第39話 空高く舞えハルピュイア

「第一陣の皆さん、出撃開始! 遊撃班のみなさんも出撃を!」


 静かなビル屋上に、何処からともなく浮絵の声が聞こえた。

 この時を待っていたんだ、卯未の心臓はクラウチングスタートの合図が出た時のように高ぶった。

 周りがそれぞれ自分の出来る飛び方をすると同時に、卯未も空に向かって真っすぐ飛び上がった。

 雲をあっという間に突き抜け、方向が合っていると信じて雲を進む。そのまま雲を突き抜け、卯未は空に静止した。

 目の前には、最初にエリカと見た雲海の景色が広がっていた。中央には、完全に欠片なく満たされた満月が浮かんでいる。この調子じゃ、きっと海に反射する月も綺麗なのだろう。利園校正がこの日を開始日に選んだのも分かる気がした。


「今行くからね、エリカ……!」


 卯未は前へと全速力で羽ばたいた。目指すは海上のタンカー。そこでは戦闘が待っているんだ。

 頬に溢れんばかりの風を感じて居たら、不意に雲が途切れた。

 雲の切れ間から下を見下ろせば、地上に異様な明かりを放つタンカーが見える。


「星握発見…!!」


 翼の向きを変え、卯未は艦上へと降り始めた。

 近づいてい見て驚くのだが、艦上には既に大勢の魑魅境が降り、敵と交戦している。縦に広い艦上で、身のこなしの多彩なタンカークルーに二人から三人で戦いを挑み、いくら倒しても立ち上がる彼らにそのたびに挑んでいた。

 生気をすぐ得られるからといって、こんなにもすぐ蘇ってくるのか。数が勝るか、持久力が勝るかの戦いだった。

 卯未は艦上中央、狼男と思われる魑魅境を地に伏せたドッペルゲンガーに飛び蹴りをかました。


「ぐあっ!!」


 地面に勢いよく頭を打ち付けるドッペルゲンガーだが、頭が砕ける様子もない。一瞬、顔を血管のように黒い水が這ったかと思うと、すぐに目を開け卯未の足を掴んだ。

 卯未は掴まれてない片足でその手を斬り、掴むのが緩んだところでドッペルゲンガーを外側へと蹴り飛ばした。

 タンカークルーは何回か弾んだ後に、柵を跳び越え、海上へと落下していった。


「倒せないんだったら、この船のエンジンが止まるまで海上を彷徨ってるといい」


 卯未の後ろでうめき声をあげつつ狼男の魑魅境が立ち上がった。


「はっははー。助かったぜあんたよぉ」

「どういたしまして。 それよりも、第一陣よね貴方。吸血鬼の魑魅境が救出されたという連絡はあった?」

「吸血鬼?……先者のエリカか?」


 どれだけ有名なんだ、と口元をひくつかせたが、こくりと頷く。


「残念だが、乗り込んでからというもののタンカーのクルー連中と戦ってばっかで、戦況の進展を聞いてねぇ」

「そう……。私たち遊撃班が敵の猛攻を押すわ。……エリカを助けてからだけど!」

「なんだっていい!地上の連中はどんどんぶちかますからよ、幸運祈るぜ!隊長に栄光あれ!」


 狼男の魑魅境は、びしっと親指をたてると戦火の中に飛び込んでいった。生きていたら名前を聞きたい元気さだった。

 さて、第一陣のメンバーがエリカを見てないとなると、艦上にはまずいないだろう。そうなると居るのはタンカーの内部だ。

 艦橋の一番上か、もしくはタンカーの沼の中か……。どこかにエリカが居るはずだ。


「まずは、艦橋に入る!」


 卯未は翼を広げると、再び飛び上がった。

 艦橋までの向かう距離、それだけでも空さえ安全ではない。タンカークルーが地上で交戦中だと言うのに、跳びあがっては卯未を落そうと攻撃を仕掛けてくる。そのたびに避けて、逆に一蹴りかまして地上に突き落とした。

 どいつもこいつも、艦橋には近づかせないと言わんばかりだ。


「っ!!」


 ふと、どこからかブオンとバイクの唸る音が聞こえた。


「はっはっはああああああぁぁああーー!!」


 聞き覚えのある音程の跳ね上がった笑い声が聞こえた。

 横を見ればバイクが艦上を走ってきている。そのバイクは、戦っている魑魅境の一人に目をつけると、その背中に飛び乗って、そのままバイクで踏み台に空へと跳び上がって来た。


「人間より、足腰もあって良い台だよなぁ!?」

「締結!」


 締結がバイクを更に踏み台にして跳びあがり、卯未目掛けて鉄パイプを振り上げてきた。

 卯未は足爪を振り上げ、鉄パイプを受け止める。何度も同じ攻撃を受ける気は無い。だが、艦橋まで一直線だった飛行を妨害されてしまったのも、また事実だった。


「今度こそ、最後に楽しくやろうじゃねえか」


 締結は卯未の足を掴むと、そのまま身を乗り上げて卯未を抱きしめるようにして抑え込む。


「ッ!」


 翼の可動部を抑え込まれ、飛べなくなってしまった。

 そのまま地上に落ちる卯未と締結。その先に待っているのは艦上の床じゃない。真っ黒な沼だった。二人はそのまま沼の中へとドボンと落ちてしまった。


「!……ッ!~~~!!」


 真っ黒な沼の中は、呼吸も出来ずあらゆる人の精神みたいなものが肌を全身撫でまわし、あまりにも気持ち悪い。

 その苦しさに一瞬耐えると。水面を逆さまにとびだしたかのように突き抜け、広い空間に出た。


「!ここは……ッ!」


 卯未はその景色に見覚えがあった。

 昨日も締結に引きこまれたばかりだった。宙に重力もない水中のように浮かぶコンテナ群、激流の中に出来たでかすぎる円柱の空洞。海の中。

 そう、締結が戦いの舞台に用意しただった。


「っく!」


 卯未は、片足を自分と締結の間に潜りこませ、締結を剥がすように蹴り飛ばす。締結はそのまま壁の外の濁流の中へと飲み込まれていった。

 卯未は体勢を整え直し、空間の宙に浮く。


「あっはっはっはぁ! この間はちゃんとやれなかったよなぁ!?」


 空間全体に木霊するように締結の笑い声が響き渡る。音程のずれているようで、侮辱よりも無邪気な興奮が孕んだ声は耳に障る。

 濁流の壁が一部分内側にはじけ飛ぶ。そこから、バイクに乗った締結が跳びだしてきた。

 締結はコンテナの上にバイクで着地して、鉄パイプを卯未に向ける。その姿は、まるで野球選手のホームラン宣言のようにも見えた。


「あっはっはぁ、この間となんか雰囲気変わったなぁお前? お前が大事にしてるエリカとかいう吸血鬼は、艦橋だ」

「! それは本当か!」

「ああ! ここ抜けた時の報酬があった方が盛り上がるだろう? 俺を倒したら、まっすぐ助けにいけるなぁ?」


 締結がにやにやと笑う。


「この間はうまくこの空間も使えなかった。いっちょパーっとやろうじゃねぇか。魑魅境」


 そう言うと、締結はバイクのエンジンをフルで吹かしだした。

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