第22話 悪夢の次は呪いだけではない

「卵未。うーみー……」


 真っ暗な中、優しく語り掛ける声が聞こえる。

 卵未は、ゆっくりと目を開ける。すると、真っ暗な景色の中、あちらこちらで光る橙色の照明群が見えた。


「ん、んんぅ……エリカ……?」

「あっ、起きましたわね! ふふん、おはよう!」


 またも定番のふふんという口癖が耳元に聞こえた。

 はっと気が付く。どうやら、エリカにおぶられたまま、コンテナの間を歩き進んでいるようだった。


「ここは…」

「あの沼の外ですわ。 貴女、泣きじゃくった後に気絶しちゃったんですわよ?」

「気絶!?」

「ええ、それはもうカクンっと。色々大変だったのでしょうねぇ」


 くすくすとエリカは笑う。泣きじゃくった子供が疲れて眠ってしまうようなもんなのだろうか。まさか気絶するなんて……。

 と、そこでもう一つ大事な事に気が付く。


「そうだ!エリカ、あいつは!?」

「あいつ? ……ああ!あの互締結っていうドッペルゲンガーの事かしら?」


 マッチングが言ったところで、エリカは話そうかと思案をする。少しした後に口を開いた。


「あの方でしたら、もう貴女がやった通りよ。 刃物みたいな何かで、細切れの、バラバラに……」

「も、燃えてない?」

「ええ。ガソリンまかれてたけど。卵未が止めたのなら、いいのかな?って」

「そ、そっか……」


 卵未は複雑な気持ちで頷く。

 自分はが執拗に切り刻んだものだが、彼には再生能力が備えられていた。本人の生命力ではなく、身にまとっている沼が生気を渡し、彼の肉体までもつなぎ合わせていた。

 もしかすると……。取り返しのつかない程の攻撃はしたが、あれでも再生して生き返るかもしれない。


「……もしかすると、また会うかもしれないなぁ……」

「あら、そうなの? ふふん、でも卵未ならばっちりでしょ?本当に凄いわ、まだ新米だと思ってたけど。貴女、あんなに強かったのね!」

「うっ……うん……」


 にっこりと微笑むエリカの笑顔が、突然。心を刺すように痛く感じた。

 耐えられず、口を開く。


「あの、エリカ……」

「ん?なにかしら?」

「さっきは、ごめん。……あいつに聞いたんだ、実は本人スパムの噂事件みたいな、誘拐された人たちが、まだたくさん居るって」

「あらまぁ。それはほんと?」

「ああ、流れる生気も見た。 それで……平気で人間を餌にしている事を、笑っているあいつを見て。その……カーっとなって、前が見えなくなっちゃったんだ」


 たどたどしい言葉。ごめんなさいと言っていいのかも分からなくなってしまう、不安。


「だから、さっきの私は……。錯乱気味で、それこそ、相手をいたぶろうという気持ちになって、気がおかしくなってたんだ。だから、倒せたのも、実力にもなってない、というか……」

「……うーん??よく分からないですわねぇ。 自分がやった事が怖いんですの?」

「えっ?」


 むむむと唸り声を上げていたエリカ。首を傾げて出たその言葉に、今度は卵未がきょとんとしてしまった。


「そんなに気にする事、ないですわよ。私だって、相手を倒す為に、既に倒した相手の肉片とか弾にしますし、二織口で」


 エリカの黒マントから獣の両腕が伸び、パタパタと両手を振るう。


「いや、その……そうじゃなくて。私、怒りのままに。見境なくあんな惨いことを……!」

「あまり気にしないですのー!」


 そう言って、エリカは卵未をおぶったままくるりと回った。


「卵未は、まだ実行してない頭で浮かんじゃったことまでも、自分の行いだとか気にしちゃいすぎ。頭の中でどんなことが回っても、立ち止まれたならいいじゃない」

「!?」


 その言葉に、卵未はぎょっとした。

 頭の中?それって、自分がエリカを殺そうとか思いかけた事を言ってるのか?

 直接何を思った事かは言われていない、なのに、心が見透かされたような気がした。


「卵未。貴女が何を呪ってるのか、私は分からないわ。 でもね、今の自分の姿ぐらい好きになっていいと思うわよ。私は羽がふさふさしてて、髪もくせっ毛あってほわほわしてて。それに強くて!色々大好きよ」

「え、エリカ……そ、そんな認められるもの、私にはないというか―――」

「認めちゃって良いの。 自己嫌悪はさっきみたいな事に繋がっちゃうわよー」


 ふふんと、またもエリカが笑った。

 ……そうか、そうなのかもしれない。

 かつての痛みに引きずられ、今の自分の全てを、呪われたものと決めつけている。

 ちょっとは、酷い過去の次に来た今の自分を、良いことは良いこととして認めて受け入れたら、心も落ち着くのかもしれない。

 そう思うと、先ほどの衝動も、自己矛盾ゆえの吐き気も。だんだんやわらぎ、落ち着きを取り戻してきた気がする。


「……ありがとう、エリカ。 また助けられたよ」

「? 自分嫌いになる必要ないって、言っただけですわ。ふふん」


 そう言って、エリカはにっこりと微笑んだ。


「……そ、そろそろ目が覚めてきたから。降りるよ。ありがとう!」

「あら、タンカーまでおぶっていてもよかったですけど」

「潜入中!」


 さっき盛大に敵とぶつかったけどねぇ。なんて言うエリカを横に、再びタンカーへ進み始めた。

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