第17話 無人のコンテナ広場
港は、遠くの道路を走る車の音さえもが聞こえるほど、静まり返っていた。
コンテナ広場で作業をする者はおらず、ただ橙色の照明だけが、暗がりに散らばっている。
しかし、そのコンテナの間を飛ぶ影が居た。
「卵未さん。監視カメラは?」
「見た感じ……無い」
「妙ですわねぇ、仮にも普通の仕事場でしょうに」
コンテナの影に背を付け、息を落ち着けたのは卵未とエリカだ。
任務を開始した二人は、まっすぐにタンカーを目指している。
「空を飛べたら、楽でしたけれどねぇ……」
「さすがにばれちゃうからねぇ。エリカはまだいいよ」
卵未はそう言って、自分の足をひょいひょいと見せる。
エリカと地上の走る速さはそれほどは変わらないだろう。だが、なにせ爪がある。地上で走るにはコンクリートに足をつくたびに音を響かせてしまうようだった。
「走れるといえば走れるけど…。どうしても音が」
「ふぅん……? ちょっと動かないで」
「へっ?」
エリカはそう言うと、卵未の足元にしゃがみこむ。そして卵未の片足を手に取るとまじまじと触り始めた。
「な、何を!」
「静かに。ばれちゃいますよ」
ふふんと、小さく笑う。しばらくすると、うんと納得したように頷き、顔を上げた。
「作った事ない挑戦ですが、卵未さんに合った靴でも作れそうですわ」
「へ?」
思わぬ提案がエリカの口から出た。
鳥の靴? あまり聞いたことない言葉に、思わずきょとんとしてしまった。
「え、エリカが作るの?」
「ええ。ふふん、私、そういう装具作るの好きなんですわ」
卵未は意外だと思った。自由奔放で無鉄砲だからこそ輝ける、みたいなことを口走りそうなエリカが、そんなに家庭的な才があるなんて。
靴を作れるなんて、なかなか言えるものじゃないだろう。
「この任務が終わったら、卵未さんに作ってあげますわ」
「エリカ……い、いいよ。 ほ、ほら。私の武器は、爪だもん! 音が出たって、いざという時に爪で戦えなくちゃ!」
「あら……それもそうでしたわね」
エリカが、そういえばそうだったとばかりに驚く。
「で、でしょう? だから大丈夫だよ!」
「ふうむ……それじゃあ仕方ありませんわね」
どぎまぎとする卵未だが。それに対し、エリカは少し思案した後、仕方ないと納得した。
「……でも。作ってくれるって言ってくれたのは、嬉しい。 ……ありがとう」
次に移るコンテナを観察しながら、卵未がポツリとそう言った。
「! …ええ、どういたしまして」
ありがとう。という言葉が意外だったのだろうか。エリカはちょっと驚いた後に、自然と微笑みを浮かべた。
「やっぱ、任務外用に作ってあげましょうかしら」
「えっ、それなら……欲しい、かも。 ほらっ!次行くよ!」
「ふふん、おっけーですわ」
卵未が催促する。それにつられるようにして、二人はさらに奥へと進んでいった。
二人が去った後には、少しの静寂が入り込む。
「……ははっ」
誰も居なくなった筈のその場所で、嘲笑するように笑い飛ばす人影があった。
「結構、広いですわねぇ……」
少し息をつきながら、エリカは言う。
卵未自身も、隠れながら進むのは、思ったよりも疲れを貯めていた。
いつも常人の倍以上のバイタリティで飛び回っているから、この程度では疲れる事も無いと思っていたが、それは違うと思い知らされる。
いつ敵が来るかも分からない中で、静的に動くことを意識するのは苦労する。
「浮絵さんだったら、こんなの余裕だろうなぁ……」
「ですわねぇ……いや、どうでしょう。 透明になって待ってる間、ドキドキしちゃって、余計疲れるんじゃないかしら?」
「あー……そうかも」
透明になっている間、浮絵がどんな顔して脅かす相手を待ってるかは分からない。
だが、さながらサプライズパーティーをする為に、待ち伏せしている時みたいに、心臓がどきどきしてそうではある。
もしそうであるなら、案外浮絵さんも命をかけてるようだ。いたずらに。
「しかし……コンテナ、途切れちゃったね……」
エリカがはぁっとため息をつく。
出発地点から半分ほどの距離は来ただろうか。遠くの背景の一部だったタンカーは、今ではそれなりの威圧感を見せ、そこに泊っている。
だが、問題なのは目の前だ。グラウンド一つぐらいの範囲でぽっかりとコンテナが無くなっている。
おそらく、単にここに置く程積み荷が無かったというだけの話なのだろうが、そんな些細な話が、この場では困った状況を作り出していた。
「どうします? このスペースを駆ければ、またコンテナ群に潜めれそうですけど」
「それにしては、距離が長すぎるよ。タンカーが近い手前。ばれるって」
「参りましたわねぇ……あ、でも。私が霧になって向こうに行けば―――」
「それ、私は?」
「……一緒に、霧に」
「私ハーピーです」
エリカがなまじ霧に変わりかけていた体を元に戻す。
距離も十数メートルと少しだ。ずっと監視されている見張りの目もないし。いっそのこと、手っ取り早く駆け抜けていった方が良いかもしれない。
「じゃあ、二人して駆けましょうかしらね」
「ええ。そうしましょう」
二人は、コンテナの外、周囲を見渡す。
ここまでの行程と同じく、見回りどころか、監視カメラさえ無い。
行くには絶好の機会だった。
「それじゃあ、行きますわよ。いち、にの……」
エリカが合図を取ろうとカウントをする。
卵未も合図に身構える。
「……ん?」
だが、その時だった。
背後から、ぎいぃぃと鉄が軋む音がした。とても大きな物が軋めいている。
「さ―――」
「ちょっと待った!」
卵未は翼をエリカの口に回し込む。
「んむっ!……ぷはっ、すっごいふさふさしてる…‥」
「ちょっと静かに。なにか、聞こえる」
「えっ?」
卵未が姿勢を低くするのに合わせて、エリカも耳を澄ます。
「……!たしかに、聞こえますわね……」
「作業員が、コンテナでも動かし始めたのかも」
もしそうなら、ばれたらまずい。音の発信源はどこからかと辺りを見回した。
だが、分かった事はそんな優しいものではなかった。
突然、自分たちの後ろのコンテナが吹き飛ばされた。
「え?」
宙を見上げる二人。その先には、数メートルは飛び上がった巨大なコンテナ。
それが、弧を描いて二人の居る元へ落下してきている。
「……作業員が、こんなことするわけないよね!!」
卵未の全身から汗が噴き出す。
エリカが悲鳴をあげるよりも先に、卵未はエリカの首裏を鷲掴む。そのまま、翼を思いっきり振ると、コンテナを横から滑るように飛び、コンテナに潰される直前、ぎりぎりで脱出した。
二人が今さっきまで居た場所には、コンテナが激しい音を立てて落下する。
「きゃあっ!!……あ、あれ。生きてますの…!?」
「危なかった……」
隠れてたコンテナと降って来たコンテナ。その間に隙間は無い。
もしあの場から動けてなかったら、どうなっていただろうか。自分は助からないとして、吸血鬼は再生できるのだろうか。
どう想像しても、良い結果は返ってこない。そうなる前に、避けれて良かった。
「でも、まだ終わってないよエリカ。 誰だか分からないけど、見つかった!」
卵未はコンテナが飛んできた方向を見る。
そこには、一人の男性が立っているようだった。その見た目は、十代半ばのぐれた不良のような格好だった。黒いスーツに内側は真っ赤で、それをわざとはだけさせている。髪は金髪で耳によく分からない模様のピアス。そして、片手には武器と言わんばかりの鉄パイプが握られている。
「な、なんだあいつ。一人?」
「ハッ。あっはっは」
男性は宙を飛んでいる卵未の方を見て、演技掛かった笑いをする。
そして、次の瞬間。男は
「……はっ!?」
「鳥いっぴーーーきぃ!!」
そんな馬鹿な。距離は数メートル空いてるし、地上から3m以上はあるぞ?あり得ない、と叫ぶ卵未に、鉄パイプが頭部目掛けて振り下ろされる。
卵未は咄嗟に、両腕の翼を頭にかざした。
鉄パイプは、卵未の翼に容赦なく叩き込まれる。
「っ!!があぁぁ!!」
翼の中の骨にヒビが入ったんじゃないかという激痛が走る。
それだけじゃない。パイプは最後まで振り切られ、卵未とエリカ、揃って地上に向かって飛ばされる。
「卵未!!」
エリカが悲痛な声で叫ぶ。だが、すぐ後ろに地面が近づいてきていた。
「ぐぅっ……
言葉と同時に、エリカの首筋から、マントの表面に血管網のように血が染み渡る。
流れた血に呼応するように、エリカのマント表面から。巨大な獣の真っ黒な両手が跳びだした。
エリカは卵未を抱きかかえ。その背中で獣の手が地面に手を付ける。
獣の手は衝撃を和らげ、ゆっくりとエリカを地上に降ろした。
「ふぅ、ありがとう。 …卵未、大丈夫!?」
獣の手がマントに戻った後、卵未を心配そうに見つめる。
卵未は、顔を痛みでゆがめているが、ゆっくりとエリカを見た。
「いっ、つ……だい、じょうぶ。 飛ぶことだって、できるよ」
「はぁ……良かった……」
思わず、エリカの口から安堵の息が漏れる。
しかし休んでいる暇もない。二人揃って、もう一度前を見た。
ひしゃげたコンテナの前に着地している不良男性。そいつはパイプを遊ばせながらにやにやとこちらを見つめる。
「貴女…。何者?人間じゃないですわね!」
「……!あいつ!」
卵未はハッとした。
目の前の不良男性の顔には見覚えがある。鬼島リーダーに見せてもらった写真、その中で利園校正と話をしていた男だ。
「エリカ! あいつ……リーダーの見せてくれたやつに載ってた。直接の関係者だ!」
「なんですって!」
「はっ、あっはっは。面白いねぇ。知ってるんだぁ」
男はははっと笑う。
「俺は
情報機密云々、守る気なんてさらさら無いとばかりに口に出す。締結と名乗った男は、けらけらと笑い二人を見た。
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