見開いた。

部屋の両側に並ぶのは、鉄棚。ぼろぼろのそれらには、敷き詰められたようにして、人間のカバンやリュック、所持品らしきものが置かれていた。

犯人たちの所持品か、と都合の良い解釈をしようと思いかけるが。それよりも先に、失踪した人たちの残留品なんじゃないか、という発想が頭の中を埋め尽くしてしまっていた。


「こ、こんなに。何人分だ、これ…」


棚の上のカバンなどから、人数を想像しようとする。だが、軽く見ても10は下らず、20との中間ぐらいはあるように思えた。

こんなにも失踪していたのか?思わず悪寒が走ってしまう。


「結構な数、連れてかれたのですわねぇ」


何ごとも無いようにエリカが歩き出すと、棚に並べられている残留品たちに顔を寄せて、クンクンと鼻をならしていく。


「うーん…。どれも、美味しい匂いはしませんわね。血がまぶされてませんわ」

「そ、そうなのか?」


美味しい匂いとか、血をとかきつい言い方だったが、それよりも相槌を返す。


「ええ、きっと攫われた人たちは、殺されたんじゃないでしょう。まさか、丸のみにした後、器用に匂いもつけず、残留品だけ吐き出すともありませんでしょうし」

「なら、まだ無事かもしれないんだね。それなら…」


と、卵未は少しほっとして顔を上げる。

が、落ち着いて辺りが見えるようになったせいか、気が付いてしまった。

卵未の視線の先、


「……エリカ、さん」

「なにかしら?」

「奥に、扉ある…」

「ええ、ありますわね?」


平然と答えるエリカだが、卵未はごくりと唾を飲んだ。

この部屋でさえ、気味が悪い。なのにもう一部屋、調べる場所があるなんて。

不安に駆られながらも、意を決して奥の扉へと進んだ。


「エリカさん…。ここも、開けてもらえますか?」

「ええ、分かりましたわ」


エリカはまたも、扉の前に立った。

そして、そのままゆっくりとと扉を開ける。


「………!」


が、扉を開けたところで、エリカは眉を潜めた。


「卯未さん、これ…!」


エリカは、そのまま扉を開け、卯未も見えるようにした。


「!これは…っ!」


思わず、その先の光景に叫びそうになってしまった。

二人の視線の先に広がっていたのは、暗くも広い部屋。

その地面一面に、沼のように広がる真っ黒な泥らしきなにか。

その泥の中のあちこちに散らばる、姿

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