第6話 後先同舟戦線

「消える!?」


 告げられた言葉に、真っ先に卯未は振り返った。


「ええ。後から他の人が入っても、何も残ってないんですって。犠牲者はどこへ消えますのやら」


 そう言うとエリカも人差し指の横腹を軽く噛みつつ、思案する。

 ちょっと意外だなと思った。先者でも人間の安否を思案するものなんだなと、卯未は素直に関心した。


「犯人の正体は、分かってますの?」

「いや、まだ不明だ。そこに君たちを呼び出した理由がある」

「君たちをって、鬼島きじまさん!それってまさか!」


 焦って声をかけるが、鬼島はうむと頷き返した。


「不服かね。先ほどの任務と同じように、君とエリカでチームを組み、今回の依頼に当たってもらおうと思うのだ」

「そんな!」


 部屋の前で集まっていた時点で、分かっていたことであったが。実際言われてみてショックだった。

 なんで、純粋な魑魅魍魎そのものと!だって、鬼島さんも後者だし、魑魅魍魎を抑え込む組織なのに!

 ここに、


「鬼島さん!なんで先者と一緒に、チームを組まなきゃいけないんですか!」

「えっ?」


 耐えられなくなった言葉が、思わず口に出てしまった。

 さすがに、にこにことも出来なかったのか、エリカの顔からも笑顔が消える。豆鉄砲を喰らったかのように不意を突かれた顔をした。


「卵未くん」


 鬼島さんは、怒鳴り声もあげなかった。

 しまった、と口をつぐんだ卵未に、鬼島は普段と変わらない穏やかな声をあげる。


「だからこそなんだよ。組んでもらうのは」

「…へ?」

「この組み合わせは、ハーピーと吸血鬼の相性とか、戦略性の話じゃない。

どちらかというと、君への教育みたいなものだ」

「わ、私にですか?」

「君は…。体にまだ慣れてないと言った物の、実力がある。まだ後者として生まれ変わって月日もさほど経っていないのに、見事に戦えるほどに伸びている」

「それは、ありがとうございます…」

「だが…。問題は、心だ」

「えっ」


 今度は、卵未が豆鉄砲を喰らったように戸惑ってしまった。


「君は、先者さきものに対する拒絶心が激しい。魑魅境として、抑える事以上に、許せない相手を骨の髄まで罰するかのような激しさだ」


 鬼島はそう言って、エリカの方に目を見やる。

 卵未も釣られて目線をエリカに向ける。

 エリカは、激しく激昂している様子はなかった。

 先刻から見せてきた高飛車な振舞や現れはそこになく。ただ、スカートに両手を押し付けて、悲しそうに俯いているようだった。


「あっ……」


 その姿に、卵未はつい目を逸らしたくなってしまった。


「君に何があったのかは、私も知らない。だが、私たちの目的は、あくまで人間と魑魅魍魎の境界線を、互いに干渉しすぎないように保つこと。だからこそさかいなのだ。」


 罰する事が目的ではない。そう鬼島が告げたした。


「………はい…」


 言い返す事もできない。卵未もまた俯いて返事をした。


「今回の事は、正体の分からない何者かが、人間と魑魅魍魎の境界線を深く浸食しているんだ。

だから。お互いの境界線を守ろういう我々の出番なのだよ」


 そう言って、鬼島はテーブルに一枚の地図を出した。


「これは、君がエリカくんと協力して事件を解決できるかという事も含めて、一つの指令だ。

この海岸線の道路途中の脇道、しばし進んだところに、一目の少ない廃工場がある。

事件各地に微かに残っていた瘴気から考えるに、この拠点が怪しい。二人して、現場にて犯人の確保にあたってほしい」

「………」


 一緒になんて、さっきの手前言えない。


「承知いたしましたわ!」


 すくんでいた卯未の横で、エリカは元気に言った。


「ふふん、先輩として。この未熟ちゃんはしっかりエスコトートしてしまいますわ、ええ」

「未熟…!?」

「その通りでしょう?」


 エリカは再びにこにこと笑う。


「ふふん、御安心なさい、わたくしがしっかり守ってあげますとも。ふふん」


 ふふんの二重掛けだ。


「わ、わたしも…がん、ばります…」


ごめんなさい。と、声を上げる前に、エリカが卯未の手、翼の先を握った。


「よろしくお願いしますわ、卯未さん」


 不思議な人だ、と思った。

 なんで酷い言葉を刺されたばかりで、こんな風に手を取れるんだろうと。

 分からない、不思議な人だ。


「ご、ごめん。なさい」


 戸惑った結果。返事になってるかも分からない、変なタイミングで謝ってしまった。

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