第20話 罰するが為の戦いか

「な、なんてことを……」


 卵未は声を絞りながら口に出した。


「そんなに大勢の人々から命を吸い上げて、お前らは何をしようとしてるんだ!!」

「んぅ……でっけー声出すんじゃねえよ。 そりゃあ惜しいよなぁ?それだけ生気集めてりゃ、一人一人、簡単に人間と成り代われるだろうにさ。 んまぁ、それでも集めてるんだから、一気に集めてでっかいことしようとしてんじゃねえの?」


 締結がそう口にした途端、急降下した卵未が締結の腹を蹴とばした。

 締結は衝撃のまま弾かれ、またも濁流の壁にどぼんと打ち付けられた。


「他人事みたいに言うな!! …おまえら、怪物が!!」


 あられもない暴言。卵未の脳裏には、またも腸を喰われながら死んでいく自分の死に際の記憶が蘇った。

 あんな惨たらしい光景が、同じぐらい酷い痛みで繰り返されている。そう脳が認識するだけで吐きそうになる。

 消沈しかけていた憎しみが、自分の中で再浮上する。やはり、こいつらは。怪物だ。文字通りの怪物だ!


「っぷはぁっ!!」


 壁から、バイクに乗った状態で締結が帰ってくる。

 宙に浮かぶコンテナの上に綺麗に着地すると、せき込みを止め、卵未を見る。


「お前も怪物だろうが。俺たちドッペルゲンガーは先者。お前は、どっちだか知らねえが。先だろうが後だろうが、結局同じ怪物だろ?」


 エンジンを吹かし、締結はまたもバイクを走らせる。


「変に境作ってカリカリすんなや。同じもん同士、互いのやること憎い悍ましい、揚げ足取り合ってりゃ、キリがねえだろうがよぉ!」


 そう声を荒げると、バイクのエンジンをフルに吹かす。

 そして、コンテナを駆け上がり、俯いている卵未に殴りかかってきた。


「……同じ?」


 ぼそっと、卵未が呟くと。一瞬静けさが混じった。






 一瞬。締結の意識は暗転した。

 先ほどの出来事からどのぐらい経ったのか。いや、気が揺らいだだけだ。正確には一秒も経っていないだろう。

 場所はドッペル回路の空洞の中、そして変わらずコンテナの上。締結は辺りを見回し、何も変わってないことを認識する。

 じゃあ、いったいなぜ? なぜ今意識が飛んだ?


「……あ?」


 目の前に、殴りかかっていたはずの卵未は居ない。

 代わりに、自分を置き去りにして前に走り去ったがあった。


「……なにいぃぃぃいいい!?」


 信じられないと絶叫を挙げる。急ぎ自分の体を見れば、確かに自分の身体が、胸から下が無い。

 そして、背後に翼を振った後らしい、卵未が居た。


「同じだ?同じだって言ったか?」

「い、痛ぇええ!なんだ今の、ぴしっと羽構えてるが、まさか、それで斬ったっていうのか?ありえねーだろ!」

「同じにしたのは……お前ら先者が、私を喰い殺したからだろ!!」


 殺意さえも孕む怒声が空間を震わせる。

 空中で締結の下半身を放り捨てたバイクが、壁に激突する。

 それと同時だった。卵未が宙に放られている最中の締結の上半身に詰め寄った。


「はやっ!?」


 卵未は言葉を返さない。代わりに、締結の体を鎖骨から斜めに、さらに真っ二つに切裂いた。

 そして、軽く跳びあがると、両足で回し蹴りをかまし、上半身の2部位を地上へ叩きつける。

 締結の肉体はなすすべもなく。先にばらされた下半身と共に地上に落下した。


「……」


 無残に落下した締結の肉片群を、卵未は見下ろす。

 その表情に、勝気の意は含まれない。ただ、冷たく蔑む視線だけがある。


「……えほっ、ごほっ。はぁ、はぁ……あっはっはぁ、すっげえな。なんだあいつ、急に動きが変わりやがった」


 締結の頭部が残ってる部分が寝返りを打ち起き上がる。


「!」


 卵未は高所からその姿を見下ろし驚く。

 切断された皮膚の部分から、真っ黒な液体が溢れている。

 沼だ。沼は締結の切断面に覆いかぶさり、まるで粘体生物のように、身体と身体から伸びる真っ黒な沼同士で絡み合う。

 そして、ゆっくりと肉体同士を引き寄せ合い、身体を結合させた。


「驚いた…。あの凶刃な力、生気を吸い上げる沼を、さながらアンダーシャツのように纏っていたのか。それゆえ、他のドッペルゲンガーよりもさらに、生気を直接供給されていたと」


 卵未は翼を広げて地上に降りる。それと同時に、締結もゆっくりと起き上がる。


「だが。まさか斬った肉体同士の結合までするとは、びっくりだ」

「あっはっはぁ。こっちも驚いた。翼で体斬るたぁ、面白い芸当出来るなぁ? なにそれ、妖力だか魔力でも、羽の先からにじませてるのか?」


 卵未はその言葉に返答しない。ただ、翼を横に払い、切断した時に付着した血を捨てる。


「今の顔もそうだ。 さっきの吸血鬼と会ったときの顔じゃあない。すっごい醜い顔してるな!」


 実際、卵未の目は血走っていた。瞳孔を細め、額には血筋が走っている。

 憎い。目の前の怪物が憎い。それだけが支配している姿だ。

 卵未の心の中もそうである。延々とフラッシュバックする、殺された時の感覚。あの時死んで蘇る事さえなければ、

 腹を刺される感覚。持ち上げられる筈の無い腸の動く感覚。血が抜け落ちていく感覚。幻肢痛。血が引ける感覚。脳と心臓が分かれて、この場合自分はどっちに居るんだろうと、一周回って考えてしまう感覚。

 味わった事の全てが、今の自分を加速させる。死んで引きずるはずの無かった感覚が、今の自分を支配する。

 まだ生きてる。記憶だけ残ってまだ生きている。

 じゃあ、自分は今何をするか?

 この痛みを、苦しみを。味合わせた怪物達に。姿、溢れんばかりの憎悪。

 助けてと叫んだ声をきかなかった怪物を、助けてと言わせながら終わらせたい。

 トラウマと似た出来事という、卵未自身のデジャヴが些細なトリガーだった。だが、脳にスイッチが入った頭は、もう思考が止まらなかった。

 それこそ、今鬼島リーダーが居ないからこそ言えるものはいないが、『許せない相手を骨の髄まで罰するかのような激しさ』が全てを支配していた。

 そこには、トラウマの奴隷になり果てた卵未しか居なかった。


「面白いハーピーじゃん。さっきのバラバラにするのだって、最高だった!いいじゃん、いいじゃん!俺ぁそういうハラハラ楽しんでたいんだ!」


 目の前の締結も、怯みはしない。むしろ焚きつけさえするような言葉を掛け、鉄パイプを構えた。

 ここにはもう二人の心の怪物しか居ない。

 再び、両者が相手に飛び掛かった。

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