第19話 ドッペル回路内部
「……う、ううぅ……!エリカ!」
締結に押し倒された後、卵未の意識は一瞬揺らいだ。
目が覚めて、急ぎ起き上がり辺りを見回す。
「……なに、ここは」
周囲に気が付くと。卵未は困惑の声を上げる。
そこは、水中の中のような、異様な空間だった。
直径50m程はあるだろうか、太い円筒上の空洞の中に卵未は座り込んでいる。
水槽の中のようにも見えるが、壁の外は、ドドドドと滝のような音を立てて、上から下へ、激流のように何かが流れ続けていた。
そして円筒の中もさらに異常である。何十メートルもあるだろう天井は先が真っ暗で何も見えない。だが、その空中の至る所には、
水中の中なのか、水槽の中なのか、重力が失われたのか。視界で現状を認識しようとすると頭が痛くさえなりそうな空間に、卵未は頭を抑えた。
「どうなってるんだ……。私、沼の中に落とされたんだよな……」
「そう。ここは沼の中だ」
「!今の声……締結!」
どこからともなく、締結の声が聞こえる。卵未は慌てて羽を広げ、両足を地につける。
この異様な空間に、互締結も来ている。敵はどうやら、この空間で一対一の勝負をする気のようだ。
「くそう……。どこだ、何処に居る……」
卵未は、敵が姿を現すその瞬間をじっと待つ。
少しの静けさ。
しかし突然。壁の一部がしぶきをあげてはじけ飛んだ。
「そこかっ!…って、なっ!?」
「鳥ぃぃぃいいい!!」
円筒の外の濁流から現れた締結は、バイクに乗っていた。
エンジンをフルで吹かしながら、その手には鉄パイプ。そのまま卵未にパイプを振ってくる。
「あっぶな!」
卵未は咄嗟に空へ飛び上がった。鉄パイプは足爪を掠り、締結は壁際でUターンをする。
「水の中からバイクでって。やりたい放題か」
「逃がすかぁあああ!!」
空へ飛んだ卵未だったが。その背後にバイクのエンジン音が近づいて来た。
いくら何でも、空中だぞ! そう思い卵未が振り返ってみると。締結は空中に浮かぶコンテナからコンテナへ、バイクで次から次に上って追いつて来ていた。
「コンテナの上を!?」
「いっぱぁあああつ!」
そして、締結は卵未の所まで跳んできた。
卵未は、パイプを振り構える締結に向き合う。
「…!ガラ空きだ!!」
卵未が叫ぶ。 全身を回転させ、締結ではなくバイクを狙って回し蹴りを入れた。
乗っていた締結の手は空振り、バイクと共に壁へととんでいく。
「うおっおおぉぉぉおおお!?」
バイクに乗った締結はそのまま壁に激突し。大きな水柱を立てて飲み込まれた。
「油断ならない……」
空中で息を整え、ほっとする。
下を見上げて見れば。既に地上は10mはあろうかと言うほど遠い。
お互いこんなに高い所から落ちて叩きつけられれば、それなりの怪我を負うことになるだろう。
その時、ほんの少し低い高さの所にある壁から、締結が単体で跳びだしてきた。コンテナの上に着地し、身体の水を振るう。
「っぷはぁっ! いやー、弱そうだから前座にって思ったが…結構やるなぁ」
「前座……」
そう言われるか。これでも、魑魅境としてそれなりの鎮圧任務には赴いている。それなのに弱いと言われるのは悔しいものだった。
「前座に弾かれちゃあ、様も無いな」
悔し紛れだが、軽い煽りを添えておくことにした。
「いやー、トリッキーで面白いよ? 俺ぁあんたみたいな捻りと戦うのは、大好きだ」
けらけらと笑いつつ、締結は卵未を見る。
みたいなのと戦うのは大好き、と言ったか? 生まれたてのドッペルゲンガーだと思ったが、それなりに戦いの経験もあるのだろうか。
いや、そんな事を考えてる場合じゃない。今はエリカと分断されているという事が大事だ。
「おい、おまえ。締結と言ったな」
「ああ、そうだ。おまえは、えーっと……」
「卵未だ。お前に聞く、この空間はいったいなんだ?何をした」
「何をしたかって? 単純な事、こっちがわに誘っただけだよ」
「なに?」
締結は立ち上がると、両手を広げてまるで歓迎するかのように大げさに語る。
「ここは、ドッペルゲンガーの通り道の中。 物から生気まで、様々な物が通るパイプ。ドッペル回路内部さ」
「! …やっぱり、沼の中に引きずり込まれたのか……」
「その通り! 沼はこの通路への出入り口だ。 あそこから入ったもの、吸われたものは、やがてここを通って、別の場所へと流れていく」
沼の先に、ここまで広い空間があるとは思わなかった。しかも、パイプの中という事は。もっと正しくドッペル回路そのものを指すのであれば、この空間の外にある濁流のながれこそが、ドッペル回路なのかもしれない。
言ってみるなれば、この足場のある円筒の空間は。ドッペル回路内部に引っ掛かっている、
「あれを見て見ろ!」
締結が濁流の外を指す。
卵未がその方を見て見れば。濁流の中に、ほんの微かに光る粒子のようなものが、流れに紛れているのが見えた。
「光……?」
「そうだ。あれこそが生気だ。 沼から吸われた生気は、ドッペル回路を流れていき、やがてドッペルゲンガーやそれ以外の場所へと送られていく」
「本当に生気の通り道があったのか…。この間のドッペルゲンガー達が、犠牲者を沼に入れてる間は強かったのも、それが理由か……ん?」
締結の言葉に頷いていた卵未だったが。言葉の節に引っ掛かるものがあり、固まった。
今、締結はなんと言った?
本人スパムの噂は止めたはずだ。じゃあ、今流れてる生気はどこから?
「……おい、待て」
「あ?」
「お前、今生気が流れてるって言ったよな! あそこに流れてるのはなんだ!」
締結を睨みつけ、問いただす。相手は、一瞬何を言われてるのか分からなくきょとんとしているようだった。
だが、しばらくして答えが出たらしく、あははと軽い笑いをする。
「あっはっは。なに、そういうこと? 知らなかったの?」
「!……知らなかったって、なんだ」
締結はパイプを振るって、濁流の中に流れる生気を再び指す。
「この間、お前らが止めたらしい生気の収集作業。 なにもあそこだけで集めてたわけじゃねえよ。もっと、もっと!あちこちのたくさんの場所で。同じよーーに生気集めてるんだよ!!」
その言葉に、卵未は頭を金づちでぶん殴られたような衝撃を受けた。
あんなのが、もっとたくさん?
この濁流の外に流れているのは、生気は。更にたくさんの人間が吸われ続けている証?
敵の凶行は停滞なんかしていない。
今も、止まりなく続いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます