第一章:本人スパムの噂

第5話 本人スパムのうわさ

「エリカ…さん…」


 思わず口元を歪めて、言葉が出る。

 エリカはそんな事気にしてないように、ニコニコと笑顔を返してきた。


「ふふん、朝からそんなんじゃ大変ですわよ。まあ、吸血鬼ゆえ、わたくしも辛いですけどね」


 と、エリカは窓の外を悩まし気に見る。


「さ、そろそろ中へ入りますわよ。本格的に日が入ってきたら、話を聞く前に殉職してしまいますわ」

「話を聞くって…!」


 卯未のぎょっとした顔をそっちのけに、エリカは元社長室の戸を叩いた。






「ごきげんよう、リーダー」


 元社長室内に入ったエリカは、にこやかに手を振った。

 その後に続いて、卯未も室内に入る。


「やあ、来てくれたようだな」


 部屋の奥にある大きなテーブルから、低くも穏やかな声が響き渡る。

 こちらの顔程もありそうな手を優しく振り返し、二人に近づくよう催促した。


「おはようございます、鬼島きじまさん」


 恭しく、卯未は一礼をした。

 目の前に居る男は、部屋の入り口の扉にぎりぎり通るかどうかと言うほどの、二人より二回りは大きそうな大男だ。その肌は微かに赤く、屈強な図体をしている。

 彼こそが、この区域の魑魅境ちみさかいのリーダー鬼島きじまであった。鬼の魑魅魍魎を纏い生まれ変わった、後者あとものの鬼だ。


「さて、昨日の任務はご苦労であった。あの一帯の地下には、意思疎通の測れないグールたちが住み着いてしまってたからね。いつ表向きに襲うかも分からない事態であったがゆえ、君たちの働きには、感謝する」

「ふふん、わたくしがばーんっと、大半倒してしまいましたものね」

「なっ、私だって。それなりに倒したよ!」

「まあ、偏りが出てしまうのも仕方がない。卯未君、君はその体にもまだ慣れてないのだからね。戦いに出て、生還できるだけでも、今は良い」


 穏やかな声で言われてしまい、卯未は言い返せなくなってしまう。

 なにさ、生還できるだけっていうのなら。この吸血鬼だって、私が咄嗟に動けなかったら怪我してた場面が二つぐらいあったのに。グールが生き残ってたのと、空から落ちたの二つ。


「はい!自分も、先者に負けないほどに、精進させていただきます」

「良い返事だ。そんなふうに、意欲的な君に話したい事なのだが」


 鬼島は表情を一変させて、より一層真剣な目つきで卵未を見つめた。


「は、はい。なんでしょうか」

「君の成長にもつながると思う依頼なのだが。人探しをお願いしたい」

「人探し…ですか?」

「そうだ。この所の、失踪事件と言うものを知っているかな」

「あら。はいはい!わたくし、知っておりますわ!」


 隣に立っていたエリカがぴょんぴょんと手を上げだした。


「知っているかい?エリカくん」

「もちろんですわ。」


 ふふんと腰に手を当てて、エリカは自慢げに息をついた。

 この自慢げにふふんと笑うのは、エリカの癖の様であった。

 卯未はこのエリカの振舞について、何らかのきっかけで、度々こういうふうに笑うのが癖になったのだろうと想像はついている。

 だが、いったい何をしたらこんなにいちいち高飛車そうな笑い癖がつくようになったのか、そこまでは分かり切れなかった。


「この所話題の『本人スパム』の噂ですわ。

ある日、ふと自分が使っているSNSにチャットメッセージが届く。スパムであるのは見ての通りなんですけれど。そこに書かれるのは、本人以外に知りようのない、隠したい最悪の秘密なんですの」

「本人の?」

「ええ。住所、口座の暗証番号、過去に蔑ろにしたマナー、挙げ句はいつあられもない事をしていたかと言う、内緒の事。

本人スパムは、送られた本人が一番知られたくない、心を分かりきった内容を送って来ますわ」


 厄介だな…。卯未はそう思った。

 そういう脅迫話は、騙されないようにとかを通り越して、誰かに相談しようも口に出せない事が多々多い。


「その本人スパムは。勇気を持って警察を頼った人から、分かったの?」

「それに関しては、その通りだ」


 鬼島が、肯定として頷く。


「最も、本人スパムの特徴として、親しい人のアカウントやメールアドレスも添付されててな…。警察に駆け込んだ瞬間、本人スパムの内容が一斉送信されたそうだ」

「うえっ」


 それは、酷い。元人間であるがゆえ、そのえげつなさがよく分かる。悪魔の所業だ。


「結局、そうまで投げ打って通報した所で。特定できた発信元の端末は、どれも盗難品。記載された住所も指定の時間はあれど、もぬけの殻だ」

「なんとも酷いですね…。魑魅魍魎の仕業という事を除けば、ただの悪意の塊じゃないですか」


 苦虫を潰したような顔を卯未は浮かべる。

 しかし、すぐにふと疑問が浮かび上がり口にした。


「…そういえば、記載された住所、ですか?」

「そうだ。本人スパムは、公開されたくなければここに来いと、連絡が来るのだ」

「それって…。誰にも言わないで行ったら、どうなるんですか?」


 そう言うと、鬼島の顔は俯き、悩ましい相を見せた。


「……姿が跡形もなく、消えると言いますわ」


 言葉を続けるように、エリカがそう口を開いた。

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