第7話 深夜吸血鬼お姉さんとスカイラン
その後すぐ、
卵未とエリカは、そのまま吸血鬼が活動できる夜まで時間を過ごし、屋上へ向かう。
二人して屋上へと出たところで、夜空の眩しさに軽く目を遮ってしまった。
「っ……わあぁ…」
「あっはー!」
感心する卯未に、年甲斐もなく目を輝かせるエリカ。
二人の目前に見えるのは、背が高く並ぶ高層ビルの間から照る、青白くも優しい光で満ちた月であった。
「すごい綺麗…」
「すごいすごーい!いいねぇ、青白い月!」
エリカはぴょんぴょんと子弾みして、翼を広げる。
そのまま、体をクルクルと回し踊りつつ、羽を使って屋上をゆったりと滑り出す。
スローモーションなアイススケートを見ているかのような、優雅さがそこにあった。
「……あっはっは、そんなことしてたら。靴の先、すり減っちゃうよー」
と、卯未は足をあげて忠告した。
「卯未もやってみればー?翼生えてるからできるってー」
「私もやったら、それこそ爪が不本意に削れちゃうよ」
「あはっ、それじゃあ仕方ないかー……むっ!」
クルクルと回っていたエリカだが、突然。顔つきを変えて進路途中の横に目を向けた。
「そこだぁっ!」
シュッと、回転のまま勢いを乗せた突きをかます。
しかし、エリカが付きだしたその手は、何もないはずの空中で、ガッと停止した。
「あらあら…。またばれてしまいましたか…」
「うわっ!」
卯未はぎょっとした。エリカの止まった手の手首から現れたのは別の手。
そこからスーッと全身が現れていき、月の光を遮った影ができた。
全身が映し出されると。そこに居たのは、エリカの鋭い爪を止めた浮絵が立っていた。
「浮絵さん。居たんですか…」
「ええ、またばれちゃいました」
正直、戦えないって言ってたわりに、思いっきり戦闘担当のエリカの突きを止めた事に驚いた。
この透明人間先輩、言ってる事に反して強い。
「ちょっと暇だったので、お二人の出発を見送りに来ましたわ」
「まぁ、ありがとうね。 ふふん、見てなさい浮絵。また任務解決して、帰ってみせますわ」
「私は、お二方が無事生還すればそれだけで喜んじゃいますよ」
月の青白い光も相まって、今にも消え入りそうな儚さを伴い、浮絵はにこっと微笑んだ。
その儚さに見送られるとなると、エリカも卯未も揃って同性だと言うのに、頬が少し赤らみ目を逸らしてしまった。
「ふ、ふふん。なら、帰ってこないといけませんわね」
エリカは浮絵の顔を見直すと、息を整え先ほどよりも大きく翼を広げた。
「浮絵さん。それでは、行ってきます」
卵未もまた、吸血鬼の翼に負けじと両腕の翼を大きく広げる。
そのまま、二人そろって翼を振り切り、空高くへと舞い上がった。
「いってらっしゃーい!」
飛ぶにつれて、見送る浮絵の声が、遠く小さくなっていった。
雲に入り、一瞬二人の視界が見えなくなる。
取り乱して進む方向を乱さないよう落ち着け、ただ視界が晴れるのを待った。
耐えた末に、雲を突き抜け再び明るい月の前に現れた。
何処までも広がる雲の海、その果てには地上よりも気持ち近い気さえする月が広がっていた。
「ん~!抜けたわ~!」
羽を羽ばたかせつつ、横でエリカがのびーっと背を伸ばした。
伸ばしてる間、自然と足を曲げてのけぞるように伸ばしているから、仕草が可愛らしいなこいつと卯未は感じた。
「涼しい中、心地よい月明かりを全身に浴びながら飛ぶ! あぁ、人間が例える絶景よりは、残念ながら少ないけれど。これだけは、吸血鬼だからこそ感じれる喜びですわぁ」
「ハーピーも、一緒に感じてるけどね」
相槌を返し、卵未もまた月に目を向けた。
たしかに、人間だった頃は想像しなかった光景がそこにはあった。
飛行機で、窓からこんな風に月と雲海が見えたら綺麗だろうなぁとは、何回か思ったこともあるかもしれない。
だが、ここには窓も飛行機の音も無い。自分の体一つで、ここにやってこれてしまった。こればっかりは、とても綺麗だ。
「………」
「ふふっ、魑魅魍魎の体も良いものでしょう? 私は人間の体知らないけど」
「っは!」
景色から意識を戻してみれば。自分の顔の横で、ジト目でにやにやしていたエリカの姿があった。
「き、綺麗ですけど! それでも人間だった頃の生活が恋しいのです!」
「あらあら、景色も負けちゃうのかしらー?」
エリカは両腕をあげお手上げのポーズをわざとらしくとる。
「魑魅魍魎も素晴らしいと思いますけどねぇ。それでも戻りたいぐらい、人間だった頃の暮らしは、素敵だったのですね」
「…もちろん!だって人間ですから!」
「あらあら。とは言いましても、もう前世の事でしょうし、あまり気にしても仕方がないと思うけどねぇ…」
「そういうのは、前世の記憶を洗い流されてから、誰かに言ってもらいたかったよ…」
卯未は、がくっと項垂れてしまう。翼と言うのは便利なもので、翼さえ広げておけばある程度は滑空してくれる。ただそれでも気が抜けた途端に翼の向きがずれ、変な方向に飛びかけてしまった。
「うわっ!と、っと…。 ……あー、あの。エリカさん?」
「なにかしら?」
「その…さっきは、申し訳ありません」
「さっき?」
「会議室のです。これから協力しないといけないのに、あんな事言ってしまって」
「ふふん、別にいいのよ。後者の人たちって、無作為に生まれるようで。みんなある程度、共通点がありますもの」
「共通点?」
「ええ。未練ですわ」
「未練…」
未練。その言葉を聞いてしまい、口が詰まってしまった。
だって、未練なんて言われたら。望んでも無い形で、自分は命を奪われたんだ。心当たりがありすぎる。
「…たしかに、そうですね」
「でしょう? きっと、当たりが強かったのも未練に関係してるんだろうなーって思ったのですわ」
エリカは、そう言って前方に出てくるりと振り返る。
「なにかしらの所で、今の方が楽しいって思えたら、良いですわね」
と言って、エリカはまたもふふんと笑った。
「…そう…ですね」
先者のくせに、なんて、頭の中でもそんな言葉が出れそうにない微笑みだった。
ふと、地上の方に目を向ける。背の高いビル町を抜け、海岸が見え始めていた。
「エリカさん。そろそろ目的地ですよ」
「あらほんと。じゃあ、頑張っていきますわ~」
お互いに頷き合い、二人して高度を下げ始めた。
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