第38話 魑魅境星握破壊指令

 ビル屋上に、十数人の魑魅境が集まっていた。

 卯未はその中で、辺りを見回す。何度か顔を合わせた事がある連中が、それぞれ真剣な顔たちでそこに立っていた。


「屋上。遊撃班各自、準備はどうだ」


 どこからともなく、鬼島リーダーの声が聞こえた。

 そこに鬼島リーダーは居ない。浮絵さんがあらかじめ手配しておいた、言葉のテレパシーみたいな連絡手段のおかげだ。既に港へと出発した第一陣に立っている鬼島リーダーの声が、こちらにも届いてくる。


「タンカーは既に出航した。 沖に出たタイミングで、攻撃を開始する。こちらの攻撃開始と同時に、君たちも出撃してくれ」


 空から行ける自分たちは、遊撃班との事だった。

 きっと現場にたどり着くころには、陸地からの攻撃部隊によって艦上は乱戦状態に持ち込まれているだろう。

 たしか、タンカーというものは基本20人ぐらいの人数で運行するものならしい。それに加えて、締結みたいな防衛の為だけに乗ってる人数もいくらか居るはずだ。

 対して、こっちはこの戦いに突入するのが総勢80人前後。戦力差的にも、こちらの方が圧倒的だ。

 相手が常にエネルギーを供給されて戦い続けられる強化兵だとしても、各自3対1ぐらいに持ち込めるのなら、十分勝機があるだろう。

 それなら、自分が考える事はただ一つだ。


「エリカ…」


 自分は、戦いの中真っ先にエリカを探し、取り返す。それが全てだ。

 締結が立ち憚ろうが、利園がエリカを捕まえていようが、全部払い何が何でもエリカを取り戻す。

 

「絶対に助けるから……」


 先に出発した、鬼島リーダーの号令を静かに待ち続けるのだ……。






 先日、卯未とエリカを向かわせた港に、鬼島は来ていた。

 現地合流と言う形で、浮絵が最初に偵察に赴き、遅れて鬼島達がこの港に集合した。


「港を見張っているものは、いません。 みんなタンカーにのって行ってしまったようです」

「そうか、助かるよ浮絵君。まったく、船さえ離れてしまえば関係ないと思ったのかね」


 鬼島リーダーが海手前まで歩き、その後ろを50人前後の精鋭部隊がぞろぞろと姿を見せる。


「隊長、ここからどうやってあそこ行くんすか」


 魑魅境の一人が、水平線に見えるタンカーを指して聞いて来た。各自自由に役職を言うなぁ、一人一人微妙に呼び方違うし、となんとなしに思う。その子が呼びやすいんだったら、まあそのままでいいものだろうか。


「心配ない。今すぐに行ける」


 鬼島リーダーは辺りを見渡す。そこら中にバス一つ分はありそうな大きさのコンテナが積まれていた。

 ふと、そのコンテナの隙間から浮絵が姿を見せ駆け寄ってくる。


「お待たせいたしました。確認してみましたが、やっぱりここあたり一帯、ほぼ利園貿易会社のコンテナです」

「そうか。ありがとう、浮絵君。なら、遠慮はいらないね」


 そう言うと、鬼島リーダーはパンっと両手の平を合わせた。

 そして、その手に青白い炎が立ち込める。徐々に両手を左右に伸ばしていけば、鬼の金棒が姿を現した。


「鬼金棒。現れたもう」


 力強く太い腕で、現れた金棒をがしっと掴み地面に着けた。


「…さて」

「隊長、いったい何を?」


 近くの魑魅境が不思議そうに眺めてくる。さっそく答えを返そうと近くのコンテナに近づき、ぽんっとコンテナを叩いた。


「最初に乗りたい者は誰かな」


 一言、全体に向かってそう聞いた。


「……」


 一瞬、静寂が包んだ。


「ハッハー! なるほど!」


 最初に聞いて来た隊長呼びの子が、勢いよくはしゃぎだした。

 そして、我一番とコンテナに跳びのって鬼島に目を向ける。


「隊長、俺いいっすよね!?」

「ああ、もちろんだ」


 それに合わせて、隊長呼びくん以外にも3人ほどが名乗りあげてコンテナに乗った。このぐらいの人数が、ちょうどいいだろう。


「よーし、それでいい。 4人ともしっかりと掴まっているんだよ、それと顎は角に近づけないように。頭を打ってしまうのは良くないからね」


 そう言って、鬼島は金棒を大きく振りかぶった。身長が高すぎるからかコンテナ越しに水平線にタンカーが見える。迷うことは無い、


「うおおおおぉぉおおお!」


 勢いよく、金棒を振り切った。

 コンテナは鬼島の一撃を喰らうと、宙を舞う、どころの表現では済まない。まるで野球のホームランともいわんほどに高く高く、空へと飛んでいった。


「ひゃっはあああぁぁぁああああ!」


 隊長呼び君が、3人の悲鳴の中で唯一愉しそうな声を挙げている。そのまま一旦は空に豆粒のように消えていった。


「ふぅ……検討を祈るぞ」


 やる事やったように鬼島リーダーは額の汗を拭った。元来、鬼島リーダーは辛いこととか延々と悩むこととかが大の苦手だった。

 今の隊長呼び君みたいに、今ならではの派手さを楽しんでくれた方が気分も良かった。


「ナイスショットです、鬼島さん」

「うむ。最近パーっとやる機会も無かったからねぇ。次に打てそうなのは?」

「はい。それでしたらこちらのコンテナが良いかと」


 次やる事が分かってるとばかりに、浮絵は近くのコンテナを指さした。


「うん、助かるよ。それじゃあ……」


 鬼島は部隊を振り返る。半分ぐらいが引いてて、半分ぐらいが血気盛んに興奮しているようだった。


「次飛んでみたいの誰かな?」


 にこっと鬼島は微笑んだ。






 エリカは、艦橋で動けないままでいた。目の前ではニコニコとした気分で子弾みしている利園が立っている。


「いやぁ、出航できたねぇ。君の組織は海上戦を仕掛けてくる気かな?」

「どうかしらね…。何分、自由な人たちが、多いですわ」


 エリカは何気なくそう呟く。実際、魑魅境は自由な立ち回りをする人たちばかりだ。わりとトリッキーな戦い方をモットーとするエリカでも、全体が何をするかなんて読みきれない。

 その時、遠くから飛行機のような音が聞こえた。


「…ん?なんの音かな?」

「……さあ、なんでしょうかしら。……いや、読み切れない何か、ですわ」


 一瞬首を傾げたエリカだが。その音がなんだか分かる気がした。

 その直後。鉄が大きくひしゃげるような音と共に、艦橋に大震動が発生した。

 経っていた利園が思わず衝撃のままに転んでしまう。


「うわっ! な、何事だ!」


 操舵席に備え付けられている連絡機が、ブザー音をならす。

 利園は急ぎ連絡機を取り、耳を傾ける。


「どうした、何があった!」

「た、大変です! 利園社長! 敵がコンテナに乗って攻めてきました!」

「…待って、ごめんもう一回言ってくれ。コンテナって、港に置いてあるコンテナか?」

「その通りです! 空からコンテナが降って来たと思ったら、その上に敵が4名! 着弾前に敵はコンテナから艦上に着地! コンテナは、艦橋の側面に衝突しました! 艦橋二階の階段付近の壁が、穴が開きました!」


 何が何やらさっぱり分からんぞ! 利園はそう叫んだ。


「ぷっ、あはは、あっはっはっはっは!」


 連絡を横で聞いていたエリカは、盗み聞きした内容に思わず笑い出してしまった。

 そんな力任せでざっくりとした突撃の仕方、考えるのなんて。全く、相変わらず穏やかそうでざっくりとした面白い人だと感じた。


「来たみたいですわねぇ、私の仲間達が」

「コンテナで海上のタンカーに乗り込んでくる奴らが!?」

「ええ」


 エリカは、そう認識すると安心し、ゆっくりと自分の体を拘束している沼に体をゆだねた。

 これだけ愉快な突入をしてくれたという事は、。そして、きっと傷の手当ても受けれたはずだ。

 そう考えると、エリカは安心した。

 目の前で、利園もまた焦りよりも、笑いが混じっているような顔もちで、艦上のクルーに指示を送り始めた。エリカはそれを横目に目をつむる。

 こうなって来たのなら、自分は後は、助けを待つお姫様のように徹するまでだ。助けられた時、すぐに戦えるように体を休ませておこう。

 待っているよ卯未。きっと貴女が来ると。

 小さく、ふだんよりも柔らかい声でふふんと言う声が出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る