第18話 衝動の限りの締結

「おまえは……ドッペルゲンガーか?」


 卵未が問う。


「んー? ああそうだよ?おれぁドッペルゲンガーっつうもんだ」


 締結は、なんのためらいもなしに肯定した。言葉のノーガードである。

 だが、その振舞い自体はノーガードとは程遠い。

 こうして睨み合っている状況でも、いつ動き出すか分からない。


「だが、ちょいと語弊っつうもんがあるかなぁ。ただドッペルゲンガーってわけじゃない」

「じゃない……? それは、どういうことだ」

「つまりだ……あー、あっはっはっはぁっ!!」


 突然、締結が叫び出したかと思うと、鉄パイプを振りなげてきた。


「なっ!?ぐぅっ!!」


 それに対し、卵未が前に出る。卵未は足を構えると、回りながら跳んでくるパイプを勢いよく蹴り、弾いた。パイプは、そのまま宙に飛び上がる。


「鳥足、なめんな!……なっ!?」


 しかし、卵未がもう一度前を見ると。締結が居た場所に小さな沼が広がっていて、誰も居ない。


「卵未!あいつ、沼に潜りましたわ!!」

「沼に!?じゃあ、どこからか出るのか!」


 指令の時に鬼島リーダーが語っていた推測を思い出す。あの沼はドッペルゲンガー特有のパイプだと。

 もしその推測が正しいとすれば、奴は別の沼へテレポートしてくる事になる。

 卵未はすぐに辺りを見回す。だが、何処にも沼溜まりは無い。


「……どこだ!」


 卵未は声を荒げる。

 しかし、次の瞬間。その声を握りつぶすように男性の手が卵未の首を絞めた。


「ぐっ!?」

「!?卵未!」

「あっはっはっははぁ……」


 手が伸びてきたのは、卵未のすぐ横。上から振り落ちてきた


「ま、まさ、かっ。そんなとこから……!」

「俺ぁただのドッペルゲンガーじゃあねぇ。既に、人間と成り代わり済みの、完成型さ!!」

「!か、んせい…けい?」


 聞き捨てならない言葉だった。成り代わり済みだって?

 それじゃあ、本来の互締結たがい ていけつという人間は、既にこのドッペルゲンガーの互締結に始末されたという事か?


「な、なんて、ことを……」

「いやー、成り代わるって言うのは良いもんでよぉ?ただ、地位を奪えるってだけじゃあねぇ……いつ消えるか分からない、自分の体の弱さに、怯えなくていい…!!」

織二口おりふたぐち!」


 卵未の視界が霞かけてきた中、何かの名前が叫ばれる。

 エリカの妖具の名前だ。エリカがマントを前に振るい、飛び散った液体から獣の爪が振るわれる。

 爪は締結の喉を狙っていたが、その前に締結は手を離し、パイプの中に戻っていった。爪だけが宙を空ぶりする。


「えほっ、けほっ!!ありがとう、エリカ……」

「危ういですわね……。力も、機転も、本人スパム事件で相手した方たちと、比べ物になりませんわ」


 果たして、成り代わりが成功したというだけで、生気を吸い続けていた奴らをはるかに上回るパワーが出るんだろうか。

 だが実際問題、締結は並みの人間をはるかに超えた力を得ている。タンカーを前に大きな壁が出てきたのは間違いなかった。


「お前!利園に雇われたと言ったな!お前らは、何が目的だ!」


 空に向かって問う卵未。すると、最初に鉄パイプを投げてきた地点の地面から、また締結が浮き上がってくる。


「目的ぃ? 俺を成り代わらしてくれたのは、たしかに利園だ。だが、あいつの目的なんて、俺は知らねぇ」

「なっ……知らないで、付いてってるのか!?」

「そうだよ。 だがなぁ、あいつが手を貸してくれるまでは、こんなに力も無かった……」


 締結はそう言うと、地面を蹴り込む。

 足は地面に易々とめり込み、コンクリートの地表にヒビを這わせた。


「成り代わって見て分かるんだ!元の人間の性格なのか、本能的に感じる! 俺ぁ、とにかく無性に暴れて見てえと!」


 卵未は絶句した。人間に成り代わる前のドッペルゲンガー達には、ある種の悲壮感を感じた。

だが、目の前に居るこの男は、衝動の限りに快楽に溺れつくそうという邪悪さが感じれた。

 この男に使命も夢も無い。ただの道楽でしか辺りを見ていない。だから、ぺらぺらと雇い元の事さえも軽く話してしまうんだ。


「狂ってる…。利園という人物は理想があるように見えたが。よくお前を護衛にしたな……」

「んー、どうせ邪魔者は殺してくれるから、良いと思ったんじゃねーのぉ?」


 締結はまたもけらけらと笑う。

 どうにか巻きたいところだが、それも不毛な策だろう。この男は、見失ったとなれば、次は二人が確実に向かうタンカーに乗り込んで待ち伏せてくる。そうなれば、敵の計画を知る事はさらに困難になる。

 この男は、ここで倒すしかない。


「……そうか」

「お?」


 締結はきょとんとした。

 息を整え終えた卵未は、エリカの前に立ち、翼を広げる。

 目に逃げると言う文字は浮かばない。ここで倒す、そう語る卵未の意思が現れていた。


「卵未……倒すのね」

「うん。あいつは今倒さないと、先に進めない」

「ふふん。それだったら」


 エリカもまた、卵未の横に並んだ。


「私も一緒に。とっとと倒して進んじゃいましょう」

「ありがとう、エリカ」


 お互いに頷き合う卵未とエリカ。

 二人は揃い、締結に向け構えた。


「ん~。良いねぇ、二人とも乗り気だ。 ……だがなぁ」


 締結はポリポリと頭を掻く。何かが不満だとばかりに眉を潜める。


「何人来ても良いように、スペースは空けてたんだよ。でも、あんたら二人同時にすんのは、なんか味が無い気がするんだよなぁ」


「……?スペースを空けた?」


 卵未は辺りを見渡す。四方を見渡せば、たしかにここはコンテナが無い広場となっている。

 昼間の作業上、この空白ができたものだと思っていたが。まさか、わざわざバトルフィールドばかりにこいつが用意したのだろうか。


「んー……あっ!」


 締結は悩みに決着がついたのか。ぽんっと手を打つ。

 そして、次の瞬間。凄惨なにやけ顔を見せると、鉄パイプを思いっきりエリカに向けて投げた。


「ふんっ!」


 エリカは難なくその鉄パイプを手でキャッチする。そして、中から沼が溢れてこない内に遠くへ投げ捨てようと振り上げる。

 が、その瞬間だった。

 今度の締結は沼テレポートをしてこない。一瞬で卵未の正面に間合いを詰めてきて。そのまま卵未に突進し押し倒す。


「えっ!」


 思わぬ不意打ちに、一瞬で来た間。

 後ろに倒れる卵未と締結の先。着地するはずの地面に、大きな沼が広がった。


「しまった!卵未!!」


 エリカが慌てて、卵未に手を伸ばす。

 だが、その手は届かず。卵未は沼に全身を沈めてしまった。


「お前らは一人ずつ相手してやるよ、とびっきりの良い舞台でな!あっはっはっはっは!!」


 締結もまた、人を馬鹿にするような高笑いを残すと、卵未と共に沼に消えていった。

 エリカは沼に駆け寄る。

 しかし、エリカが地面に手を付けるころには、沼は何もなかったかのように消えてしまった。


「消えた!!……そんな……」


 場にまた静寂が返って来た。

 先日の事件と違うのは、エリカ一人しか場に残っていないことだった。

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