第29話 吸血鬼は艦上へ
エリカは階段を上から下まで、踊場へ跳び下りる。着地したら休みなくすぐに2階へと跳び下りる。
そして、そのままもう一度下へ跳び下りようとしたら、次の踊り場からタンカークルーが3名駆け上がってくるのを見つけた。
「っ!こっちはだめ!」
エリカは踵を返し、2階廊下へと走りだした。
廊下を反対側へ走り抜ければ、向こう側にも階段があるはずだ。そこから、1階へ降りるんだ。
「……う、ううぅ……」
「!卵未!?」
卵未が、痛みに苦しむような唸り声をあげた。エリカは思わず走りながら背中を振り向く。
良かった、即死はしていないようだ。それだけでエリカはほっとしてしまった。
「ん、う……エリカ?なんで走ってるの?」
「逃げてるんですわ!敵にばれたのですよ」
「なんだって?そうか、さっきの、天井の腕、いづつ…!」
ぼんやりと言葉を喋る卵未だが、またも痛みに顔を歪めた。
「あまり喋らないで!ふ、ふふん!大丈夫、私がどうにかしますから!」
エリカはそう言い、笑顔を見せた。
やがて、そう話しているうちに廊下の反対側へとたどり着いた。
「よし、こっちから…」
そう言って、階段フロアへ足を踏み入れようとした。
しかし、その時だった。階段フロアに足を踏み入れた直後、上へ上る階段の死角から、真っ黒なトゲが伸びてきた。
そのトゲは、一歩踏み入れたばかりのエリカの片足の甲を貫き、地面に釘付けにした。
「いっ!!たああぁあああ!!」
エリカは仰け反るように悲鳴を上げた。危うくバランスを崩しそうになるが、マントから獣の両手が跳びだし、エリカの後ろ側に手をついて、転ぶのを防いだ。
「!!エリガ…!」
卵未も激痛に苦しみながら、絞るように叫ぶ。
とうのエリカは、歯を食いしばりながら痛みに堪える。
まだだ。今自分までも無力になってしまったら、二人とも逃げられなくなってしまう。それだけは、エリカ自身が許せなかった。
「織二口…!」
マントから獣の顎を呼び出す。顎はそのままエリカに刺さっているトゲを途中から噛み千切った。
「はぁ、はぁ…!ありがとう…」
エリカはのこったトゲを足から抜きながら、上の階へのフロアを見る。
そこには、戻っていく沼の触手が見えた。だが、使役していただろう主の姿は見えない。
「こっちが見えてないのに、こんなに操れる奴もいるんですわね……」
エリカが苦し紛れに起き上がると、背後から掛け音が大きくなってきた。
振り返ってみれば、先ほど階段を上ってくるのが見えたタンカークルー3名が、迫ってきている。
「ぐぅ……まずいですわね…」
階段側には、姿の見えない敵。元来た道からは迫る敵。
一か八か階段の上に居る分、今行こうとしていた階段から駆け降りるか?
…否。足を一歩踏み出しただけで攻撃されたんだ。わざわざそこへもう一度跳びだすのを危険すぎる。
「なら……!こっちですわ!!」
そう言って、エリカは横のクルー専用部屋へと跳んだ。
廊下に無数に並ぶ、クルー専用の自室。その一つを織二口でこじ開ける。
エリカは内部へ転がり込む。幸い、室内には誰も居ない。
顔を挙げて見れば、部屋の奥に艦橋の外が見える窓があった。
「ありましたわ!ここから…!!」
エリカは、残った片足で窓に向かって跳ぶ。
そして、窓を突き破って外へと跳びだした。
宙へと身体を放り投げたエリカ。
その高さは艦上から2階分。卵未を背負ったままそのまま地上へと落ちていく。
「ふっ!」
しかし、エリカは地面には当たらなかった。
吸血鬼の翼を全開に広げ、艦上の地面ぎりぎりで宙に飛び上がる。
「やりましたわ、成功ですわ!!」
エリカはバランスを整えながら、艦の最先端へ向かって飛ぶ。
急に跳びだしたバランスを整え終えた頃には、先ほどまで二人が潜入していた艦橋が、遠く後ろの方に見えた。
「どうにか、逃げられましたわね。卵未、本部に戻って、貴女の手当てをしますわよ」
「う、うん……」
エリカはそう言うと、そのままタンカーから離れるように空へ軌道を動かし始めた。
しかし、その時だった。
エリカの耳には、艦上に掛かっている作業用の端を駆ける足音が聞こえた。その音はとても速く、そして聞こえて居たと思ったら、突然音が止んだ。
「……えっ?」
ふと、横に誰かが来たのを感じた。
エリカは刹那の瞬間、その姿を目撃する。
それは、両腕の無い不良じみた男だった。
「……!互ていけ―――」
卵未が目を見開き、名前を叫ぼうとした瞬間。締結の回し蹴りがエリカを地面へ蹴り飛ばした。
「がはっ!?」
飛ぶ軌道は乱され、エリカと卵未はそのまま艦上へと落下する。
落ちる直前、卵未が翼を広げ、衝撃を和らごうとするが、衝撃を抑えきれない。そのまま二人して地面にぶつかり、転がり倒れてしまった。
「うぐあっ!」
「い、いつ、つ……!エリカ……!」
締結の思い一撃を横から喰らったエリカは、地面で悶える。
しかし、それでも震える手を地につけると、ゆっくりと起き上がった。
「ふ、ふふん。大丈夫、ですわ」
「あっはっはっはっはぁ」
痛みながら起き上がる二人に、聞き覚えのある耳障りな笑いが聞こえる。
見て見れば、端の上に着地した締結の姿があった。
「ほんっとねぇ。おまえら二人そろって、人の身体がぐちゃぐちゃにするの、好きすぎじゃねぇ?」
締結はそう言って、腕の突いてない両肩をすくめて笑った。
その時、艦上に再び大きなアラート音が鳴り響いた。
「っ……なん、でしょうかしら…」
締結はその音ににやにやともてあそぶような笑みを浮かべる。
「残念だったねぇ。結構、俺が居なかったら意表は付けてたんだよぉ?」
「何を言ってるの…」
「エリカ…。こんどは、私がせお……」
その時、タンカーの艦上にある、石油供給口がガパっと口を開いた。
「!」
驚く卵未とエリカ。そして、そこから大量の沼があふれ出してきた。
沼は艦上を左右に流れていき、手すりにまでたどり着く。
そして、そのまま艦上周りの手すりへと一回りに流れていく。一通り沼が流れ終わると、沼は一斉に空へ向かって伸びた。
沼は一本一本が一定間隔で並んでおり、その隙間は手が通るかどうかほどだ。
そして、沼は空中で鳥籠のように交差して編まれていく。それと同時に、艦上の全ての光が一斉に消えた。
「そうそう。灯ついてたら、外の連中にばれそうだしなぁ」
そうして、沼は折り重ねられ。艦上を丸ごと覆う
「な……タンカーまるごと、包み込むなんて」
「あっはっはっはぁ!どーよ、これじゃあもう逃げられねえぜ!」
締結がゲラゲラと笑う。その時、またも艦上の橋の上を歩く音が聞こえた。
「あまりはしゃぎすぎるな、締結。 君の機転にはとても助かっているが、あまり相手を刺激するものじゃない」
「ちっ、来たか……ですがよぉ、利園さん。こいつらを見つけたのも、逃がさなかったのも。大体俺の功績じゃねえっすか?」
「!利園……!?」
その名前に、卵未はハッとした。
体も頭も痛く、朦朧としている中で意識を手繰り寄せて、身体を起こし目の前を見る。
そこには、先日森の中で見た、スーツ姿の青年が居た。
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