第41話 呪い祓いは今この空の下に

 卯未は沼を跳びだし、空へと舞った。

 辺りではでは、所狭しと魑魅境にタンカークルーであるドッペルゲンガーが乱戦を繰り広げている。

 空には、満月のお月様、地上には水平線まで広がる海だ。

 間違いない。確かにドッペル回路を抜け出したようだ。


「戻ってこれた!」


 卯未は翼をはためかせたまま、近くの艦橋を見上げる。

 締結は、確かにエリカが艦橋に居ると言っていた。そのおかげで、間違ってもタンカー内の内蔵された沼タンクの中に沈められている可能性は無くなった。

 ならば、どこに隠されている……?


「……!」


 ふと、艦橋の一番上に位置する、広く見渡せる窓が取り付けられた操舵室を見たところでハッとした。

 そこには、艦上を見渡すように穏やかに眺めている利園校正の姿があった。その表情は、本当に穏やかだ。目の前で作戦を妨害され夢の一歩前で苦戦しているだろうに、まるで艦上の争いが愉快な見ものだと言わんばかりに眺めている。

 その利園が、ふと目線を降ろしたかと思うと、卯未と目が会った。

 そして、手を軽く室内へ向けて、にこっと微笑んだ。


「利園……! エリカはそこか!」


 その時、飛んでいる卯未の真横に二人のクルーが跳び上がって来た。

 それぞれが、卯未を撃ち落とさんと手のひらをまっすぐに構える、そして、服の裾から真っ黒な沼を手に流し込んで、刃物の武器とした。

 卯未は、その二人に目もくれない。


想翼刃そうよくば!」


 羽ばたいている翼の先から、橙色に輝く刃が噴出した。

 翼は羽ばたくままにタンカークルー二名を縦に斬り下ろす。一瞬か、タンカークルー達はそれぞれ構えていた腕を肩から斬り落とされ、地上へと落ちていった。

 卯未はそのまま、羽を更に強く振るい、高速で艦橋の操舵室へと飛び込む。


「うおおおぉおおおお!!!」


 卯未は衝突直前、きりもみ回転状に回りだし。窓に、卯未は想翼刃を叩き込んだ。

 斬撃の嵐か。勢いよく切り刻まれたガラスは、切れ端となって操舵室内部へと吹き飛び、卯未の操舵室内部への侵入を許した。

 卯未は、操舵室内部に着地し、顔を上げる。


「! エリカ……!」


 顔を上げると、操舵室の奥。両手を後ろに組み静かに立っている利園と、その横で椅子のような形をした沼に3分の1程沈みかけた状態で拘束され、目をつむっているエリカが居た。


「こんばんは、卯未さん、でしたでしょうか」

「利園!」

「ご安心を、エリカさんは生きておりますよ。こちらはなんともまあ、タフな物でしてねぇ。貴女が来るだろうから、それまで眠っているとか言って、寝ちゃいました」

「! ……生きてるんだな」

「ええ、能天気なぐらいに」

「……良かった…」


 拘束されている事には代わりはない。だがそれでも、卯未の口からは安堵の声が漏れてしまった。


「……言いたい事は分かるだろう。エリカを離せ」

「エリカさんの命と引き換えに、私達の味方になってくださいと言ったら」

「お前と今すぐ殴り合って、息の根止めてから助ける」

「あら、即答」


 利園はパチンと指を鳴らした。

 エリカを拘束している沼のイスから、無数の槍のような触手が伸びる。そして、それら全部がエリカに狙いを定めた。

 その瞬間、卯未が瞬時に間合いを詰めた。利園もまたそれを視認すると室内で天井擦れ擦れにまで跳び上がる。

 卯未は翼の両端から橙色の光の刃を噴出させると。沼のイスを根元から大きく薙ぎ払った。


「わお!」


 利園が感嘆の声を挙げる。

 エリカを処刑するはずだった槍たちはみな焼き焦げていき、エリカを拘束していたイスも、端から焼けていき無くなった。

 自由になったエリカがゆっくりと地面に倒れそうになるが、卯未は想翼刃を止めると、柔らかい翼の羽でエリカをそっと抱きかかえる。


「……ん、んぅ…」


 エリカが、軽い唸り声をあげると、ゆっくりとその目を開けた。


「……あら、卯未じゃない。おはよう。やっぱりふさふさしてて、寝心地が良いですわね」

「全く。これが最後だから、なんて言っといて、生きてたらそれか」


 卯未の表情には、穏やかな安堵が浮かんでいた。


「あっはっは! いやはや、実に素晴らしい!」


 利園は着地すると、即座に操舵席の窓側へと駆け寄る。


「窓の外を見てみろ!」

「! なっ……!」


 卯未は驚きの声をあげた。

 窓の外、艦上よりも更に先に広がるのは水平線。その真っすぐ先に、ぼんやりとが見えた。


「君たちも分かるだろう? 既に沖へ出て、軌道も調整し終えた。あれは、これから突撃する街だ!」


 利園の足元に、沼があふれ出す。そこから一本の触手が伸びだしたかと思うと、電子基板からハンドルまで、何もかもを破壊した。


「ハンドルが!」

「あっははは! 後は自動航行さ。タンカーは誰の指示も受け付けず、勝手に陸に衝突する!」

「く……狂ってますわ」


 利園は更に沼を溢れさせ、身体の全身に這わせた。


「今日、憎ったらしい利園貿易会社は、近代史に残る最悪な企業として名を残す! 最高の泥を塗りたくって、復讐は果たされる! あははははははは!!」

「……させるか」


 卯未とエリカは立ち上がる。

「辛いことがあったんだろうが、そんな風に成り果てちまったら。利園、もう誰もお前を助けられない!」


 卯未は想翼刃を、エリカは織二口を展開する。


「魑魅境として、このタンカーは喰いとめる!」


 争いの音が大きくなる中、卯未とエリカは二人並び立ち向かった。

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