第36話 人間の代用品

 ドッペルゲンガーの利園校正は、かつて毎日を静かに過ごしていた。

 時折暗がりで会うドッペルゲンガー達と軽い挨拶をして、居場所もなく静かに彷徨い続ける。時には、そんなにも心からの悲しみも無い、人間に成り代われない不幸話で傷をなめ合い盛り上がる。

 暗い生活ではあったけれど。これこそがドッペルゲンガーの自由だと思っていた。その生活はドッペルゲンガーの利園校正にとって、そんなに悪い暮らしでは無かった。


「ふぅ……本物の利園校正は、なんかすごいねぇ……」


 港の作業現場、クレーン上部で下を見下ろして関心の声を挙げていた。

 目の前を見渡してみれば、大きなコンテナ船から何十人もの作業員が積み荷を降ろしている。

 その作業景色を、現場の主任と思われる人間と話しあっている、本物の利園校正の姿も見えた。

 昔話の中には、顔のそっくりな王子と下町の子供が入れ替わり、それぞれの生活を体験する。という物があったと思う。

 これだけ自分と同じ顔をした相手が、一代で大成功をあげているとなると、ちょっとだけでも入れ替わってみたい気持ちになった。


「……ううん。そんなのおかしいね」


 ドッペルゲンガーの利園は首を振る。

 ドッペルゲンガーの中には、人間に成り代わり人生を得ることに執着する人も時折居るけれど、それもさらさらおかしい話だ。

 目の前のこれは、人間の利園が作り上げた世界だ。

 そして、あちこちを彷徨いながら時折本物を観察するこっちの生活は、ドッペルゲンガーの利園が作りあげたものだ。

 それぞれ自分の人生として作り上げてきたものがある。人間の利園はこちらを知らないだろうけれど、互いに別の人生を尊重しあっているようなものだ。

 だから、見ているだけで幸せだ。

 うんうんと頷くと、ドッペルゲンガーの利園はその場を後にした。

 しかし、その時の自分は、人間の利園の視線に気づくべきだった。

 使えそうな資源として、品定めをする本物の利園の目を。






 ある日、暗がりでいつもの様に寝ていたら、自分自身のに吸い込まれた。

 自分自身で自在に操れる体の一部みたいなものなのに、それが勝手に動き出すなんて想像がつかなかった。

 あっという間に通り水に吸い込まれた自分は、通り水の中の、パイプを流されて。遠くへとやって来た。

 そこが、この艦橋だ。今、私たちがこうしているように、人間の利園が目の前に立っていた。

 状況が呑み込めてなかったが、自分を本物の利園が呼んだということだけは分かった。

 まさか。本物が偽物を知っててくれたなんて。呼び出された事が、意外と嬉しかった。

 けれど、呼び出さられてすぐにされのは……この肌に焼き印をする事だった。

 絶叫をあげた。自分は、その日本物の自分に裏切られた。

 本物は、貿易関係で、秘密裏の商売として魑魅魍魎界隈の品を売り始めた。

 それらを売り出して、その界隈のものに殺されないために、自分自身のドッペルゲンガーを従属させる方法を見つけたんだって。


 自分の人生なんて、気づいてないだけならまだしも、知った上で尊重なんてされなかった。

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