第16話 疑惑の停泊タンカー

 利園貿易会社。これまで相手してきた敵たちと比べると、途端に表の人間社会に面した名前が出てきて、卵未は驚いた。

 貿易……貿易?港とかでコンテナとか降ろしたりしている、企業か?


「そんなところの社長……」

「驚くことも無理もない。 彼がドッペルゲンガーなのかどうかは分からない。だが、これを見てほしい」


 鬼島さんの言葉に対し、なぜか浮絵さんが写真を出す。阿吽の呼吸かなにかか。

 ともかく、テーブル中央に出された写真を覗いてみる。

そこには、夜間コンテナが密集した区画を上部から撮影したような構図が写っている。

 写真の中央では、。その男の前に立ち、まるで指示を出しているかのような利園の姿があった。


「!……この沼!」

「エリカくんから聞いて、驚いたよ。 とても似ているとね」


 驚く卵未に同意する鬼島。二人の意見は一致している。ドッペルゲンガー達が使っている沼と同一のものに間違いないだろう。


「先日の誘拐事件のドッペルゲンガー達は、これを生気搾取装置として使っていたが。本質は異なる場所を繋ぐみたいなものなのだろう。」


 テーブルに大きな両手をそっと置き、片方から片方へと手を動かすジェスチャーを取る。


「生気という曖昧な存在から、人みたいな物体までもが通る事の出来る、ドッペルゲンガーが作り出した通路。本来、本物の自分がどこに居ても姿を見せるのに使うと言った、ドッペルゲンガーの特有の能力なのかもしれないね」


 そう語る鬼島リーダーと、エリカの寝顔を交互に見る。

 特有の能力で、こんなゲートを開く事ができる魑魅魍魎も居るのか。そう考えると、ちょっとうらやましかった。

 ハーピーは空を飛べるが、それ以上に何かが出来たりするのか? あいにく、魑魅境に自分以外のハーピーは居なく、教わる事も出来なかったというわけだ。

 ひとまず、憧れはそのへんにしておいて。この黒ずんだ沼がドッペルゲンガー特有の能力であることは理解した。


「見て分かるほどじゃなければ。どういう魑魅魍魎か分からないことも多いからね……。ひとまず、正体不明の魑魅魍魎と内通を取る社長として、マークをし続けていた」


 だが、それもこれで終わりだ。そう鬼島は言う。


「今回の誘拐事件に対する、君への依頼。 最初にも言ったように、君が慣れる為の訓練で終わるはずだった。 だが、事件は思ったよりも大きく。そのバックとなる団体も見つかった」


 利園貿易会社、利園校正りえんこうせい社長。今一度、卵未は写真を見返す。


「先日の犯人の最後の言葉から。彼もまたドッペルゲンガーであるのはほぼ確実だろう」

「……そして、大勢の人間から生気を吸い上げ、何かを企んでいる事も」


 卵未は鬼島の目を見る。自分の当たった事件は、さらに大きいものだったと実感した。


「リーダー。私に続投させてください」


 鬼島リーダーが言うよりも先に、お願いした。

 人間になりたいという自分の思いに近しい願いが、歪な形で果たされようとしているこの事件。止めたいとも思うし、そこに自分の憂いに対する答えがあると思っていた。

 だからこそ、この事件に参加したかった。


「……先に言われてしまったね。 魑魅境として、良い心構えだ」

「ありがとうございます!」

「面白そうですわぁ……」

「えっ!?」


 突然、横から聞こえた声に振り向く。

 虚ろな目をしたまま、勝ち誇ったと言えばいいんだろうか、そんな感じの顔をしたエリカがこちらを見ていた。

 ……話聞いてたぞ、驚いたか、ふふん。という心の声が、聞こえそうだった。


「お、起きてたのエリカ……」

「わたくしも、卵未に付き合いますわぁ……」


 そう言って、エリカは親指を立てる。そのままテーブルに顔を付けて動かなくなった。

 今思うと、鬼島リーダーが眠気がやばいところに話しかけてきたとはいえ。なんて場面でだらしなくしてるんだ。場所が場所なら不敬!有罪!のコンボが決まりそうだ。


「分かった。エリカ君も頼もう」

「では、エリカさんに割り当てる予定だった任務は、他の方に調整しますね」


 と、さらさらと浮絵さんがメモを取り出した。

 鬼島リーダーも席を立つ。


「出発は今夜にしなさい。 件の貿易会社は、このところ港にタンカーを停泊させている」

「タンカー……ですか?」

「本人スパムの噂が広がりを見せた時期と、ほぼ同じくしてだ。 おそらく、今回の事件になんらかの関係がある」


 最後に鬼島リーダーは、卵未に穏やかな表情と期待を乗せて顔を向ける。


「君とエリカ君はこのタンカーを調べて、利園校正が何を企んでいるか、調査してくれ。頼んだよ」

「……!了解しました!」


 食堂を後にする鬼島リーダーの背中に、卵未は敬礼をして見送った。






「ふふん、ふん、ふふん、ふっふふーん!!さー、テンション上がってきましたわー!!」


 それから深夜になり、夜空の下でエリカが突然叫びだした。


「わっ!もー、すぐ急にはしゃぎだす……」

「ふふん、ぐっすり寝ましたですしね~」


 にっこにこと揺れながら、翼もはためかすエリカ。

 前回の任務でもそうだったが、エリカは任務が実践になる直前、ぎりぎりのあたりでハイテンションになるくせがあるような気がする。

 任務が楽しみ、というよりは。もしかすると、魑魅境としてエリカが務めていく過程で身に着けた、任務の前の儀式みたいなものなのかもしれない。


「ふぅ……変わった開始儀礼ですねぇ……」

「へ?」


 エリカは軽くきょとんとしたが、意味が分からなかったようで、そのままふわーっと興味が引かれるままに前方に目を向けた。


「月も素敵でしたけど。人工的な景色も、なかなかいいものですわねぇ」


 風でマントをなびかせながら、感嘆の声を上げる。

 卵未も一緒になって前方の景色を見て見れば。前方には、港に並ぶコンテナ、遠くのコンテナ船群。そして、なによりもがオレンジの照明にぼんやりと照らされ、そこにそびえたっていた。


「そうですね。私も、こういった景色は嫌いじゃないです」


 お互いの目を見て頷く。再び港に並ぶコンテナの先に停泊しているタンカーを見る。

 あれこそが、利園貿易会社が所有しているタンカー。

 二人で船の内部にたどり着き、利園校正の計画を知る事が任務だ。

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