第28話 敵地包囲網

 エリカは、館内に響き渡るブザー音を耳に聴いた。


「ぐっ…こいつ、やりましたわね…!」


 目の前の天井にぶら下がる二本の腕を睨みつける。

 腕の根元は、あの沼が粘液上に飛び出して腕と天井を繋ぎとめている。周りには、本体が居る様子はない。

 物質から生気まで、様々な物を通る通路と卵未との話で聞いていたが、まさか本体からの神経反応までも伝達するのだろうか。

 いや、そんなこと今はどうでもいい。今その腕がしたことが重要だ。

 あのスイッチは、タンカーに緊急事態を伝える連絡手段なのだろう。それを押されてしまったという事は、今二人がタンカー内に侵入している事がばれてしまったという事だ。


「卵未……!」


 急いで逃げねば。卵未の生死を確認する。どうか、どうか生きててくれ。

 抱きしめた限りでは、心臓だって動いてるし体温もある。だが、受けたのは頭だ、先ほどの攻撃は人間が受けようものなら、明らかに即死だ。下手すれば、頭そのものが砕けてたかもしれない。

 本当に卵未が無事かどうか、エリカにはこの場で判断しようがない。動けない卵未を連れて、なんとしても逃げるしかない。


「すぐここから出ますからね、それまでどうか…!」


 エリカは上体を起こし、卵未を背中に背負おうと動き始める。しかしその時、天井から締結の腕が降りてきて、またも鉄パイプを振りかざしてきた。


「邪魔しないでください!織二口おりふたぐち!!」


 声が枯れそうな叫びで、妖具の名を叫ぶ。

 卵未が被さってない、マントの両脇部分から巨大な獣の手が跳びだす。そして、その手は鋭い爪でまず天井と締結の腕を繋ぐ沼を切裂いた。

 支えを失った腕はバランスを崩し、パイプを空ぶらせそのまま落下してくる。

 それを地面に逃しはしない。エリカは落下中の締結の腕を睨みつける。獣の腕はそれに呼応し、手を全開に開き、腕をあっという間に丸ごと握りつぶした。


「潰れて」


 エリカの一言を境に、獣の拳から真っ赤な血が噴き出した。


「……これでも、まだ再生するのかしらね」


 握りつぶした残骸を部屋の端に放り投げる。そして、卵未を背負い終えたエリカはまっすぐ立ち上がった。

 エリカは耳を澄ませる。部屋の外は騒がしく、足音はあちらこちらを彷徨うどころか、こちらをまっすぐ目指しているようだった。


「さっきの叫びで、そりゃばれますわよね…。仕方ない、単独ですが……突破させてもらいますわ!」


 そう言い、エリカは扉に駆け出した。


「織二口!!」


 主の呼び声に答え、獣の手は分厚い鋼鉄の扉に殴りかかった。重い鉄がひしゃげる荒々しい音。そして、廊下に倒れ込む分厚い鉄の扉。

 エリカは部屋の扉が壊れたのを見届けると、そのまま廊下へ跳びだした。

 右に左、辺りを見回す。すると、左から3人、右から2人の人型が駆けて来ていた。


「これだけの事を見ても、遠慮なく走ってくるって事は。ドッペルさんと思っても宜しいですよね!」


 エリカは左右を見終えると、そのまま右へ駆け出した。数の少ない方で、とっととここから逃げさせてもらうつもりだ。


「どきなさい! 織二口!!」


 目の前に迫るタンカーのクルー達。そんな彼らに、エリカのマントから巨大な獣の手が二本飛びかかった。


「……」

「なっ!?」


 織二口が襲ってくるのを前に、タンカークルー達は怯みもしなかった。

 それどころじゃない。クルー二人は、獣の手が自分に届きそうな瞬間、大きく跳躍した。両足を上向きに回すように跳び、全身を回転させ獣の手を交わす。その勢いのまま、エリカの両脇にそれぞれが着地した。

 速い、身のこなしが異様だ。強かろうと、獣の如く暴れまわってた先日の事件のドッペルゲンガーを想定していたエリカは、一瞬の事に面食らってしまった。


「……!」


 クルー二人は、それぞれ手のひらをまっすぐ構える。その手に、服の下からあの沼が流れこみだした。

 エリカはそれを見てまたも驚く。こいつら、


「…っ!!」


 驚愕し青ざめるエリカ。そして、クルー二人は鋭い刃物のように纏った沼をエリカの両脇目掛けて突きのばしてきた。


「織二口!!」


 エリカは急ぎ叫ぶ。その瞬間、手元に戻り始めてる獣の手とは別に、片方へ向けて獣の顎が跳びだした。

 獣の顎は、片方のクルーの腹をがっちりと噛み締める。

 エリカは獣の顎が抑えたクルーの方に避け、もう一人のクルーの突きを避けた。


「てやあぁぁあ!!」


 そして、エリカ自身が回し蹴りのように回り、獣の顎で掴んでいるクルーを、残っている一人に全力で叩きつけた。

 クルーは見事攻撃に巻き込まれ、二人そろってタンカーの壁に叩きつけられ、鉄の壁にへこみを作った。


「よしっ……!」


 攻撃した二人が動かなくなったのを見て、エリカは駆け出した。

 走りながら後ろを一瞥する。今のクルー達、圧倒的な身体能力だった。

 かつてのドッペルゲンガーは、コピー元となった人間を沼から引きずり出せば、生気を得る事ができなくなり、弱くなるはずだった。その通りなら、今戦った二人の元の人間も、沼に沈められていて生気を吸われているのだろうか?

 ……いや、そんな生易しいものじゃないのかもしれない。エリカはそんな予感を身に感じる。

 あの時のは、生気をこのタンカーに溜め込むために、

 このタンカーに、そんな制約が無いとしたら?


「……まさか、このタンカーに乗ってるドッペルゲンガーは、エネルギー貰いたい放題ですか!?」


 もしそうだとするならばまずい。

 ただでさえ、卵未を背負い、卵未自身も早く安否を確かめたい状況なのに。

 ここにいるクルーは、誰もがエース級の実力者ばかりだ!

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