第14話 食堂の銀の荒髪

「しかし、驚いたわ」


食堂室を目指している最中、浮絵が口を開いた。


「え、なにがです?」

「貴女が、エリカを誘いにいったのがよ」


 ふふっと、安心したような表情で浮絵は卵未を見た。


「昨日任務に出発したときは、目の敵って感じにエリカちゃんを見てたじゃない」

「あぁ……そう、ですね」


 忘れたというわけではない。卵未自身も、エリカを食事に誘おうと思った過程で、昨日の夜とは対応が違うじゃないかと思った。


「もう少し、慣れるのに時間がかかるかなぁって思ったけど、どうしたの?任務で良いことあった?」

「良いことって……なにか、特別なことがあったわけじゃ、ありませんよ」


 そう、特別なことは無かったと思う。

 強いて言えば、いつも通りのエリカがどんな人柄か、見る機会が出来ただけだ。

先者という物が、怖いことはまだ拭えていない。いったい、何をするのかも、実際エリカの動きはトリッキーで、それは変わらなかった。

 だが、それでもだ。


「エリカ、さんは……思ってた先者とは、違う気がしたんです」


 優しい人だ、とは口に言えなかった。そこまで、急に口に出すのはちょっと恥ずかしかった。


「そう……ね。うん、エリカちゃんは、面白い子でしょう?」


 浮絵は、少し思案をした後に、頷き返してきた。

 それに関しては、ええ、と。頷き返した。






 食堂室は食材に関しては1階を経由して運搬している関係上から、下側の階に存在する。

 何度か階段を下ったのちに、二人は食堂室にたどり着いた。


「このビル、そのうちエレベーターとか付けてほしいですねぇ」

「電気が通ってるだけありがたい状況だけどねぇ…。エレベーターは、メンテがどうもね」


 入り口にあるのは、ここだけホテルかと言わんばかりの木製の趣のある厚い扉。浮絵がその扉を開き、二人は中へと入っていく。

 室内に入ると、そこはまさに豪華な旅館の食堂の様相を成していた。

このビルの由来は、誰かに尋ねてはいなかったが。前身はホテルかなにかだったのだろうか。白いシーツの掛けられたテーブルが複数並んでおり、奥には、宴会用壇上を、キッチンに加工したと思われる、一段高いキッチンカウンターが設置されていた。

 これこそ、魑魅境拠点ビル名物『銀母食堂ぎんぼしょくどう』だった。

銀母食堂は、一人一人で種族上食べ物が違ったりする魑魅魍魎達のまさに救いの場だ。

 実際、卵未が食堂内を見渡してみれば、まばらに魑魅境達が席に座って食事をとっていた。


「朝だけど、それなりに居ますねぇ」

「うち夜型が大半なのにね」


 二人は奥のキッチンカウンターへと向かう。

段差を上り、カウンターについて声をかける。


三札みふださーん。居ますかー?」


 卵未はカウンター内に声を掛ける。調理をしているここの預かり人の姿は見えなかった。カウンターの中は、朝だと言うのに真っ暗なのである。

 だが、営業をしていないというわけではない。耳を澄ませると、


「……み、三札みふださーん……?」


 正直怖い。だが、こっちだってお腹が空いてるんだ、引くわけにはいかない。

 引き腰なのをこらえ、声を掛けていると。突然、カウンターの下からやつれたぼさぼさの銀髪が現れた。


「ひぎゃっ!?」


びくっと怯み、のけぞる。おもわず、元宴会壇上から足を踏み外しそうになるが、翼を羽ばたかせ、なんとかして堪えた。


「こらっ!!食事中に羽ばたくな!埃が入るだろうが!!」

「うあぁっ!ご、ごめんなさい!!」


 壇上に近い所に座ってた魑魅境に怒られてしまい、ぺこぺことお辞儀を返す。

 その背後で、あっはっはと笑う声がする。


「あー、お前さんかい。相変わらずまぁ、未だにおっかなびっくりだーねぇ」

「三札さん……」


 カウンターに肘をついてカカッと笑う山姥が、そこには居た。

ぼさぼさの銀髪をしている、荒々しい見た目だが。カカッと笑っているうちに、その肌は若いそれになり、髪も端から栗毛の明るい色合いになっていった。

 彼女こそがこの銀母食堂の料理長、後者の山姥、三札だ。


「んもー。若い子は驚いちゃうじゃない?いい加減キッチン真っ暗にするのやめたらー?」

「この方が、集中できるんだよ。美味い飯食いたいだろ?」

「なら、仕方ないかー」


 浮絵は軽く説得しようとしたが、あっさり説得されかえされた。


「も、もうちょっと粘ってよ……!」


 卵未は小さく、独り言を呟く。

 だが、三札が言った言葉もある意味事実でもあった。


「待ってな。ちょいと料理してくるからな」


 三札は腕をめくると、卵未と浮絵の顔を一瞥し、また暗がりに消えていく。

 そして、カタカタと鍋か何かを動かした音に、シャッと刃物を構えた音がした。

 料理をする音が続き、真っ暗な空間にぼっと火が灯った。


「あいかわらず、独特な調理だ……」


 目の前の光景に関心していると、突然。その暗がりから料理が盛られた皿が差し出された。


「うわっ!」


 ぬっと、またも銀髪のぼさぼさになった三札が顔を出してくる。


「へへっ、おまたせさん! 卵未には、昨日ので疲れがたまってそうだったから、スタミナましましにしておいたぞ」


 そう言って、手が使えない人用に首からかける囲いの高いトレイに料理は盛られ、卵未の首へと例が掛けられた。

 ほかほかの料理の湯気が、卵未の顔に当たる。その匂いは、昨日の任務の事を少し忘れさせてくれそうな、食欲をそそるものだった。


「良い匂い……ありがとうございます」

「にひひっ、いいってことよ。たんと食いな!」


 それだけ言うと、三札は暗闇に消えていった。


「相変わらず、変わった集中方法だよね?」

「ええ……。 でも、それで美味しい料理作るんですもんねぇ……」

「三札さん様々ね」


 キッチンの壇を降りて、二人はテーブル群を歩いていく。


「さーてと、どこが空いてるかなぁ……」


 と、浮絵が辺りを見渡す。

 その時、テーブルの端の方を見たところで。浮絵はハッとした。


「あ、あれ……?」

「? どうしました、浮絵さん」

「卵未ちゃん、あれ……」


 浮絵が指した方を、卵未は釣られて見る。


「……あれっ!?」


 視線の先、食堂の端のテーブルに、ぼそぼそと食事をとっている二人が居た。

 一人は、どんと構えて、わりと質素な和食を食している、穏やかな鬼島リーダー。

 それに対し、向かい合って食事をしているのは。こくん、こくんと首が座ってないとばかりに眠りかけながら、レバー炒めと思わしき料理をもしゃもしゃ食べ続けている、エリカだった。


「ええ、えー……そうなんですよぉ。こりゃーもう、根が凄くてですねぇ……あーもうびっしりとですよぉ、えぇ……」

「え、エリカ……!?」


 この時間はもう寝ていると思ったが、またもばったりと出会ったのだった。

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