第三章:石油タンカー『星握』
第24話 魑魅境二人タンカーへ
「とうとう、着きましたわね……」
「うん……」
二人は前方を見る。そこには、巨大なタンカーがあった。
首が痛くなるほど見上げる事で、ようやく見える上部。ここに来て、ようやく人の喧騒が聞こえるようだった。
「ドッペルゲンガーが社長となっている企業の船……。中の乗組員は、ドッペルゲンガーだろうか」
「人でもドッペルゲンガーでも、不法に潜入する以上は、ばれてはいけない敵ですわ」
二人はコンテナに再び身を寄せ、乗船入り口を見た。
そこには、入り口を二人ほどの人間が立っているようだった。
「見張りが居ますわ」
「まずいな……」
今度は空を見上げる。
見て見ると、なんとサーチライトが幾つか照らされており空に向かって照射されているようだった。
「サーチライトですわ」
「空からも警戒しているね。やっぱり、最初っから空から来る方法は、できなかったか」
卵未はちらりと横を見る。
正面を封鎖されているとは言え、タンカーの全長は何十メートルかはあるほどだ。最先端と最後尾には人は居なかった。
「……よし」
卵未はタンカーの最後尾側へと歩き始めつつ、エリカに手招きをする。
「なにか思いついたのかしら」
「ああ。正面も空も駄目なら、その中間から行こう」
二人は、タンカー脇の乗船台から離れ、タンカーの最後尾にもっとも近いコンテナの影へやって来た。
卵未がそっとコンテナから顔を覗かせ、先ほどの乗船口を見る。
視線の先には、先ほどの場所が豆粒のように小さく、遠くに見えた。
「これだけ離れれば、隙も付けるな」
「そうですわね」
「いい?さっき話した通り、付いてきて」
「ふふん、おっけーですわ」
卵未とエリカは、互いに頷く。
そして、卵未はコンテナの前に身構え、タイミングを見計らった。
「いい?いち、にの……さんっ!」
掛け声をあげる卵未。それと同時に、二人はタンカー後ろの海へと駆け出した。
勢いを止めず走り、そのままコンクリートから跳び、海へと飛んだ。
「ていっ!」
二人は、海に落下する前に翼を広げる。
海面すれすれで二人は宙に浮かび、そのまま羽ばたく。
「くっ!」
そして、タンカーの海側の側面へそのまま飛び進む。
二人の真横には、タンカーの表面がすぐ近くにあった。
卵未がそのまま空を見上げる。頭上遠くには、タンカーの艦上にぐるりと設置されている手すりが見えた。
「ここからだ。壁に当たるなよ!」
卵未は力いっぱいに翼を振る。体勢を空へと向きなおし、そのまま真上へと勢いよく飛びあがる。
卵未の腹には、すぐ間近にタンカーの表面。間違って近すぎないようにぎりぎりを沿い続ける。
やがて、視線の先に艦上の手すりが見えた。
「今だ……!」
直前、卵未は真逆に下へ向かって押し戻るように翼を振った。
真上へと飛ぶ勢いが殺され、手すりの手前で勢いが止まった。
卵未の翼が、ちょうど手すりの位置で止まる状態になったが、卵未の翼は手すりを掴むことができない。
「これで、よし。エリカ、頼むよ…!」
一方、エリカも同じように勢いを和らげ、そのまま手すりを掴んだ。
エリカが手すりに摑まれたことを見ると、卵未はほっと安心して、そのまま落下が起き始める。
「…
ぼそっとエリカが呟き、マントから獣の手が伸びた。
その手は、卵未の体を捕まえた。
「成功ですわ、ふふん」
エリカは、そっと艦上を眺める。
目の前には、背が高くそびえたつ艦橋。そして、横手にはひらっべたく広がる艦橋。
近くに誰も居ないのを確認すると、織二口で捕まえている卵未ごと、艦上へと乗りあがった。
そのまま、艦橋裏の壁に駆け込むと、壁に張り付きしゃがみこんだ。
「織二口、解除!……ふう、侵入できましたわね」
「はぁ……バッチリだよ、エリカ」
二人して、安堵の息を浮かべた。
正面も駄目、空も駄目なら。タンカーの壁沿いからぎりぎりを上り込む。もし、海上に別の偵察船が見張って居たら駄目な作戦だった。
だが、結果として侵入は成功したようだ。
「しかし、この船の上。コンテナが一つもないね……」
卵未は艦橋から顔を覗かせ、艦上を見渡す。
見渡してみると、船の最先端までほとんどがひらぺったく、所々にタンクのような装置が置いてあり、橋が掛けられているように見えた。
「それはそうですわよ。卵未が思っているのはコンテナ船。これは、タンカーですもの」
「違うの?」
「ええ。タンカーは、船の内部に石油等を始めとした、燃料を運ぶものですわ」
エリカが卵未の頭に上乗せするような形で、一緒に艦上を覗く。
「もし、艦上に球体ドームが半分出てたら、ガスとかを運んでる可能性がありますけど……。これは、恐らく石油とかでしょうね」
「へぇ…詳しいね」
「ほとんど、聞きかじりですけどねぇ。 密入国するときに、どんな船で行こうか悩んでた時がありまして」
「みつにゅっ……」
こんな土壇場で、パートナーの密入国が発覚した。
だが卵未は、エリカもまた魑魅魍魎だし、仕方ないと一旦聞かなかったことにした。
「私が入ってきたころは、くつろぐにも結構厳しかったんですけどね。 今は、艦橋が高く増設されたことで、クルーの生活区域が良くなったそうですわ」
そう言って、エリカは環境を指さす。
そこには、背が高くそびえたつ艦橋が見える。
所々に窓があり、おそらく、4階から5階程の高さがあった。
卵未は、艦上にさらに何階かの建物があるという事に多少驚いた。こんな非常時でもなければ、この船は日本の大きな架け橋となっていたのだろうと、しみじみ実感する。
「おそらく、操縦室か、資料か何かをまとめてる部屋を見つけれれば、このタンカーが、これから何をするかも分る筈ですわ」
「そうだね……ただ、その前に地下の方にも行ってみたい」
「地下?」
「うん。さっき船の内部に石油とかを積んでるとか、言ってたよね」
「ええ。積んでるとはいっても、それこそコンテナみたいのじゃなくて、家一つか二つぐらいの大きさのタンクがずらっと並んでいる思いますけど」
「それ。中身は本当に石油なのかなってね」
卵未は立ち上がり、艦橋の壁に沿ったまま背を低く進み始める。
「一旦確認しておきたいんだ。付いてきてくれるかな」
「なるほど…。ええ、いいですわよ」
エリカも頷き、二人は船の内部を目指して進み始めた。
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